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英雄級8

 強者の余裕と呼ぶにもあまりに雑な対応。 殺すなら殺せばいいところを反応の奇妙さがなんとなく気になるというだけで生かされている。


 胸糞悪いが、手が掴まれていて逃げることが出来ない。


「……んー、特殊な魔法とかかと思ったけど普通の剣だし、不思議なものだね。 で、なんで?」


 アロが攻撃する前に俺が死ねば、彼女は逃げることが出来る。

 アロは優しいが合理的だ。 俺が死ねば、俺に拘って共に死のうとすることはなくなる。

 そんなことを言って、彼女が狙われては堪らない。


「……殺せ」

「いや、そうするつもりなんだけど、疑問を残すのは性分じゃない」

「つまらないことだ。 いいから殺せ」

「そう言われると殺す気が失せるよね?」


 なら、殺したくなるように動けばいい。

 握られた手は完全に固定されたものとして扱い、脚を地面から離し、逆上がりのように全身の筋肉を動かして身体を浮かし、吸血鬼の腹を脚で挟むようにする。


「んおっ? なになに?」

「符術【祝歌を遮る】符術【携帯する太陽】」


 腰に入れていた札が発動し、直接振動に当てられた身体は全身が痺れるように動かず、耳に痛みを感じる。 瞼越しに感じた光で一時的に視力を失い、ほとんど戦闘不能の状況に陥ったが、殺されることが目的であれば問題はない。


 感覚器はいくら魔力で強化されようと、仕組みとしてどうしようもなく防ぐことが出来ないだろう。

 すぐに治るだろうから嫌がらせでしかないが、それで十分だった。

 耳が聞こえない中、続けて声を発する。


「符術【携帯する太陽】符術【幻影を見る】符術【祝歌を遮る】」


 ただの嫌がらせを繰り返しているだけ、早く苛立って殺せと思っていると、俺の手を握っていた手が離される。

 平衡感覚まで失った俺は振動で動かせなくなったせいでそのまま地面へと倒れ込み、動くことも出来ずにその場で転がされる。


 胃の中の物が逆流してくるのを感じながら、荒れる息を無理矢理に整える。


「ッ! うるさっ! まぶしっ! うざいっ!

 それで自分が倒れてるし、本当にこれ、何がしたいんだよ!」


 吸血鬼は不快そうに耳を抑えて涙の出ている目を擦る。


「あー、何だ。 英雄級というおかしな個体がいるのは聞いてたけど、これなの? いや、おかしいだけで全然強くないし……。 なんなんだよこいつ」


 符術による自爆のせいで身体が動かず、剣を握る手にも力が入らないまま吸血鬼の女に身体を起こされる。


「……殺せ」

「うーん、何か企んでそうで怖いんだよね。 死んだら爆発とかしそうだし」


 腰に装備していた投擲用の短剣を取り出して、ふらつく手で吸血鬼に突き刺そうとするが、刃を手で受け止められる。


「服に穴が開くようなのは勘弁して」


 まるで赤子扱い。 殺されることもないが逃がされる様子もない。

 短剣から手を離し、別の物を取り出して掴まれている服を切り裂いて吸血鬼から離れる。


「アロ、逃げろ」


 俺が言うと、彼女は頷きながらも手に短剣を持って自分へと突き付ける。


「ベルクさんが死のうとするなら、僕が先に死にます。 ベルクさんは賢いですから、合理的に動いて自殺をやめます」

「馬鹿なことを!」

「ブーメランにもほどがあります! ……二人で生き残りますよ」


 ため息を吐き出す。 俺に興味を持たれている以上、そう簡単に逃げられるとは思えない。

 まだ見えない目の代わりに魔力を感じて地形や敵の位置を大まかに把握する。


 どこに逃げる。 トレントが開けた道は見通しが良いのでありえない。 左右の森の中も、相手の庭のようなものである。 上に逃げても良いが……魔力があれだけ潤沢で空に対する手段がないとも思えない。 先ほどの脚力を思えば逃げたとバレたら単純な身体能力で跳んでこられて捕まりそうだ。


 当然のように打つ手がない。 一番マシなのは森へと逃げ込むことだろうが、それも地の利はあちらにある逃げ切ることは出来ないだろう。 かと言って交渉出来るようなものもない。


 戻ってきた視力で吸血鬼の女ってを睨む。投擲具に2枚の札を貼り付けて、全力で上へと放り投げる。


「符術【携帯する太陽】」


 それによって視界が一瞬奪われるのと同時にアロを抱きかかえて森の中に逃げ込もうとしたが、補足していた魔力が感じられなくなった瞬間に握っていた剣を振り向きざまに振るう。


 振るった剣は丁度俺たちを追っていた吸血鬼の手に受け止められ、軽々と刃が握り潰される。 半ばから欠けた剣を振るうがまた手に止められ、剣から手を離して手を上にふりあげる。


 俺のことを掴もうとしていた腕を少しだけずらして、全力でアロごと地面を転がって腕を回避する。


 投擲具を取り出そうとし、もうなくなっていることに気がつく。 短剣もない、借りていた剣も潰れた。

 武器はもうない。 札も減ってきており、どうしようもなく何もかもが足りない。 だが──。


「符術──」

「もういいよ、それ」


 数枚の札を取り出した手が女の脚に蹴られて捻じ曲がる。折れた指から離れて落ちる札を見ながら、発動させる。


「ッァ!!【空を切り取る】」


 手から離れた札が吸血鬼の振り上げた脚の周りを囲むように発動する。 当然ほとんど足止めになどならないが──。

 これ以上振り上げることはなく、幾ら筋力が化け物じみていようが、全く力の入らない体勢で左右にやるはずはない。


 だとすれば、【空を切り取ること】によって囲まれた脚を動かす方向は自ずと決まっている。 元の位置に戻そうとする。


 動く方向が予め分かりきっているのならば──。


【空を切り取る】が砕けたのと同時に彼女の振り上げていた脚を全力で()()

 自分が思っている以上に脚が戻り片脚でバランスを保とうとしているところを脚を蹴り、その体勢を無理矢理崩させる。


「符術【祝歌を遮る】!!」


 転けながらも体勢を整えようとしたところを直接彼女の耳に札を当てながら発動させ、思考と並行感覚を乱す。

 地面に叩きつけた吸血鬼を見ながら天へと腕を伸ばし、先程空へと投げていた投擲具が降ってくるのを掴み、その勢いのまま吸血鬼の目に投擲具を突き刺した。


「符術【携帯する太陽】!!」


 発動させていなかった投擲具に取り付けていた2枚目により駄目押しの符術。 より深く吸血鬼の目に突き刺したあと、全力でその場から飛び退く。


 目に刃物が突き刺さっているというのに、叫びや悲鳴もなく女は立ち上がり、出血を顧みずに投擲具を眼球から抜く。


 もう片方の目を俺に向けて、その女は、吸血鬼は笑みを浮かべた。


「は、ハハハハッ!!」


 潰したはずの目は泡を立てながら瞬く間に修復されていく。


「なんだろ、感動してる。 素晴らしいよ。 尊敬する、愛おしいとも思うぐらい」


 札は【空を切り取る】【携帯する太陽】【祝歌を遮る】は全てあの一撃のために消費した。 武器も同様で、これ以上、上に投げていたから回収出来るなんてことはあり得ない。


 吸血鬼の左の眼球は、見た目は治ったがまだ見えていないのか視線と瞳孔がおかしい。 だが、それも10秒もせずに治りそうだ。


 機嫌が良さそうな吸血鬼は悠々と俺の元に歩いてこようとしたが、途中で立ち止まる。


「いや、力業でどうにか出来る人ではないのかもしれないね。

 ちゃんと全力で相手するよ」


 俺はアロを抱きかかえて森の中へと逃げようとするが、トレントが道を塞ぐ。 靴に施した【宙を駆ける】の術式を発動させてトレントを飛び越えようとする。


「古き理よりも貴きもの、祈りと共に巡り還る魂、重き土よ、その変わらぬ血道を動かし我が愛しきものを捕らえよ【重縛土瀑】」


 大地が揺れる。 そう勘違いするほどの魔力が吸血鬼の女から放出され、土に宿り、平地であるというのに土砂崩れのような規模の土が動き、周りのトレントごと俺達へと迫る。


 魔法。 それも──災害級。


 トレントを巻き込んだ土砂、どう楽観視しようが巻き込まれた時点で死が確実と分かるのは、硬いはずのトレントが粉々に砕けているからだ。


 アロが俺の身体をぎゅっと握りしめる。

 俺はどんな化け物を相手にしていたんだ……。

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