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英雄級7

 ため息を吐き出して、兵士の男から目を逸らす。 朝日の感覚と共に身体をほぐす。


「単純に今までのより威力の高い版を作るのでもいいけどな。 転写は魔力そんなにいらないだろうし」

「そうなんですよね。 結局攻撃魔法って言ってもそんなに威力の高いものにはならないので……」

「威力高めるには、術式を減らして効率化する方がいいが」

「そうすると指向性がないので当たる部分の威力は下がりますね」

「中級の素材を使って中級の魔物に通用しないものを作るのも意味がないよな」

「牽制ぐらいにはなると思いますが……」


 思ったよりも使い道がない。 アロの作った術式は確かに優れたものであり、限られた中で攻撃魔法を発動する術式を生み出すと考えると限りなく完璧に近い答えが出ている。


 だが、問題は「中級の素材を混ぜた程度の触媒」で発生させる「攻撃魔法」自体の価値が少ないことだ。 もっと上の素材を潤沢に使えるなら別だが……。


「あと、完成はしてないんですけど、こんなのも考えてます」


 アロが見せたのはやはりというべきか火の術式だが、どうにも術式の量が多いというか……大掛かりな風に見える。

 先程の転写の術式も含まれていて奇妙というべきか……。


「……燃え移る符術?」

「はい。 近くに転写していって、余剰な魔力があれば火を出すみたいな術式なんですけど、成功すると思います?」

「……トレントとかは移されても抵抗しそうだけどな。 普通の地面だと魔力な転写する魔力すら足りなさそうだ」

「事前に魔力を込めておく必要がありますね」

「まぁ、検証にトレントに直接書いてみるか」


 背にしていたトレントにペンで【幻影を見る】の術式を書き込み発動させるが、魔力が漏れ出る気配はない。


「まぁ抵抗されるよな」

「魔力を操れる優先度みたいなのがあるんですか? ベルクさんも自分に書いたりしてますけど」

「まぁ普通にちょっと我慢すればいけるな、油断してると出て行くが」


 とりあえず森ごと焼き払うのは無理そうだ。 とりあえず、何かに使えるかもと転写とその応用の術式を使いやすいように少し変えてからまだ何も書いていない赤札に書き込む。

 中級以上の素材が必要そうな符術は作るのに設備が必要なので今は諦める。


 いくつか作ったあと、しばらくくっつきながら休んでいると妙な悪寒に晒される。 気のせいかと思いながら警戒して見回すが、何かが周りにいるわけでもない。

 不意に、遠くから何かの音が聴こえてきた。


「……音がする」

「音? って、何のだ?」


 起きていた兵士の男が尋ねる。

 聞き覚えのない音で、しかも遠いためにまともに聞こえない。 判断が難しいが、その判断の難しさということも一つの情報となっている。


「土砂崩れ? いや、平地で……」


 あり得ない、ならばその音は何だ。考えるまでもなく決まっていた。 決まり切っていてそれが勘違いではないと示すように音が近づいてきて、アロも音に気がついたのか、俺の腕を掴む。


「おい! 起きろ! 叩き起こせ! 逃げるぞ!」


 寝ぼけている奴を揺すってからアロの腕を掴んでその場から離れようとしたとき、眩しい光に照らされて顔を顰める。

 朝焼けの逆光、この鬱蒼とした森の中でありえるはずのない感覚。


 息が詰まる。 何故鬱蒼とした森の中で朝焼けに照らされるのか……考えるまでもなく分かる。

 トレントで構成された森は、侵入者を容易には逃さないように、あるいは侵入者の進む道を遮るように動く。


 だとすれば、このように入り口から中心に掛けて、順に分かれて道を作るのは何故だ。 誰が通る道を作った。


 侵入者ではない、誰か。


「ベルク……さん」


 アロが俺の腕にしがみ付く。 朝日を背に浴びながら、その「誰か」が悠々とこちらに向かってくる。


 レイと同じ金の髪に、紅い眼、白い肌。 まるで人と見紛うような姿をしているが、あまりにも異質、異様な存在感、異常な魔力量、人と同じ姿をしていようと一目で分かるほどの異なる者。


「……吸血鬼」


 その女はこちらを見て、手を伸ばす。


「……へぇ、【天地流転】が壊されたと思ったら、人間がやったのか」


 確信に変わり、札を取り出しながら息を吸い込む。


「ッ! 逃げろ!」


 札をその場に放り投げ、兵士が置いていった剣を掴みながら後退する。

 およそ30メートルやそこらの距離。 剣を構えている男がいるのに警戒の仕草すらなく悠々と歩いている異常。


 隙があるどころか、そもそもが近所を散歩しているようにすら見える余裕があった。


 ひとかたまりになって逃げる兵士を横目にしながら、レイの到着を待──。


「いや、違うな。 こんなに弱いやつがあそこまで辿り着けるはずがない」


 目の前に迫る腕。 長年の経験による反射に近い回避は出遅れ、気配から感じ取って先読みする技も追いつかず、表情やらからの予測は外れる。


 死を意識した瞬間、ニムの顔を幻視する。 ああ、もう一度、と思っていれば、来るはずの痛みが来ない。

 吸血鬼の女が振り返っているのを見て、一瞬何かがあるのかと考えながら、その無防備な首筋に短剣を突きつけ、嫌に硬い弾力を感じてアロを抱えて飛び退く。


「なんだ。 騙された。 本当に誰かがいるのかと思ったよ」


 首をぽりぽりと掻きながら吸血鬼は振り返る。

 俺がニムの幻覚を見たせいで、そちらに誰かいると勘違いしたのか?


 それにしても目の前で振り返るなど、相手にされていないにもほどがあった。 実際、隙を突いてすら傷一つ付けられなかったが。


 確かに俺の攻撃が届かないことが分かりきっていたのならば、その判断は正しい。 一切脅威になり得ない情報は無視して脅威になり得るところから対応していくのは当然で、今の場合俺よりも俺が見ていると思った誰かを警戒したのだろう。


 誰か……レイのことか、あるいは【天地流転】を破壊した俺のこと。 勝手に俺ではないと決めつけているが、それは間違いである。


「アロ、逃げろ」

「無理です。 ベルクさんがいなければ、結局野垂れ死にます」

「いいから逃げろ。 俺では、勝てない」


 生物としての格があまりに違いすぎる。

 アリが人を傷つけられないように、俺の武器はこの吸血鬼には通らない。


 時間を稼げるか。 1分、10秒、5秒。 思考しようとも怪我がない以上はあらゆる攻撃に意味がない。

 どうやったらこの場から逃げられるのか。 アロを逃がせるか……。


 先程の行動を思い出す。 この女は逃げた兵士達を追わなかった。 だが、俺は殺そうとした。

 武器を構えたからだろか。 それとも目の前にいたのが邪魔だったから。 追うのが面倒だった。


 身体を横にやり道から外れるが、彼女の目はこちらを追っている。 俺が殺されることは間違いがなさそうだ。

 だが、アロは立ち向かわずに逃げれば追われる可能性は低い。


 ふぅ、と息を吐き出して覚悟を決める。 アロは聡い子供だ。

 無意味はことはしないということは分かっていて、優先順位もはっきりとしているし、合理的に動くことが出来る。


「……アロ。 俺の名前を出してニムに保護を求めろ。 会うことが出来なければ、俺の暮らしていた村に行けばいい。 東にあるレゲンヅという村だ」

「一緒に、戦います」


 アロのことを見ることも出来ないが、声が震えていることは分かる。 怯えているのだろう。


「お前ならそう言うと知っている。 悪いが、だからお前の頭の良さを利用する」


 持っていた短剣を手放し、借りている剣を手首を返して刃を自分の腹へと向けて両手で握る。


 ふっ、と息を吐き出して膝を曲げて自身へと突き刺す。

 アロの悲鳴が聞こえ、心の中で何度も謝罪しながら力を込めた。


 腹に軽い痛みと、手にプツリとした皮膚を貫く感触。 だがそれ以上はなく、手が硬直して動かない。

 自刃することに臆したわけではない。 目の前にいる女性は紅い眼を疑問で曇らせながら、片手で俺の手を掴んで俺の自死を止めていた。


 んー? と間の抜けた声を発して、彼女は首を傾げる。


「少し不可解な感じがするね。 ほら、人間って危なくなると変な行動する奴が結構いるじゃん? みんな死にかけてるのに強姦とかさ」


 死に備えていた心身は言葉を半分ほど理解出来ずに何かを言うことも行動を起こすことも出来ずに彼女の言葉を聞く。


「そういうのには見えないんだよね。 目に狂いがない。 理性的だ。 その行動で君に明確な得があるんだと思うけど、それが何か分からないな」


 もう一度、首を傾げる。


「なんで死のうとしたの?」



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