英雄級6
情報交換も一方的では悪いと言われ、兵士の一人が足で得ていた川の情報をもらう。
別れるにしてもその川を目印に移動したりすれば良いと思ったがどうやらとても短いらしく……というか川というほど大きくないため、トレントが動けば形が変わってしまいそうだと言われたので、現状使い道は薄そうだ。 森に除草剤でも蒔くなら多少有効だろうが、そんなものは持っていない。
その後もある程度の話を続けていると、アロがポンポンと俺の背を撫でる。
「寝ますか?」
首を傾げたアロを見て、兵士達を一瞥してから頷く。
「……悪い。 少し寝る。 何かあったらアロに声をかけて起こせ。 といっても、人見知りだからあまり大声とか近寄るとかしてもビビらせるからな」
「あいよ。 今更だが……二人はどういう関係なんだ? 兄妹?」
「……いや、ただの仲間だ」
「ただの仲間ってなんだよ」
呆れた様子の兵士から少し離れたところで木を背にして毛布にアロと一緒に包まる。
結局アロの言った通りだったと思うと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「ベルクさんが優しいことも伝わったと思いますよ」
「……お前のことは伝わっていなさそうだけどな」
「意地悪ばっかりです」
彼女の頭を撫でて、抱き寄せる。 汗の匂いのはずが、彼女の物だと嫌に感じないのはどうしてだろうか。 不思議と心地が良く落ち着く。
「でも、助かった。 安心して眠れる」
「んぅ、良かったです。 僕が見ていてあげるので、ゆっくり休んでくださいね」
「いや、一応変化がないか知りたいし、水分の補給や食事をこまめに挟みたいから1時間ほどで起こしてくれ。 そのあと直ぐに寝るが」
アロは頷いて俺が巻いていた布の中に入り込む。 流石にアロの見張りがなくても大丈夫なほどに心がけて許せているわけではないが、大した恐怖もなく目を閉じた。
言った通りに時々起こされながら睡眠を取る。
何度目かになる眠りをしようとすると、目を開けるとアロが俺の隣でカリカリとペンを動かしているのを見つけた。
「それ、何をしているんだ?」
「あ、新しい術式を書いていたんです。 草案ですけど。
ベルクさんが起きたら見せますね」
また小細工を仕掛けた符術か。 手間が増えるし魔力効率も落ちるので、簡素な術式を組み上げる方が有用だろうに。
アロといるのは親にはない発想を得るためでもあるので、あえてやめさせるようなことはしないが、無駄に感じてしまう。
まぁ別にいいかと思って目を閉じて、ペンを動かす音に耳を傾けた。 聞き慣れた音は心地よい、思えばいつの間にやらいなくなった母も俺が寝ている横で何かを書いていたな。
うつらうつらと意識が失われていく。 ああ、母は何故いなくなったのだろう。 農民の俺が危険な割に実入りの少ない狩人の真似事をしていたのは、何故だったか。 俺が異国の技術を使ってまで力を求めたのは、我流で剣技を納めたのは。
なんてことはない、珍しくもない話。
今となってはどうでもいいことで、脚本のある演出のように劇的なこともなく思い出す。 魔物に殺されたんだった。
珍しくもない。 つまらない話だ。
目を覚ませば朝になっていて、アロと一人の兵士を除いてみんな寝ていたらしい。
「おはよございます。 ……目を、閉じていてくださいね」
アロの小さな手が動いて、濡れた布で俺の目の端を撫でる。 乾いた何かが付着した感覚で気がつく。
「泣いていたか」
「……はい。 すみません。 見てしまって」
「……見せたくないところを見せたな」
酷く恥ずかしい。 今まで存在も忘れていた母親を思い出して泣くなど、子供のようだ。
まだまだ余っている肉を食って、水で流し込む。
「ニムには格好付けてばかりだった」
「……涙見たの、僕だけです?」
「なんで嬉しそうなんだよ」
アロの頭を雑に撫でてやり、不甲斐なさを隠すように彼女の頭を抱き寄せて、おれの胸に押し付けさせる。
むぐむぐと暴れる少女を見て笑っていると、彼女が書いたらしい術式の草案が転がっていたのを見つけた。
彼女を話して拾い上げると、恥ずかしそうに目を伏せた。
「あ、あの、まだ草案ですからね!」
「分かっている。 ……相変わらず凝ったのが好きだな、お前は」
「ベルクさんは簡略化しすぎです。【祝歌を遮る】も【携帯する太陽】も自分にも食らうのに、その対処法が根性で耐えるって馬鹿みたいです」
「無駄な魔力込めれないし、術式書くのにも時間かかる。 術式が多いほどミスが増えるし気がつきにくくなるからな」
意見が分かれるのはいいことでもあるので、互いにはっきりと言い合う。
俺とアロは別のことを考えていた方が生産的だ。
まじまじと新しい術式を見ていると俺が記憶していた地から魔力を引き出す術式から多くの部分が流用されており、流石に飲み込みが早いと感心する。
「悪くないが……攻撃魔法か、これ。 魔力が足りなさすぎるだろ」
「札自体を改良する予定です。 いい素材も手に入ったので」
「……実戦で使う前に試す必要もあるからな。 使える量は少なめに見積もっておけよ」
「分かっています。 見たら分かると思いますが、一応説明をさせていただきますと、火力の高い火を一直線に吐き出します」
「お前、火とか好きだよな」
何でもかんでも火を使おうとしている気がする。
少し見て、その出来栄えに感心する。
「これ、両面に書くのか。 札の形も少し違って……矢印? ああ、飛ぶ方向が分かりやすいようにか」
よく出来ている。 矢印型の札は作るのが面倒そうだし、この場で作れるようなものではないが、かなり効率の良い魔力運用が可能な術式になっている。
それにこれは使い捨てだが、少し書き足せば威力は下がるが何度も魔力を込めて使えるようになる余地も残されている。
「よく出来ている」
俺がそう褒めると、アロは少し悲しそうに目を伏せた。
「……分かってます。 これは実践で使うには威力が欠けていますし、方向を向ける手間もあるので使い勝手が悪いです」
「まぁ、そうだな」
他にも書いてあるのを見ていく。
どれもよく出来ているが、同じような理由でどうにも実用的ではない。 選択し、向きを整え、発動する。
0.2秒の手間をかけるのは自殺に近い。
「……魔法自体微妙なのかもしれないな」
「ええっ」
「これでも普通の魔法よりかは展開が早いのに使いにくいとなると、普通の魔法っているか? 短剣投げた方が手っ取り早い」
「そりゃそうですけど……」
短剣なら0.1秒あれば釣りが来る。 比べてしまえば手が倍はあるようなものだ。
「……だが、これはいいな」
「あっ、火で焦げを作って術式を転写する術式ですか?」
「ああ、すぐに張れる簡易的な罠に使えると思ってな」
「元々は書き損じが出て貴重な素材を無駄にしないためのものですけどね」
例えば地面に術式を転写して、罠にしたり、ソドエクスの鎧を破壊した時のように使ったりと色々出来そうだ。
いくつか見繕っていると、起きていた兵士がこちらを見て口を開く。
「お嬢ちゃん、口を聞けたんだな」
「そりゃな。 ……お前は寝ないのか?」
「後で寝る。 こいつら起きたらな。 寝起きで戦える奴は少ねえよ」
それもそうか。 俺にしても出来る限り寝起きでの戦闘は避けたい。
「……なんで二人で魔力やらの研究をしてんだ? まだガキじゃねえか」
「魔王を殺すためだ。 ……お前は結構な年齢に見えるが、兵士なんてやってるんだな」
「金がねーからなぁ」
「給金多いだろ、兵士は。 もう充分に稼いだ年齢だろう」
兵士の男の中でも一番年がいっていて、もう体力が落ちきった年齢だろうと思われる。
そのおっさんはヘラヘラと笑いながら小指を立てた。
「これだよ、これ」
「女かよ……」
「愛してもらうにゃ金がねーかかんだよ。 お前みたいな色男にゃ分からないだろうがな」
そんな情けないことをよく嬉しそうに語れるものだ。 ため息を吐き出す。 シワのある兵士は気にした様子もなく笑う。




