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幼馴染が勇者だった3

 片田舎の腕自慢。 俺は所詮その程度で、村で強いと褒められ頼られてはいても、おそらく相手の方が格上。


 逃げてもまた追いつかれるだろうことを思うと、逃げることは出来ない。

 こちらへと走り、剣を振り下ろしたソドエクスを見ながら、冷静に符を翳す。


「符術【空を切り取る】! もう一発【空を切り取る】!」


 剣を防ぎ、彼の後ろに放ってから発動させることで退路を断つ。

 俺の作った符術の中でも【空を切り取る】は一際扱いやすい札である。

 盾や足場、あるいは今のような道を塞ぐこと、多岐に渡る使い道があり、発動も一瞬で魔力も使わずに済む。


 使えば朽ちてしまうので使い捨てで、そのうえ作るのにも手間がかかるが、その分、下手な魔法よりも使いやすい自負がある。

 補充は面倒だが、出し惜しみはしない。


 他の札である【携帯する太陽】は優秀な目くらましだが、二度目はないだろう。 【幻影を見る】は対人戦では大して役にも立たない。

 残りの一種、【祝歌を遮る】は大音量を掻き鳴らすことで耳を潰すための札だが頭の悪い魔物が前提で、人間相手だと先に俺の耳をふさぐことでバレてしまう。

 塞がずに共倒れを狙えば音で他の奴を呼び寄せた上で弱ってしまうという最悪な状態になる。


 大鉈を振るって、騎士ソドエクスに受け止められた。


「この大義が分からぬ愚物が!」

「人の力に頼りきってる卑怯者が正義ぶってんじゃねえ!」


 剣と鉈で潰し合うが、腕力では多少勝っており、速さでは負けている。

 互角の斬り合いになるが、相手には魔法があることが分かっていた。


「厳かなる自然が祈り──」

「符術【祝歌を遮る】!!」


 符を適当に放って耳を塞ぐ。 騎士ソドエクスもそれに気がついたのか自分で耳を塞いだ。

 そして音だけで髪が動くような暴力的なまでの轟音が響く。 それによりなんとか魔法の詠唱は止められたが、次は構わずに詠唱されてしまうかもしれない。


 怯んでいる隙にソドエクスの横を走り抜け、ニムの手を握る。


「っ! 卑怯なことばかりを!」


 そのまま走り、ソドエクスが追ってくる。 振り返ることなく札を適当に後ろに放って発動させる。


「符術【携帯する太陽】たくさん!」


 足止めにでもなると思いながら連続して発動し、途中、投擲具に札を貼り付けて投げ付ける。


 それは鎧の隙間に命中したが、中まで入り肉を傷付けることは出来なかった。


「小賢しい!」


 そうは言いながらも距離は少しずつ空いていく。 【携帯する太陽】の札を使いきってしまったので、次は【空を切り取る】によって足止めをするが、逃げ切れない。


「ベルくん! こっちって……!」


 不安げな彼女の言葉を遮って「大丈夫だ」と告げる。

 遠目に見える崖を騎士も見たのか、嘲笑する声が聞こえる。


「馬鹿か! そちらは崖だ!」


 彼女の手を強く握り、身体を引き寄せる。 走る勢いは弱めずに……そのまま崖へと突っ込む。


「ニム、信じてくれ」

「いつだって」


 崖の下にある激流の川に落ち、水に背面を打った痛みに耐えながら流され浮かび上がる。


「川に逃げ込めば逃げ切れるとでも!?」


 騎士ソドエクスは魔法により空を飛ぶことが出来る。 川に流されていようが、その上から追ってくることが出来るのは分かりきったことだった。


「お前の妙な符術も水に濡れればば使えない。 判断を誤ったな」


 その言葉も事実だ。 残っていたほとんどの札は水に濡れて使い物にならなくなっており、一枚を除けば符術を使うことが出来ない。

 まだ水に濡れていない札は……騎士ソドエクスの鎧の隙間に捻じ込まれたままだ。


「間違えてねえよ。 計画通りだ。 ──符術【祝歌を遮る】!」


 圧倒的な轟音が水を揺らし、崖の側面の岩が幾らか壊れ落ちる。

 耳を塞ぐことも出来ずにその轟音を直接浴びたソドエクスの耳は一時的に完全に機能を失う。 聴覚はもちろん……耳の持つもう一つの機能、平衡感覚もだ。


「うお、うおぉおお!?!?」


 空を飛んでいたソドエクスは上下左右の感覚が失われ、体勢を整えることも出来ずに俺たちと同様に激流の中へと落下する。

 俺たちよりも装備の重い騎士は、流される速さでも俺たちより劣り、沈んでいるせいで魔法も詠唱出来ない。


 ニムが魔法を発動し、水流を少し変えてソドエクスを崖の側面に触れられるようにする。


「……甘いな」

「ベルくんが人殺しになるの、いやだから」


 視界から離れていくソドエクスは壁にしがみ付いていて、あれなら早々には死ぬこともないだろう。 追い付くのも無理だろうが。

 「おのれぇ!」と悔しそうに叫んでいるソドエクスの姿も離れていき、激流の中を二人で流される。


 しばらく流され、壁ではない地面が見つかったところでそちらへと移動し、久しぶりの地面に登って、息を思い切り吐き出す。


「疲れた……泳いでもないのに」

「水の中はいるだけでも疲れるよね……」


 しばらくゆっくりとしようとするが、ニムが「くちん」とくしゃみをしたので、急いで火を起こすことにする。 流石にこの季節の川はまだ冷たいか。


 薪になるような物は少ないが、可能な限りマシそうなものを見繕って広い集め、少し森の中に入ってからそれを組んでニムに頼む。

 小さい炎が起こされて薪に火がつく。


 火の暖かさに安堵しながら服を脱ぎ、手頃な枝に引っ掛けておく。


「ニム、冷えるぞ」

「う、うん……あんまり見ないでね?」


 そう言いながら、彼女はゆっくりと服を脱いで、手で胸を隠し脚を動かして見えないようにしながら服を枝に掛ける。

 服を脱いで裸の彼女と火に当たる。 いつの間にやら成長していた彼女の身体を眺めるのも妙な気分で、目を背けながら誤魔化すように口を開く。


「……服が乾くまで休んで、また移動しよう。 結構離れたはずだからそうそう追ってこれないだろうが、早く動くのに越したことはない」


 ニムは脚を三角に折って、脚で胸を隠しながら恥ずかしそうに頷く。

 均整の取れた肢体は目に毒だ。 普段は見ることが叶わない白い肌はシミの一つもなく、艶かしく扇情的だった。


「……見ないで、って」

「気にしすぎだ」


 妹分、妹分と頭の中で繰り返しながら、彼女から目を逸らす。 何も裸にならず肌着ぐらいは着ていればいいのにと恨み事を思っていれば、ニムが赤らめた顔のまま口を開く。


「勇者って、なんなの?」

「御伽噺であるあれだろ。 超強い魔法剣士で、魔族を倒しまくるやつ」

「……私には無理だよ」

「知っている」


 騎士達が言うようにニムには圧倒的な才能があるのは知っている。 けれど、それを使いこなせるかはまた別だ。

 気の弱い彼女は矢面に立って戦闘することなんて無理だ。 山で俺に引っ付いて狩りをしたり、農作業や細かい小物を作ったり、花を愛でたり、子供の遊び相手をするぐらいが似合っている。


「……なんで、こんなことになったんだろ」

「お前がいれば勝てるなら、他の奴らだけで余裕だろう。 魔族との争いも終わって、すぐに帰れるさ」

「……うん。 ベルくんが一緒にいてくれてよかった……」


 彼女は裸のままニッコリと笑う。


「とりあえず、逃げた先で身を隠そう」

「うん。 ……一緒に暮らすことになるって、新婚さんみたいだね」

「……馬鹿なことは言うな。 妹みたいなもんだ」


 落ち込んだような彼女の顔を見て、思わず言った言葉を否定する。


「……逃げてる間だけなら、真似事をした方が人の目を誤魔化せるかもな」

「っ! ベルくん大好き!」


 少女は裸のまま俺に抱き着き、少ししてやっていることに気がついたのか、顔を真っ赤に染めて俺の横に座る。

 身体に反して、性格は子供っぽさが抜けていない。 「ベルくんのお嫁さんになる」なんて何年前に聞いた言葉だ。


 少女に呆れながら、濡れた彼女の髪を撫でる。 可愛らしいが、もう少ししっかりしてほしいものだった。

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