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英雄級

 

 慰め合いの依存関係に何の意味がある。

 反省しながらも、どうにも何かするやる気は出ずに森の中でアロと過ごす。

 離れて過ごしたことがそれほど不安だったのか、アロの身体はいつもより近く少し歩きにくい。


 気まずさを覚えながら、先のレイを思い出す。


「……英雄級……か。 アロは聞いたことあるか?」

「いえ、英雄なら聞いたこともありますが。 言葉の意味を考えると……。 英雄と呼べる力を持った存在全般のことでしょうけど。 ……わざわざ区切る意味があるのでしょうか? 人間の強さが階段みたいに上がっていくとも思えませんし」


 アロの言葉はもっともだ。 普通に考えれば、突然人が強くなったりするわけもないので、ある程度の段階になれば英雄級と呼ぶにしても、状況によって強さなど変動するものだし、人というものの強さはそう簡単に評価出来るものではない。


 だが、逆に考えると……どうだろうか。


「段があるのかもしれない。 ……俺の知り合いにあり得ないほど強い奴がいる。 俺が100や101、99などのところで一喜一憂しているところで、100万とか101万とかそういう単位の」


 アロは俺の「知り合い」という言葉に顔をしかめたあと、すぐに取り繕うように真面目な顔に変わる。


「突然、あり得ないぐらい強い人が出るってことですか? その前段階はないぐらいで」

「少なくとも、王都にいる【勇者】は本物だ。 御伽噺の勇者の仲間のような存在や、別の伽話の英雄も事実なら、明確に級で分けられるほど強さが飛び抜けた存在がいるのだろうな」

「……ベルクさんは」

「違うだろうな。上手い下手やら、努力や才能という話ではないのは間違いない。

 俺の自身、腕に自信はあるし、実際かなりの実力者にも勝っている。 だが、あれに勝てるとも、そもそも何人で掛かろうが勝負になるとも思えない」


 あまりに明確な線引きが、俺とニムの間にはあった。 努力やらでどうにかなることのない差。 それを感じて符術に手を出したが、それでも差が埋まることすらないほど遠いことに変わりはない。


「……英雄級、か」

「僕は諦めませんよ。 明確な線引きがあっても、届かない理屈があろうと、自分で魂を折る理由にはなりません」

「俺も諦められない」


 守りたい人が英雄級なのだから、近いうちに戦いを挑むことになるだろう。 あるいは、今から戦おうとしている魔族もそれの可能性もある。


 この森の魔物から逃げ回っているのに、その親玉に勝てるのだろうか。


 不安を患っていればアロが俺の手を握った。


「大丈夫ですよ。 ベルクさんは強いですから、賢いですし、優しいです」

「強さも賢さも通じない敵が……いるかもしれない」


 アロは片手で俺の手を握り締めながら、もう片方の手で頭を撫でる。


「ベルクさんのお知り合いの強い方は、剣とか武器も持たないんですか?」

「……いや」

「防具は? 技は? 魔法は?」

「全て使っている」

「なら、絶対に勝てない相手ではありません。 本当に圧倒的に強いなら、手入れが必要な武器や防具も、覚えるのが大変な技や魔法もいりませんから。

 人の道具や技で強くなれる程度の強さです」


 どうしようもない差ではないと、アロは自信を持って語る。 実際、そんなことはなく、圧倒的な差があるけれど、アロが言うと不思議とそんな気がしてきた。


 我ながら単純と言うべきか。


「……そうだな。 全部、弱者である人間が戦うための、弱さを補うものだ」

「とんでもなく強くても、鎧より柔らかい皮膚ならどうにでもなります」

「ああ、っと……野営の跡があるな」


 話をしていると焦げた枯れ枝や様になった枝が落ちている。 魔物を狩ったのか少し血の臭いがする。


「あの騎士たちでしょうか?」

「まぁそうだろうな。 数としてもだいたいこれぐらいだろう。 下手に動き回れば見つかるかもしれないから少し離れたから休むか」


 俺がそう言うと、アロは目を逸らす。


「どうした?」

「あ、いえ……。 その、あの後どうなったのかと……」

「腹を蹴飛ばして逃げた」

「あっ、そうなんですね」


 少し安堵した様子を見せたアロは手を伸ばして俺の服の裾を掴んだ。 アロのことを思い出したせいで攻撃しきれなかったと言えば、口説いているようなものだろうか。 アロは子供だが。


 少ししたところで止まり、軽く野営の用意をする。すでに昼でこの間に動き回っても進むことは出来ないので、仮眠を取るべきだろう。


「これからどうするんですか?」

「目的としてはレイの言っていた敵の魔族の始末だが、それをするとかなり危険な可能性がある」

「危険ですか? 解決するのに」

「かなり高密度に魔物が蔓延っているからな。 トレントの制御がなくなって魔物が出れるようになれば近くの村に被害が出る可能性も高いし、トレント自体がこの数で動き回れば危険極まりない」


 ある意味ここに押し込められているから、偵察してと時間に余裕があるのたま。 ただ魔物が大量に発生する場所なら、対処は楽だが被害は大きくなる。


「倒す前に魔物を全滅させるってことですか?」

「理想としてはそれが一番だ。 それが出来れば苦労しないが、最悪の場合は被害は許容して魔族を殺す」

「……周辺の人達は」

「放っておいたら間違いなく死ぬ。 言いに行っても、知らない若造と子供の言葉で土地を捨てることもないだろう。

 まだそちらの方が被害が少ない」

「じゃあ第一は魔族、第二に動物型の魔物、第三にトレントってことですか?」

「まぁそうだな。 余裕があるのなら、倒す順番は動物型の魔物、トレント、魔族。 の順に減らしていくのが理想だが……。 まあ魔物を残らず殺すのは無理だろう」


 人手が足りない。 多少殺したところですぐに減らした分だけ繁殖するなりするだろう。

 レイの奴は味方と言っていたが、そういう配慮は一切なさそうだった。


「罠でも仕掛けたり……」

「普通の魔物より力が強いから難しいな。 鹿を仕留める罠はあっても熊を仕留める罠はなかなか作れない。 それより力のある魔物相手なら枝や蔓ではどうにもならない」

「……いっそ森ごと燃やすのは?」

「出来るならそれが一番手っ取り早いな。 生き残る奴もいるだろうが、弱るだろうし、飢えるだろうから人のいるところまで数が辿り着かないと思う。

 だが、生木はなかなか燃えない。 水分を含んでいるからな。

 もし燃えたとしても上昇気流で熱い空気が空に行って雨を降らせるからな」

「……火事になったら雨が降るんですか?」

「そうらしい。 火事の規模が大きいと雨が降る。 と本で読んだ。 まぁ雨が降っても木が乾いていれば燃えるが、期待は出来ないな」


 分かりやすく手詰まりだ。

 流石に森一帯の水分を吸い上げる方法はないし、運良くずっと雨が降らずに枯れるのなんて期待出来ない。


「……すみません、適当なことばかり言って」

「いや、あながち間違いでもない。 それぐらいは出来ないと無理だからな」


 問題は実現出来ないというだけだ。

 ニムのように莫大な魔力を持って操ることが出来ていれば一気に潰すことが出来るかもしれないが……ないものねだりか。


「……いや、デカイ術式を書けば……」

「同じ物質が続いてないから難しくないですか? 掘ってっていうのは無理ですし、インクも足りませんよね」

「まぁ書いてもトレントが動いて掻き消されるか。 ……いける気がしたんだが」

「うーん、どうですかね」


 アロは無理だと思っているようだが、口にはしないらしい。

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