魔道具制作7
「……レイさんのこと、信用出来ませんか?」
不安げな表情を見て、軽く目を逸らす。 バツの悪さを悟られたくなく、誤魔化すように記憶の中の映像を書き記していく。
「当たり前だろう。 あれは、魔物だ」
「……それは元々分かっていましたよね?」
反論することが出来ずに押し黙る。 アロは年齢の割に切れすぎる。
ニムのような何でもウンウンと頷いてくれることはない。 そうだったら可愛かったのに、などと思い、すぐに自分の考えを恥じた。 また、アロをあいつに重ねるなど。
「嘘をついていたからですか?」
「いや、本当のことを話していれば、間違いなく疑ってかかった。あいつの言葉を鵜呑みにするなら、これが最善手だったのは間違いない」
理解の難しい苛立ちを抱えながら、先の流れを思い出す。
◇◆◇◆◇◆◇
「まぁ、ベルクくんとしてはこの異界をどうにかしたいわけじゃん? 私もしたいわけだから、目的は一致していることになるね」
「不服だがな」
「つまりは協力出来るってことさ」
「出来るわけないだろうが」
俺が苛立ちをレイにぶつけるが、彼女は気にした様子もなく続ける。
「そうかな? 例えばさ、私を手足を縛った上で首を掻っ切ってって言っても協力しない?」
「お前を殺せるなら都合がいいな」
「なら、協力出来るよ」
レイが俺に手を向ける。 握手のつもりだろうか。
「今、殺せと?」
「同じ意味だよ。 ベルクくんは、それなら出来るわけだ。
私が一方的に動けない状況でなら、互いの利益になることが出来る。
そもそもが私の頼みを絶対に聞けない宗教家でも、とりあえず敵対する戦闘狂でもない。 明確な得があれば助け合える傭兵だ」
得。 と首を傾げれば彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。 俺の手を取って一方的に握手を交わすと、満足したように離して、その手を軽く舐める。
「そうだよ。 互いの利益のために人間を救おう。 ね?」
俺の場合は人間ではなくニムを……だが、結局は同じことか。
「ベルクくんには4つの選択肢がある。 私を信用して一緒に戦う。 私を信用せずに一緒に戦う。 私を信用して別々に戦う。 私を信用せずに別々に戦う」
「結局2つじゃねえか」
「いや、4つで間違いないよ。信用するかしないかで全然意味が変わる。 行動ももちろん変わるからね」
「……」
意味は分かった。 溜息を吐き出しながら彼女の目を睨む。 価値を開き、喉を震わせた。
◇◆◇◆◇◆◇
「あいつの話が嘘でなければ、近いうちに別の奴が【天地流転】の術式を直しにくるだろうから、そいつを始末する必要がある」
「それで異界が消えますか?」
「まぁ、時間はかかるだろうが、消えるだろう。 だが、当然相手が組織的な奴等なら、遠くない未来にくることになる。
あいつは、レイは言っていなかったが、わざわざここを狙うというのにも意味はあるだろう。 地質的に魔力を通しやすいやら、水脈のように魔力が地中を流れていて取り出しやすい場所やらと」
まぁ口から出まかせに近い予想だが、大まかには間違っていないだろう。 もっと人里から離れた場所もある、わざわざ人が来るかもしれないここを選んだのは、ここでなければならないからだろうと予想もつく。
「結局、やるべきことは寄ってきた魔族をぶっ殺すってことぐらいだ」
「……大丈夫なんでしょうか?」
「そもそもレイがひとりで出来る予定だったみたいだからな。
さして難しいとは思えない。 問題はトレントだな。 流石にあれを操られるとかなりキツイ。 まぁ、上に逃げればいいだけだが」
「さっき言ってた新しい符術ですか?」
「ああ、ほとんど【空を切り取る】と同じで、発動させる空間を1cmほど手前に固定したことで、靴に書いても靴が固定されずに移動できるようになっただけのものだが」
名前はそうだな。 符術【宙を駆ける】とかでいいだろう。
術式を描き終わり、アロに見せる。 簡単にだが解析した部分を伝えて、二人して術式を睨みつける。
「……効果が分かると簡単ですね。 方式が違うと言っても、必要なものは同じですし」
しばらく睨んでいたアロの横で作っていた乾いた肉を齧り、硬さと臭さにに顔を顰めながら睨む。
「これ、発動しませんよ? 多分」
「いや、一通り壁も天井も床もしっかりと見たから間違いないはずだ」
「天井、壁……。 覚え間違いではなくてですか?」
「おそらくな。 人より記憶力がいい」
「覚え間違いではないとしたら……あっ、部屋の形自体が術式に影響していて、ってあり得ますか?」
「部屋の形? いや……ああ、なるほど」
結局、文字も形でしかないから、部屋の形自体を文字として、術式の一部として扱って制御していたのか。
アロの頭を撫でてやり、彼女の口からどの部分がどういう役割で起こっているのかの説明を聞く。
「これを流用すると結構複雑なことも出来るようになりますね」
「いや……複雑なことをさせたら制御にも魔力を食うから、出力落ちるぞ、だから俺の符術は基本的に雑に作ってるんだよ」
「素材を良いものに変えたら……」
「せっかくの素材を使って小細工か……」
「むぅ……兼ね合いですね」
「あと、基本は消耗品として使うんだから、そんなに金も手間もかけていられないな。 使うならこの灯りとか、靴とかのようなタイプだな」
アロは何度か頷き、可愛らしい笑みを浮かべてべったりと俺にくっつく。 引き離そうとするが、思いのほかしっかりとしがみ付いてきていて、無理矢理引き剥がすと怪我をしそうだ。
「突然どうした。 ……あまり引っ付かれると困るんだが」
「ん、あなたとこんなに離れていることがなかったので、少し不安で」
「馬鹿らしい感傷だ。 俺はお前の父でも兄でもない。 よく知りもしない、居候の男だろう」
「そうです、けど」
俯いたアロは可愛らしい。 抱きしめてしまいたくなるのは幼い日のニムを思い出すからだ。
重ねて見てしまう。 アロに向かって日に一度は言うこの言葉は、実際は俺自身に言っているのかもしれない。
「ただの居候の人なら、心配しちゃダメなんですか」
「……俺は自分が死んでもいいと思っている。 心配しないでくれ、ただの徒労だ」
「……その言葉は、僕の為の物です。 僕が傷つかないように言っている言葉です。
……僕だって、同じように思ってもいいじゃないですか」
否定のしようがない。 あからさまに俺が間違っていて、反論の言葉もない。 アロの手が俺の頰を触る。
小さな手だ。 白く綺麗で暖かく、優しく柔らかく細く長い。
恥知らずにも、心地よいと思った。
「……やめてくれ。 お前も、自分が大切じゃないんだろ。意味がない」
「貴方が大切にしてくれるなら、無闇に死のうとは思いません」
「俺はロクでもない奴だ」
「知ってます。 でも、それでもいいです。 大切にさせてください」
馬鹿げている。 そう思っていると、アロは小さく笑う。
「あんなに急いで、何時間も走ってくれたんですよね」
「……放っておいてくれ」
俺にも分からない。正直な話、普通に考えて手遅れだった。 分かったところで向かう意味がないどころか、俺まで危険な目にあうだけの悪手だった。
体力を限界まで使ってほとんど抵抗も出来ない状態であって、一体どうするつもりだったのか。
「冷静になれない、感情的なのが悪癖なだけだ」
「知ってます。 でも、僕のことで感情的になったんですよね?」
ああ言えばこう言う、しかしどれもが正鵠を射ていて、否定のしようがない。分かっている、俺は彼女のことをニムと重ねてしまっていて、そのせいで彼女は俺に親しみを覚えてしまっているのだ。
馬鹿らしい勘違い。 けれど、俺の背に回された腕を振り払えるほど、俺は立派な人間ではなかった。
彼女を抱き返して、抱き合うということがなかったことだけが、理性の勝利だった。 それ以外はボロ負けだ。




