魔道具製作6
術式を頭の中に叩き込むようにして細部まで覚えながら考える。
魔力の放出を止めること自体は難しくない。 一部を消せば魔力の放出は止まる。
だが、気持ちの悪さを感じる。 無尽蔵な魔力を吐き出させているものを止めて大丈夫なものなのか。
いや、一度途切れていて新たに書き足されているのだから途切れさせても問題はないのか。
……もしも止めたらどうなる? 放出させている魔力はなくなっても、森の中の魔力は変わらないはずだ。 長い時間が経てば魔力も霧散していくだろうが、ニムの来る時間には間に合わない。 多少足しになるのは間違いないが。
この術式を書き足した人物……魔人の可能性もあるが、そいつの動向は? 術式だけならば簡単に消せるが、簡単に書き足すことも出来る、意味がない。
それにしてもこの雑な書き直し方……そう思いながらインクを見て、鉄臭さに気がつく。
「……血液か」
まぁ、インクにしてもある程度、魔力を通す量や最大保有量などと魔に対する素養の高さのある染料でなくてはならない。
この規模の魔力を操る物ならそれこそ中級の魔物でも無理なレベルだろう。
……上級魔物の素材などそんな簡単に扱えるものでもないし、それなら高級なインクを買った方が遥かに手っ取り早いし、安く付きそうなものだ。
現地調達にしてもそれらしい上級魔物の姿はなく、何より異界化したのはこの血液で書いたあとのことだ。
だとすると、この血液の持ち主は……書いた者と同様の人物が面倒だからとそのまま自分ので代用したとかだろうか。
だとしても血液ならそんなに長時間耐えられるとも思えない。 実際に周りの紋様は床の石と同化しているような描かれ方だ。
それこそ、頻繁に書き直しをしなければ耐え得るものでは……。
「あ…………」
自分の失態に今頃気がつく。 自身への怒りで頭に血が上りすぎたのか、目がチカチカとして身体がフラついた。
高い知性、魔力的素養があり、この森に滞在している、トレントの眠る夜に行動出来る、誰か。
……誰か、などと考える必要すらないだろう。
「────アロッ!!」
一秒を争う切迫する中、俺の頭だけが異様に冴え渡る。靴を脱いでその靴底に【空を切り取る】の術式を書きながら、頭の中で目の前の術式を解析し、おそらく「空間指定」の部分を無理矢理読み解く。
【空を切り取る】の術式に書き加え、現状の限界、おそらく1cmほど靴の下にそれが出現するようにする。 ぶっつけ本番である。 もう一足にも同じように書き加え、一応彼女がアロを連れて戻ってきた時のために簡単な術式を書いたあと、念入りに隠して、血で直されている部分を短剣で削る。
適当に隠したあと崩した場所に戻り、符術を発動させる。
空中に浮いたところで発動させて、上に登ったあともう片足を発動させる。 足を上げる、発動、足を上げる、発動、解除と繰り返して動き、遺跡から出てからも空中に登る。
空の上ならば遮るものはほとんどない。 全力で空を切り取るを発動させながら足を動かし、空中を蹴り抜く。星を頼りに方角を定めて全力で空を走り、森を抜けたところで徐々に高度を下げて、そのまま草原を駆け抜ける。
なんでこんな必死になっている。 自問は焦りによって掻き消され、そもそもこっちにいるのかも分からない。 丸一日経っているのだから、真っ直ぐに行ったところで会えるとも限らない。 少しでも方向がずれていただけで……。
焦燥と共に駆け抜けていると、遠くに光が見える。 日の光のようで、もしかしたらソドエクス達かもしれないと思いながらも脚は止まらず、全力で走る。
焚き火の近くにいる女性の人影と共に、小さな影が見えた。
「ッ!!」
声を抑えて、駆け続ける。
「ベルクさん!? どうしてここに!」
アロの声が聞こえる。 全力で駆けていた脚は止まることができずにそのまま彼女の元に飛び込み、小さな身体を抱き締める。
「ッ!無事でッッ! よかった!」
けほり、とアロは咳き込み、俺を見て笑う。
「もう、どうしたんですか。 ベルクさん、そんなに急いで、朝でビチョビチョじゃないですか。 ……今、僕達も森に戻る予定だったんですよ?」
息を整えながら、アロを抱き締めたまま振り返る。
「あれ? ベルクくんなんでここにいるの? 調査終わった感じ?」
「……レイ」
息が戻らないし、全身が痛い、喉が渇いた。
身体の不調と共に……身体を傾ける。
「逃げようとする……か、なるほど」
「ッ!」
レイの赤い目が光り、俺を射抜く。 次に警戒したように周りを見渡して、パチパチと手を叩く。
「いや、すごいね。 すごいよ。 だって、勇者でもない、選ばれてもない、運命は持ってないし、愛されてもない。
【英雄】じゃないのに、ただの人間なのに、こんなに早くに分かったんだ」
剣を構えるが、アロを守れるか? それより新しい魔道具で空に逃げた方が──。 そう思考を巡らせていると、レイは首を横に振る。
「違うよ、人間さん。 ベルクくん。 私は敵じゃないし、あれを利用しているわけでも、利用している誰かの味方でもない」
「信用出来るか」
「アロちゃんを預けてくれたぐらいだから信用されてると思ったよ」
「何故隠していた」
「取るに足らない相手だと嘗めていたから」
アロの首筋を撫でる。 「ひゃいっ」と変な声を出したアロの頭を撫でて、噛まれていないことに安堵した。
短剣を下ろして腰に戻す。
「あら、信用してくれるの?」
「俺に利用価値はない。 アロにもだ」
英雄ではない俺たちを騙して得することはない。 アリを二匹操って象を殺せるはずもないのだ。
勿論、レイからすれば今の瞬間に捻り殺すのは簡単だったろうし、話して得ることもない。
「……とりあえず、お前が敵かどうかより先に一つ聞かせろ」
「私は人間側だよ?」
「どこからあの魔力を持ってきている」
彼女は軽く笑い、足首を動かしてトントンと地面を蹴る。
「──まさか」
「そのまさかだよ。 文字通り、天地をひっくり返す。 魔力に満ちていない地上を魔力に満ちた世界に、魔力の満ちた地中を魔力のない世界に。 天を地に、地を天に。
【日の光を我が物に】」
「馬鹿げている」そう切り捨てられないのは、狂った規模を見たからだ。
「別に、特別な話じゃない。 ある程度のお偉いさんならみんな知ってる。 偉くなくても多少の力があれば、少し賢ければ知れる。 ベルクくんはそれを示したってだけの話」
「まさか」
「下に化け物が蠢いているって知って、眠れないよね」
「それだけの理由で……」
「勿論、そんなはずはないよ。 冗談だって」
お前……と睨みながら、頭を掻き毟る。
「私のことは……そうだね、売国奴」
レイは指先を動かしながら言葉を紡いでいく。
「スパイ、裏切り者、コウモリやろう、お姉ちゃん、好きに呼んでくれていいよ。 つまりはそういうことだからね。
魔族を裏切って人間側に着く。 日に弱い私の同族にしてみたら地上に引っ張り出されるなんて勘弁ってことだよ。 ね、バッチリ人間側」
「……クソコウモリが」
「吸血鬼だけに、コウモリなのさ。 鳥か獣の両方の仲間だと言い張るコウモリと、それの上にいるのは、人か魔族の両方と仲間と嘯く吸血鬼?
悪くないでしょ?」
どこからか現れた数匹のコウモリが彼女の周りを飛んで、彼女の影の中に溶けるように入る。
「……教えろ、魔族とやらを、異界を、現状を、魔法を、技を、全部だ」
「出来る限りね」
レイは自身の金の髪を弄り回しながら、愉快そうに俺を見た。




