幼馴染が勇者だった2
ひどく静かな村の中に、慌てる少女の声が響く。
「な、違うよ。 絶対間違いだよ! 私はただの村娘だしさ!勇者って、すごい人のことでしょ?」
彼女の言葉は、俺を視界に入って方向性を変えていく。
「あっ、ベルくんが勇者だって、絶対そうだよ。 強いし頼りになるし」
「いえ、神託がありました。 間違いはなく、ニムシャ=ブレイブード様が魔族の脅威から人類を救う救世の勇者様なのです」
「いや、ベルくんだって、私知ってるもん!」
だだをこねるように彼女は言う。 俺は押さえつけている騎士達の腕を絡まるように動き回り、ガチャガチャと絡ませたところで立ち上がり、他の騎士にタックルを食らわされてまた押さえつけられる。
ニムの必死な言葉を聞き助けてやろうと思ったが、あまりに多勢だ。
殺して良いのならまだしも、相手は騎士だ。 騎士の多くは貴族で、一人殺せば大問題になる。
力づくで立ち上がり、振り払う。
「ベルくん!」
騎士を引き摺りながらニムの前にまで来て、偉そうな騎士と向かい合う。
「お引き取り願う。 見ての通り、ニムは気の弱い田舎娘だ。 か弱い少女を吊るしあげて御旗と掲げるつもりか」
「弱くないだろう。 いるだけで感じられる魔力は間違いなく予言そのものだ。 私達は勇者様と話をしておるのだ。 部外者は黙っていてもらおう」
「断る。 ニムは俺の妹分だ」
騎士は腰に下げていた剣に手を伸ばす。 ──本気か?
「これは王命だ。 邪魔をする者は斬り殺しても罪には問われん」
下げていた鉈を手に取ろうとしたが、俺にしがみついていた騎士達が邪魔をする。 情けない癖に、面倒な。
仕方なく服の袖にしまっていた札を手を動かすことで取り出し、すぐさま発動する。
「符術【空を切り取る】ッ!」
騎士の振るった剣が前方に現れた透明の壁に阻まれて止まる。 続けざまにもう一枚取り出し、彼女の名前を呼びながら発動する。
「符術【携帯する太陽】……ニム、逃げるぞ!」
騎士達が目くらましに怯んだ隙に引き離し、符を見て目を閉じていたニムの手を取る。
偉そうな騎士が言うように、ニムの魔力……魔法を使うための力は常人離れしている。 俺のような魔力の篭った札を使用してやっと魔法の真似事が出来る凡人とは比較にならないほどの才能だ。
それを使った魔法は、それは間違いなく強力だ。 強い魔物であれど倒せる威力だろう。
だが────俺はニムの手を引いて、村から飛び出す。
────ニムはただの女の子だ。
魔力があろうと、身体能力が高かろうと、神託に選ばれようと勇者だと言われようとも、村娘の少女でしかない。
「逃げたぞ! 追え!」
【携帯する太陽】の光を見ずに済んだらしい騎士が追いかけてくる。馬に乗っており、まともに走っても間違いなく負ける。
符を地面に落とし、馬がくるタイミングで発動させる。
「符術【幻影を見る】」
馬が魔力を感じ、障害物があると感じて避けようとし、バランスを崩す。 上に乗っていた騎士は落馬し、地面に倒れた。
「っつ、何が」
そう言いながら馬に乗り直そうとしているうちに森へと駆ける。
「ベルくん。 逃げて大丈夫なの?」
「大丈夫ではないが、逃げるしかないだろ! あれは殺そうとしていた。 お前が連れ去られて無理矢理戦うのよりかは逃げる方がマシだろ!」
今も逃げることさえ恐れているのに戦場に立てるはずがない。ましてや前線など、夢に見ただけで怖くなり俺から離れられなくなるのがニムという少女だ。
追いついてきた騎士達を見て森の中に飛び込む。 草原なら馬に勝てるはずもないが、森の中では木々に阻まれる馬よりも早く走れる。
ニムの手を離さないように強く握ると、彼女は不安げに俺を見る。
「お母さん達が殺されたり……」
「お前を仲間にしたいのだったら、めったに不興を買うことはしないだろう。 いくら王命と言っても、嫌がらせのためだけにはしないはずだ」
確信を持ったように言うが……俺の唯一の家族である父は分からない。 まぁ、父ならば女の子を守るために死ねと言われたら頷いてくれるだろう。 それに簡単に死ぬとも思えない。
ニムにはそれを隠し、村の人には被害が出ないと伝えて走らせる。
曲がりくねりながら移動し、途中に鹿を見つけたのでそれを全力で走って捕まえて符を貼り付ける。
「符術【幻影を見る】」
魔力を探すのなら、魔力をばら撒く符を付けた鹿の方に向かってくれるだろう。 あの鹿は魔物に狙われて死ぬだろうが、まぁどうでもいい。
それからも兎や鹿、猪と見つけた動物に同じことを繰り返して魔力頼りでは追えないようにする。
「結構引き離したか……ニム足跡から追いにくいように一帯を行ったりきたりと歩きまわるぞ」
「うん。 わかった」
二手に分かれてそこら中を駆け回った。 最後には彼女を抱き上げて一人分の足跡になるようにしてからその場を離れる。
「ベルくんにだっこされるの、久しぶりだね」
「昔と違って手間もかからなくなってきたからな。 もうこけて泣くこともないしな」
「ん、意地悪ばっかり」
最後にこうやったのはいつのことか。 気にしたことはなかったが、女性らしい体にはなっているらしく少し柔らかい。
必要もないのに彼女の手を持って森を歩く。
「……どうなるんだろ。 これから」
「心配するな。 ……どちらにせよあの村には簡単には戻れないが、服装と髪型を変えれば人相も変わる。 出来る限り遠い街にいけば、バレる心配はない。
生活も……俺たちなら魔物も動物も狩れるから、どこに行っても歓迎されるはずだ」
早くニムの服装を変えるために金を集める必要があるが、魔物を倒した痕跡で騎士団に追いつかれても困る。
森の中は大人数というのも損になりやすいもので、人の気配が強すぎて姿を隠そうとしても獣が逃げるし、魔物が寄ってくる。
バラバラに獣を狩ろうとしても、その森に慣れていなければ分かれて集まるだけでも、かなりの時間が経ってしまう。
ここまで逃げ切れた時点で騎士達は一度は諦めるしかなくなるはずだった。
風のある春の山は秋や冬よりも痕跡が消えるのも早いことも一因だ。
幾分かの安心感を覚えながら、不安げなニムの頭をなで、体を抱き寄せる。
「大丈夫だ。 守ってやる」
「……うん」
なんで私が、と嘆きたいはずだろうけれど、そんなワガママも言わず俺に身体を預ける。
逃げるとしたら、王都と逆方向か……いや、それは分かりやすいか。 ……それに海の方に行くことになる。 流石に何の用意もなしに海を渡るのも無理だ。言葉が通じなければ生活もままならない。
ルートは……どうしても一度は王都に行かなければジリ貧か。
「魔物を狩って魔石を手に入れるぞ。 このまま森を抜けて王都の方向に向かい、途中の村で魔石を売って、ニムの服を変える」
「……ごめんね。 巻き込んで」
「気にするな。 妹のようなものだから、守って当然だ」
落ち込んだままの彼女の身体を離して進もうとすると、また手が握られる。 状況についていけず、不安なのだろう。
強く握り返して、森を歩く。
「……名前も偽名を使った方がいいか」
「偽名? 私、ベルくんを違う呼び方するのも、されるのも嫌だよ」
「ワガママは言わないでくれ。 隙に決めていいから」
「……ベルク=フランだから、ルーくんとかかなぁ……。 嫌だけどね」
ニムはそう言いながら、覚えようと何度か繰り返してルーくんと呼ぶ。
俺も彼女をなんて呼ぶか決めなければな。 そう思っていると、ニムが上を向く。 俺も釣られて上を向いたが、木々に遮られて何も見えない。
「どうした。 まさかワイバーンでもいたのか?」
「いや、これは……さっきの」
彼女は俺を押し、自分もその場から飛び退く。 その瞬間に空を遮っていた木の枝が吹き飛び、俺と少女の合間に銀色の鎧が姿を現わす。
「っ! ニム!」
彼女の方へと向かおうとするが、引き抜かれた剣に止められる。
「失態だ。 この近衛騎士団分隊長であるこの私が一時とは言え、このようなガキに逃げられるとはな」
空から追ってきていたのか。 今まで見つかっていなかったのは彼の魔力探知が、俺の小細工で狂ったおかげで時間がかかっていたのだろう。
流石に空から来られることは想定しておらず、追いつかれる結果になった。
「……迂闊だったか」
だが、一人だ。 実力主義と聞く近衛騎士団だが、一人ならなんとかなるかもしれない、左手に大鉈を持って、右手を懐に入れて数枚の札を取り出す。
魔物はまだしも、ニムは人に攻撃出来るような性格ではない。 一人で倒す必要がある。
「聖華王国が騎士、第十八席、ソドエクス=キューショナー! 我が国が敵を討つ!」
名乗ったのはニムへのアピールだろうか。 仲が良い奴を攻撃して好かれるはずもないだろうが、貴族の出である騎士はだいたいがそういう常識が分からず、劇の真似事をすれば好かれると勘違いしている。
だが──近衛騎士団が噂通りの存在であれば、この男は圧倒的に強い。 その強さは俺でも感じる魔力や、空から飛んできたことに裏打ちされていた。
答えずに大鉈を担げば、騎士ソドエクスは不快そうに顔を顰める。
「ふん、決闘の礼儀も知らんか」
「人攫いにやるような安い名じゃねえんだよ」
ソドエクスの振るった大振りを大鉈で受け止め、後ろに下がっていく。
舐めてかかれる相手ではない。 単騎できたのも、一人で勝てると判断したからだろう。
大鉈の具合を確かめるように振るって、騎士ソドエクスを睨む。
国が相手だろうが、ニムは守る。