迷いの森探索8
白銀の刃が夜風を斬り払い、障害物となる木々の枝葉を削ぎ落として飛翔する。
それはある種の美しさを誇っていたが、見惚れるだけの暇はなかった。
風の刃。 俺の扱う符術のような紛い物の魔法ではない、ニムが使うものと同様の本来の魔法……攻撃魔法である。
斬られた枝葉から刃の形と大きさ、速さを推測して躱し、向かおうとしたところで魔物は羽ばたいて飛んでいく。
逃げるのかと思ったが、剣を突きつけられるような感覚は残って、未だ肌がピリついている。
「ッ!」
安心している様子のアロの元に戻り、彼女の身体を抱き上げる。
「えっ!? べ、ベルクさん!? どうしたんですか?」
「まだ来る」
魔力の探知が不得意なため、音が頼りだ。 枝葉が崩れる音なら上から飛んできて直接攻撃、風を斬る音だと風の刃。
あるいは別の攻撃が来るかもしれないが、野生動物とさして変わらない生態のため妙な緩急はなく常に全力でくるだろうと予測された。
風切り音。全力でその場からアロを連れて跳び退く。
元々いた地面がえぐれ、上を見上げるが木々に遮られて魔物の姿を視認することも出来ない。
レイを見るが、彼女も首を横に振って手がないことを示す。
剣を戻し、いくつかの札を投擲具に取り付けながらアロに尋ねる。
「何か手は思いつくか?」
「……いえ、多分、同じことしか」
彼女は自信なさげにそう言う。 再び感じた風切り音から跳ねて逃げ、乱雑に投擲具を遠くに放り発動させる。
「符術【幻影を見る】」
視覚で対応していないのなら、ある程度は紛らわせるだろう。
だが、相手の姿を見れない以上は警戒を解くことが出来ない。
それに梟の魔物であるからか、人間と同程度の巨体であるのに飛ぶ音が殆ど聞こえず、動きをほとんど把握することが出来ずにいる。
「レイ、どこにいるか分かるか?」
「えっ、あっ、うん。 なんでかあっちの方に飛んでいったよ」
「俺の道具だ。 あれもすぐに気がつくと思うが、時間は稼げそうだな」
レイを引き寄せ、俺の出来る手を話す。
「……今、魔力を放出するだけの魔道具を飛ばして、そちらに行ったと勘違いさせている。 爆発音を出す魔道具で一時的に落とすことが出来るが、魔力と音に反応して他の魔物が続いてくるだろう」
息を整え、レイを見る。
「地面にさえいれば、一瞬で殺せるか?」
「んー、分からないけど、まあやるしかないから、やってみるよ」
聞くまでもないか。 額に浮かんだ汗を拭いてやり、投擲した場所が風の刃によって破壊されたところを見る。
ここでは枝に遮られて上手いこと投げることは出来ないだろう。 アロを抱いて、レイに言う。
「俺たちが見失わない程度の位置で先行して走ってくれ、多少離れたところで枝を切り落として上を見上げられるようにしろ」
「あいあいさー」
「アロは、しっかりと捕まっていろ」
先に駆けていくレイを追うように走る。 アロを抱いている上に足場の悪い環境のせいで思うように走れないが、転けたとしてもアロには怪我がないようにだけ細心の注意を払う。
風切り音がして、それを避けようとした時、後ろを向いていたアロの声が聞こえた。
「符術【空を切り取る】」
一瞬だけ後ろで拮抗し、俺が前に進んだことで回避出来る。
「助かった、アロ!」
「は、はい」
それにしても偏差射撃か。 野生動物がするような動きとは思い難く、今までの経験から実直な行動ばかりだと油断していた。
自分の間抜けさにイライラとしながら駆け、音を頼りにジグザグと動き回避する。
幾分か動きは遅くなるが、回避出来ずに斬られるのよりかは幾分かマシだ。
レイに追いつき、手に持っていた札を彼女の手に握らせる。
「──レイ、これを! 符術【幻影を見る】!」
これでアロではなくレイの方を狙ってくれるだろう。 囮にするのなら運動能力の高いレイに任せた方がいい。息を整えながらアロを下ろし、手早く投擲具につけた札をレイが開けた枝葉のない空へと飛ばす。
月明かりが黒いものに覆われた瞬間に投擲具ににつけていた糸を引いて投擲具を動かす。
「符術【祝歌を遮る】!!」
闇夜に似つかわしくない轟音が響き、一瞬惚けたレイに怒号を飛ばす。 遅れて落ちてきて暴れ回っている梟にレイが飛びかかり、梟の振るった翼の端を剣で斬り落とす。
続いて振るわれた梟の爪をレイの剣が受け止めた隙に、俺がその伸びきった脚を短剣で断ち切る。
振るった翼から風の刃が発生するが、レイがそれを回避し、その身体に剣を走らせた。
遅れて血が吹き出て、最後の抵抗をしようとした梟の眼窩に短剣を突き刺してそこから脳を潰して動きを止める。
短剣を引き抜くこともせずにその場を跳びのき、同じように飛び退いたレイを見て、息を思い切り吐き出す。
「死ぬかと思った」
言葉が重なり、思わず二人で笑い合う。
実際アロと二人なら間違いなく狩れなかった。 というか、魔力の探知が不得意なため気が付かずに一瞬で殺されていた可能性も十分にある。
もし上手くやって落とすところまで行けても、一人ではガムシャラに暴れているだけの梟の魔物に近寄ることも出来ず回復されていたことだろう。
それに今回でも運が悪ければ最後の風魔法がレイではなく俺やアロの方向に飛んでいたら俺が死んでいた。
結果では完勝に近いが、もう一度同じ奴と戦えば死ぬ可能性が高い。
「……舐めていたな」
「いや、流石にこのレベルのはそうそういないよ」
「……まあこんなのが大量にいたら死ぬな。 ……とりあえず最低限採取して、魔物が来る前に逃げるぞ」
いつもなら投擲具も回収するが、今回は諦めるしかないだろう。 短剣をもう一度強く刺してから引き抜き、別の短剣で翼の中で風切羽を肉ごと採取する。
「なんで羽?」
「見たところこれで魔法を起こしていたから後で研究するのに使う。 あと爪と……。 魔石は高く売れるだろうが諦めるか」
「諦めるの? もったいなくない?」
「解体していたら魔物が寄ってくる可能性があるからな。 早急に離れたい」
レイは魔物の血をコソコソと集めてから立ち上がった。
少し怯えた様子のアロの手を握ってその場から離れる。
「走らなくていいの?」
「アロを抱えて走れば疲れる。 疲れたところで魔物と接敵する可能性も考えれば、早く歩く程度がリスクが少ない」
「ん、オッケー。 ……今更だけどなんでアロちゃん連れてるの?」
心底不思議そうな表情をしているレイに向かって言う。
「優秀で使えるからだ」
「へー?」
「まぁ信じなくとも構わない。 魔物を狩るのには使えないが、異界から脱出をしたり、異界を消すにはアロの頭が必須だ」
「てっきり好きすぎて離れたくないとかかなって」
「好意が少しでもあれば、ガキをこんなところに連れてくるか」
レイの言葉に顔を赤くしたアロを見て溜息を吐き出す。
多少安全な場所にまで辿り着き、べったりと血の固まった服を見て思う……血を洗いたいな。




