迷いの森探索7
夜中の間は交代で見張りをする。 三等分からアロの分を少し引き受ける。
俺が見張りの際にレイが行なっていたような身体の中の魔力を動かすことで部分的に身体能力を引き上げる技能を試してみることにする。
だが、今までまともに魔法を使える魔力がなかったので自分の魔力を操作することが不得手だ。
それに元の魔力が最低限に近いので余剰にある分は少なく、下手に魔力を動かせば少なくなった部位の力が抜ける。
魔力操作を誤れば魔力不足になった部位の力が抜け落ちる。
上手くやったとしても部分的に引き上げる代わりにその分他の魔力が減るのだから、絶対的に良いわけでもない。
……まぁ、少しでも強くなれるかもしれないのであればやるしか選択肢はない。
目を閉じて身体の中にある魔力を感じ、最低限必要な量を覚える。 その分だけの魔力を残し、集中的に使いたい部位に集め、身体を動かす。
思ったよりも上手くいき、いつもよりも身体の動きが鋭くなった気がするが、それを一つするのに三分ほどの時間か掛かってしまった。
「使い物にならないな」
まぁ、練習すれば早くなるだろう。 夜の間は出来ることも少ないので練習すればいい。
しばらくやった後にアロを起こし、目を覚ました彼女が寂しそうな表情をしたのが目に入る。
夜の森は冷える。 そう言い訳をして、彼女の手を引いて脚の間に座らせ、布を被せた。
アロは何かを言うこともなく、俺に背を預けて膝を抱えるように丸まる。
草の匂いや木の匂いに混じり、少女の匂いがして、その軽さや暖かさで、どうしても昔のニムを思い出してしまう。
彼女がつまらないことで家出したとき、こうやって温めあったなを覚えている。
「……母は……優しい人でした」
「ああ」
「……父は強い人でした」
「どちらも、お前を見ていれば分かる」
少女の小さな声は風の音に流されていき、済まさなければ聞き取ることも出来ないほどだ。
思えば無理をさせている。 いや、気にしないようにしていただけか。 そんなことを考える。
プライドなどないのに謝ることが恐ろしいのは……何故だろうか。
「僕はいつも甘えん坊で、お母さんの後ろにくっついていました」
消え入りそうな言葉は、森の風のせいか嫌に冷えるように聞こえる。
「父はそんな僕を男の子みたいに強くしようとして、でも嫌がって、それで僕って自分で言うのだけ残ったんです」
彼女はぎゅっと俺の手を握る。
「強い父でした。 父がいたら大丈夫だと、本気で思っていました」
「……辛いなら言わなくてもいい」
「……楽しい話なのに、不思議です」
「過去の記憶なんて、楽しいことは楽しいほど辛く感じるし、辛かった記憶は笑い話になる」
誤魔化しでしかない言葉を言い、自嘲するように続ける。
「いつの日か、ヒモを飼っていたとかそんな風に今を笑えばいい」
少女はクスクスと笑って、もぞりと身体を動かして首をいっぱいに曲げて俺を見る。
「……あまりに寒々しくて、笑えないですよ」
「……今は寒いから、暖かくなるぐらいだろ」
「……いえ……寒いで、合っているんです」
嬉しそうに、彼女は微笑む。 俺のことを大切に思ってくれているのだろうけれど、歓迎の出来ることでもない。
「暖かいと思えるほど、幸せになってくれ」
「幸せになるつもりは……」
「巻き込んで済まなかった」
俺の謝罪に、彼女は今にも涙が決壊してしまいそうなほどに表情を歪める。
手が爪を立てるように握られる。 精一杯の抵抗のつもりなのだろう。
「……父母を忘れたのか?」
「忘れてないです。 だから……仇を討てる貴方といることは、正しくて」
「忘れた方がいい。 出来るだけ早く」
勝手なことを言っている。 その場の勢いばかりで、彼女の意思も尊重していなければ、俺の今後も考えていない。 あるいは……ニムのことさえ後回しにしているかもしれない。
「なんで、そんなこと……」
君が大切になった、などと恥知らずに言えるはずもなく。 けれど言い訳などあるはずもなく押し黙る。
「……寝る。 見張りは頼んだ」
そう言って、誤魔化すように目を閉じた。
ニムの時もそうだが、俺は存外に人の好意に弱いらしい。
あるいは、彼女のひたむきさがニムに似ているからかもしれない。
「……アロ、お前は美しい、頭もいい、魔力も優れている、体力もある方だろう」
「……だから、なんですか」
「人という枠組みの中で最も優れた存在だと思う。 人を外れた勇者などよりかは劣っているが、だからこそ……幸せになれるはずだ」
何を言っているのか。 ニムに重なるな、アロはアロで、ニムではない。
女々しい、情けない、そんな言葉が浮かんでいるけれど、重ねてしまう。
「……僕の幸せを、ベルクさんが決めないでください」
弱々しく消え入りそうな、力強い声。
威勢ばかりの弱い俺とは正反対だ。 風の音、木の葉が揺れる音を聞く。
眠れないのは、弱さのせいだ。
ポンポンと頭を撫でられ、薄く目を開けると困ったように笑ったアロの顔が見える。
「……怒って、ごめんなさい。 もう怒ってませんよ」
まるっきり子供扱いか。 ゴシゴシと彼女の頭を撫で返してそのまま抱き締める。
幼い子供に甘えるなど……間抜けもすぎる。
「……笑えよ」
「一緒に頑張りましょうね」
暗い夜森の中、少女の顔が不思議とよく見えてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レイに叩き起こされて剣を握る。
アロを持ち上げながら立ち上がり、魔物の気配に意識を傾ける。
「……近いな」
「ん、分かるの?」
「風上だからな」
眠そうにしているアロを地面に降ろす。 風速と匂いの強さから大体の距離を判別し、息を整えたところで武器を持ち変える。
「……短剣でいいの?」
「鉄剣だとまともに通らなさそうだからな」
大鉈があればその重さで潰せるが、ただの剣では叩き潰すことも切れ味で斬ることも出来ない。
それなら多少の接近は仕方ないと考えて切れ味の良いブレードウルフの短剣の方がいい。
「……もしかして、私に任せないの?」
「わざわざ戦力をバラけさせる必要もないだろ。 流石に寝るわけにもいかないしな」
何故かレイは笑みを浮かべ、慣れた様子で剣を構える。
匂いの強さが増し、それに混じって血の臭いが漂う。 これは、違う──。
木の枝が弾け飛び、認識していた魔物が黒い影に押さえつけられる。
「……梟?」
アロがそう言い、少し後ろに下がる。 異様な圧迫感、飲み込まれるような感覚。
「……中級……レベルか」
「いや……飛べるというのは……」
……どうやって逃げる。 あれは俺たちから興味を失ってくれるか? あるいは先に仕留めた魔物で満足するか?
梟の目が、アロを見据える。
プツリと、緊張の糸が切れる、あるいは頭の血管が切れる音が頭の中に響くのを聞く。
怯えが止まり、熱を感じるほどの激しい怒りが沸き起こってくる。
「──── 狩るぞ、レイ」
左手には短剣と共に札を何枚か重ねて持ち、右には剣を強く握り込み、脚を動かして地面の感覚を確かめる。
所詮は巨大な梟。 狩り殺してやればいい。




