女神さまには逆らえない!
「…………ん」
体が重い。もしや夕飯の時間を過ぎて寝過ごしたのか……。まあ休日だから良いけども。
それにしても、前日に徹夜してから学校に通う朝を迎えた、そんな気だるげな重さが瞼から離れない。
いつもより意識的に、無意識に力を込めて目を開けると、……目の前に真っ白な天井が広がっているのが分かった。
「……へぇぁ?」
あれ、俺のモルゲスたん(※幼女1)のポスターがない。ドドロド(※幼女2)たんもいない。憂鬱な俺の朝を支えてくれていた二人の擬人化ロリはいずこに!?
というか、俺の部屋の天井はこんなに高くないし、頭や背中に感じる感触はふかふかな布団や枕ではない。石かというほどに硬く、心地よいひんやり加減。ぶっちゃけ気持ちいい。
なんにせよ、このことから自分の部屋ではないことは一目で分かってしまう。
つまりイコールとして、俺が見つめているのは見知らぬ部屋の天井ということだ。証明完了。
…………いやいやいやいや。マジでここどこだよ! 私は誰……って俺だよ俺。それは分かるんだけどさ……。
部屋と言うにはあまりに広く、寝転んだまま軽く内装を確認してみても、天井までの高さ以上に壁までの距離が実に遠い。
色合い的にもアレだ、古代の神殿みたいな感じだ。
みんな真っ白いカーテンみたいな服装を着て、彫刻のモデルにされたり邪知暴虐な王に激怒するような人たちがいそうな空間。
……え、意味が分からないんですけど。
そして目が覚めてからも特に何も起こらないんですけど。
ビックリ以上に手汗が凄いんですけど。
せっかちな現代人の若者たる私にとって、受動的に事をこなすときに今のような焦らしプレイを食らうと非常にソワソワするのである。客観的にはただのビビりであるともいえるかもしれない。
あれもう一分や二分や三分のそこら経ったよね? 何かしらの変化があってもいいはずなのに!
なんてことを考えてみても、何もない。
声を大きく出してみたりしないのは、万が一の危険を考えてのことである。本当である。
いつもよりテンションが高いのはそりゃもう怖いからである。しかしビビっているとは認めたくない系男子。
……もしここが夢の世界なら、突拍子もないことが起こってくれればいいのに、それもなさそうだし、人の気配もしない。
最近ラノベ読みすぎていたせいか、どうも異世界転移とかじゃないかとワクワクさん状態の俺がいる。
もう少しすると神がパーッと出てきて、どういった選定の元に選んだのかとか、一人の人間にそんな力与えていいのかといったあらゆる疑問を無視して、ティッシュ配りの感覚でポンとチートをくれるに違いない!
『これ(チート能力)いかがですか?』かっこ金髪碧眼美女女神かっことじ。みたいな。
……いや、まあ一番有力な説としては、現在も絶賛レム睡眠状態だってことなんだが、それにしても目を始めとした体全体の重さがやけにリアルなのが気になる。
び、ビビってるわけじゃないから起き上がれないことはないんだが、……なんだ、現実の俺は金縛りとかにでもあっているのだろうか。
もしそうなら、金縛りしてくれているのが薄幸そうな白装束の黒髪ロングの美少女なら嬉しい。その子が見えなくても良い、見えなくてもその子はいるんだ。それだけでモチベーション違うから、はよ、美少女はよ。
「おーい。もう目は覚めてるよね? 進行したいんだけど」
「うっひゃっほいいいい!!」
「……え、何その返事。流石の私でもドン引くわ……」
やべぇ。突然女の人の声が聞こえて超ビビった。体の気怠さはなんのその、つい飛び上がっちゃってマジで心臓が爆発する五秒前。
脊髄反射ばりに慌てて声の方を向くとそこには、黒く艶めくボブヘアーが目鼻立ちのくっきりとした顔を覆い、その髪がかかる耳に眼鏡を乗せた、俺と同年齢くらいに見えるただの美少女が立っていた。美少女出てくるのはやすぎ。
「ごめん、今のなし! いきなりでビックリしただけだから! 俺だってちゃんと時間があれば、誰もが抱腹絶倒のリアクションを――」
「いや、いらないから。そんな失敗するのが見え見えのものなんて貰っても、ゴミ処理するのもめんどくさいの」
「おいそこの美少女! 諸々聞こえてるぞ! こんな美少女と話せてることに感動を禁じ得ないことを表現したらこうなっただけだ! 許せ!」
「気持ち悪い上に謎の上から目線……」
俺のテンションに美少女は明らかに困惑している。フッ、俺が気持ち悪いか。そうだろう、自分でもわかるほどに気持ち悪い反応をしているのだから、それを向けられている君にとってはもう形容しがたいレベルで気持ち悪いだろう。なぜこのテンションかって、結構前に告白した女の子に似てるんだもの。振られたけどね。ふふふ。
「すいません調子乗りました」
「流れるような土下座だね。百点満点をあげたいくらいの。……まあいいや、本題に入らせてもらうよ。私はこう見えて時間がないから」
改めて見ても美少女がマジ美少女過ぎて、この人が異世界における女神のような人説が我が脳内に浮かんできた。だってAPPで言えば十八あってもおかしくないんだもん。……あれ、女神ってより邪神のような気がするような?
「その前に一つ聞いておきたいんだけど、ラノベとかアニメって見たりする?」
「えっ、まあ一般のオタク並みには嗜む……嗜みますよ」
「そう。なら異世界転移・転生物が流行ってるのを知ってると思うけど、まさに今のあなたの状態がそれなの」
「……な、なんだってー!」
ついノリで驚いてしまったが、実際にはそこまでの驚きはない。寧ろ、美少女の登場と今の話が、表面的な不安と極大の期待しか俺のハートには宿ってない。
ていうか今気付いたけど、美少女の服装がまんま純白カーテンじゃないか! あの服の名前が分からないけど、白という色による清楚さとあの下に何も着てないかが気になる、そんな妄想をかきたてる良い服だよね。
俺、生まれ変わったらあの服を着た美少女に会うんだ。……あれ、まんま今だった。俺死んだのかな。
「驚くのも無理はないよねー。ちなみに私は女神さま。名前はまだない」
「な、なんだってー! ……多少は予想はついてましたけど」
「なーんだ、つまんない。それじゃ、次に何を言うか分かったりする?」
「えーっと……、何の能力が欲しいかとか、何のために俺をここに連れてきたのかとかの話し……ですか?」
俺が多少思案してからそう答えると、それを受けて女神さまは右手の人差し指を立てた。ちょっぴり微笑みながらその仕草をするのがイッツソウキュート。
「ぴんぽーん。分かってるようだからさっくりいくよ。まずあなたをここに召喚した理由は、単純明快なんだけど、魔王を倒してほしいの」
「魔王……ですか。そりゃまたファンタジーなことで」
「それでも、こっちじゃ現実にあることだからね。魔法や魔物とか、獣人とかもみんないるし」
魔王を倒す、と聞いて少し心が地球の方に揺れかけたが、魔法という単語にはやはり心躍らされる。それにさっきの口ぶりからすれば、何かしら能力も貰えるはずだ。
「凄いですね……。その魔王を倒すにあたって、いわゆる能力とか魔法の類いは貰えるんですか?」
「そりゃあもちろん。基本的にはなんでもござれだよ」
「うおお……マジか……。じゃあ希望良いですか!」
「いいよー。望むものが多すぎると幾つか制約つくけどね」
制約……制約なんぞに構ってられっか! 俺はせっかくだから主人公になることを選ぶぜ!
「ハーレムとチートが欲しいっす!」
「わ、清々しいほどに単純だね。努力なんざしたくないけど宝くじの一等だけ欲しいんだ」
「いきなり辛辣!? ……いや最初からな気がするけども!」
目を細めて俺を糾弾する美少女女神さま(仮)だったが、よく見るとその口元は少し笑っていた。
な、なんだ、嘘かよ。ビビらせんなよ。……ううん、ビビってないから。ホントだよ?
「い、いやあ生まれてこの方十九年! 自慢じゃないけどモテないし得意なことは無いし才能も無い! 現実じゃ何かと報われないもんで、異世界に来たからにはハーレムとチートを味わってみたい!」
「……ふーん。ま、いいや。それでオーケーなのね?」
「結構サラッと流された! はいそれでお願いします!」
「そうすると……魔力量を凄く高くして、基本属性の魔法は全部使えて、スキルをちょちょいと高めて、ハーレム用に君自身に魅力の魔法を掛けて……はい、終わり」
「……え、これで終わりですか? なんか風邪引いたときに受ける触診並みに早くないですか?」
「なんてったって女神だからね」
女神さまはあざとくウインクをしながら答える。異世界と美少女という要素からか、現実にやられてもイラッとしそうなポーズでも可愛く見えてしまう。
「さ、さすが女神さまだぜ! ……体には何の変化もないけどさすが女神さまだぜ!」
「はいはいありがと。能力が付いたと感じられるのはあっち行ってからだから待ってて。それよりも能力について軽く説明しとくねー」
「はい、なんなりと!」
俺はなんとなく正座へと体勢を変え、真剣な顔をして聞くぜ。視線でノミくらいなら殺せそうな、クールな目つきをして俺のターンはエンド。
「……まず前提の話をさせてもらうね。この世界は生きているの」
「お? ……おう。……おう?」
「世界自体がね、運命という名の、人間ぽっちじゃ想定できないような現象を起こすの。まあそれは、どこの世界でも大体同じだと思うけど……この世界だと、運命の一部を逸らすような干渉はまだしも、運命をまるごと変えるような干渉はダメなの」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
「あなたに関わることとして話せば、人間の上限を超えない程度のチートは制約次第で大丈夫だけど、それ以上は無理って感じかな」
「なるほど……人間が人間辞めたら何か強い力で世界が殺しにかかると。一理ある。じゃあ人間辞めない程度でお願いします」
まあ人間辞めなくても上限レベルで強ければオールオッケーだしな。メインは何と言ってもハーレムですからな! 今からドキがムネってくるぜ!
「うん。でも今言ったように、制約が付くからね。いくら人間の上限を超えなくても、たかだかあなたのミジンコ程度の能力から人間の最上くらいに押し上げるのは、かなりギリギリの無茶やってるしね」
「毒舌が偶にスパイスを効かせてくる……ッ! だが憎めないッこれが顔面偏差値の力ッ!」
「魔法、魅力、その他身体能力含めた戦闘スキル。この三つでこの世界の人間のトップクラスになるわけだから、それ相応の制約を設けないといけないの。制約の話、ここ大事よ?」
さっきまでと表情が変わらないはずなんだが、やや空気が重くなったような……。だ、誰ー? 空気に二酸化炭素加えたの誰ー? 超空気重いんですけど―?
しかし、聞いた感じ相当な制約が来そうで怖いな……。
沢山のスキルと能力をあげます! だけどおめぇ人間じゃねえから! ミジンコとして生きな!
みたいな。最近主人公が人外なのも流行っているし有り得るのか……えっいやマジで怖いんだけど、女神さまの目が、ジト目が。
……ジト目って良いよね。
「というわけで、あなたには《主人公属性》を制約として授ける……あげる。」
「えっいらない。じゃないじゃなくて。ヘルド……なんて?」
「《主人公属性》ね。ちゃんと覚えてね、言うのメンドクサイから。要するに、主人公に付き物な逆境とかピンチがあるってことかな」
「なるほど。ま、俺としてはピンチなんていらないから、ヒロインといちゃいちゃしたい気持ちがあるけど……主人公としてはみんなを颯爽と助けるのもアリですな!」
まさに主人公。例え何があろうと、気を付けていれば基本死ぬこともないだろうし、むしろ物語的に考えるならば事件は有った方が盛り上がる。みんなを助けるヒーロー! くー、今からでも滾ってくるぜ!
「それと、あなたの存在がイレギュラーになっているお陰か、あなたの大事な人が不慮の事故や争いなどで死ぬことはまずないからね。そこは安心していいよ」
「おお、太っ腹だな。それでもその言い方だと、ボス戦とか『不慮』じゃない時は危ないわけだ。つっても、チート貰った身としてはあらゆる人を助ける所存でございますよ!」
ここまで綺麗にサムズアップが決まったことがあっただろうか。心は晴れやか、顔には花のような笑みを浮かべる俺。これは決まりすぎて目の前の神々しい方に惚れられて────うん、あくびしてる。メッチャ女神さまあくびしてる。
「制約としてはそんな感じ。それ一個ね」
「あっはい」
「次に魅力……これはまあそのまんまね。注意点として、私が付与してるスキルであること。それを持続するのに魔力が必要だから、何かのはずみで魔力が切れたりすると効果が無くなるの」
「え、それってかなりヤバいんじゃ」
「大丈夫。魔術の中には相手自身の魔力を断つようなものはないし、非常用に魔力が切れないように設定しといてあげてるから。魅力が使えなくなる時は、あなたが死ぬときくらいね」
女神さまは何気なしにサラッとそんなことを言う。
能力的に聞いてる感じじゃ死ぬことはないんだろうけど……まあ魅力のスキルが切れるのが死ぬときくらいなら、生きてるうちは特に気にしなくていいってことか。
「死なないように気を付けまする」
「ん、良い心意気。魔法とスキルに関してはいちいち説明するのもめんど……アレだし、あっちに着いたら自然と感じられると思うから省きます。いいね?」
「あっはい。……基本属性の魔法を全て使えるって言ってたけど、属性はいくつあるんですか?」
「繞焔、聖泉、創界、颶嵐、煌雷……火、水、土、風、雷ね」
「前半が全く意味分からなかったけど……五つですね」
「大昔にいた、五人の伝説の魔術師達の異名を取って名が付けられたんだけど……難しいからあまり使われてないね」
「なるほど。中二心躍らせる名前を持つその五つの魔法を、俺はそれはもうものっそいレベルで扱えると」
「そうなるね。世界を滅ぼしたらダメだよ?」
「しませんって。嫁を中心としたみんなを助けるためだけに使いますよ!」
この部屋から見えない大空を指してビシッと宣言してみると、小さく笑い声が聞こえた。女神たんである。
「ふふっ。頼りないけど、一応は、応援してるからね。……さて、そろそろ時間が無くなってきたの。私も他にやることがあるから、ここらへんでお別れかな」
「女神さまも中々ブラックなんですね……」
「そうなの。自分の時間が全然無くて困っちゃう」
「じゃあ、女神さまの仕事が無くなるかは分かりませんけど……魔王倒したり、世界平和にしてくるんで、ちょっくら待っててください」
「待っててあげるよ。私を助けにくるのじゃ」
女神さまは、ありもしない口髭を摘まみながらそう言った。
たまに変なこと言うだけで、やっぱ親切でお茶目な女神さまらしい。
能力やら何やらを貰えて、二次元的な世界を旅させてもらえるだけでも十二分を超えるほどにありがたいのだ。
女神さまを天界か何かのブラック企業から助けなきゃな。
「それはもう、すぐに行きますよ」
「うん。……それじゃあっちの世界に送るね」
「はい。お願いします」
女神は俺の方へと両手をかざした。
床に紋様のようなものが浮かび上がり、俺を中心として何重かの白く光る円柱が出現する。
柔らかい何かにゆっくりと包まれていくような、そんな感触が体全体を覆い始めた。
同時に、手や足が小さな光の粒のようになって霧散していく。
「それじゃ、またいつか、女神さま!」
「わたし――――た――――」
全身が消える前に、俺は最後の言葉を女神さまに伝えた。
……いや、最後じゃないな。また会える。
女神さまも、恐らく「助けに来てね」と言ったのだろうが、上手く聞こえなかった。
旅立つ前に笑顔を見れたから、それよしとしよう。
そうして、意識が遠のいていく――――。
…
……
…
何分くらい経っただろうか。あの空間から出てから、視界的にも真っ白いぬるま湯に浸かったとでも言うような感覚がずっと続いていたが、ふと冷たい、家で炬燵から出て廊下を歩くような温度差を感じた。
そろそろ、なのか?
そう思ったとき、徐々に重力を感じ始める。
そして遠くから、ぼんやりと緑、青、様々な色彩が見え、音が聞こえ始めた。
「あ、あぁ……きゃああああああああああ!!」
地上を踏みしめた俺の鼓膜を突いたのは悲痛な叫び。
両目が真っ先に捉えたのは晴れやかな青でも、穏やかな緑でもない。
鮮やかな、赤。
「……は?」
俺の異世界生活は、胃からこみ上げる気持ち悪さと共に始まった。