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落差

なんとなく書きたかったので、特に読まなくても大丈夫です。




 体の震えが止まらない。

 熟しきった喜怒哀楽という感情を閉じ込めて、体の中でかき混ぜられているような感覚。

 嬉しいんだろう。怖いんだろう。安堵したんだろう。悲しくもあるだろう。

 全部の感情は自分から出たもののはずなのに、全部自分のものではないかのように。



 ――何かを見落としている。

 それはボンヤリと渦巻いている、確実な想い。

 ずっと抱えていたのに、ここに来るまで結局見つからなかった答え。

 蜃気楼のように、見えているようで、掴めない。たとえ掴めても触れたそばから霧散していくであろうこの想いは、自分の頭の中を虜にして離れない。



 ……。…………おっと。

 考えすぎてついついぶつかってしまった。ダメだな、昔の自分はもっと直感的に考えて行動していた気がする。

 考えずに目の前の事だけに集中しよう。終わりは、もうすぐだ。










……

…………











 自分自身の感情なんてものは、全部分かってるようで実はよく分からない。時には複雑に絡まって、結び目すら見失ってしまう。

 それに比べれば、他人の感情は分かりやすい気がする。

 疲労の色を滲ませながらも、満足感を(たた)えた笑顔。勝ち誇っているが、嫌味を感じさせない屈託のない笑顔。重責から解き放たれて、心から安心したような笑顔。



 彼女もまた、笑顔を浮かべていた。

 澱みというか、まっさらな感情でないにしろ、表面的には笑っていたんだ。

 ただ(さが)のようなものか相手を見つめ続けるのは得意ではなくて、一瞬、視線を遠く青空の方へとやった。



 その時に放たれた彼女の言葉が、自分の心を揺らした。

 あるいは心臓が止まりそうなほどに動揺したと言うべきだろうか、だって、彼女の、彼女の言った言葉の意味が分からない。

 どこまでも続く雲一つない青空が、まるで時間が止まってしまったかのように見えるほど、静寂がこの場を包んでいた。

 


 それからほどなくして、堰を切ったように怒号が飛ぶ。

 つられてそちらを見やり、また声を耳の端で捉えながらも、自分は何をするわけでもなくただ立ち尽くしていた。

 間もなく声が止み、彼女の声だけが響いてくると、次第に自分の体が光に包まれていく。

 


 輪郭を伴わない光の胞子で満たされた空間の中で、淡く暖かな視覚情報とは裏腹に、体からどんどん力が抜けていく。

 膝が、指先が、歯が、震えて止まらない。

 いつの間に石畳を見つめていたんだろう。鼻からつたった幾筋の汗が自分勝手に落ち、地面を黒く濡らしていく。 

 吐き気が胃を蹂躙しても、吐くほどのものは胃の中に無い。唾を吐き捨てたい衝動に駆られて、状況がそれを許さないものだからむりやり嚥下するほかない。



 神経回路が焼き切れてしまえばいっそどんなに楽だろうか、地獄の様に長く感じる時間が経って、体から抜けていた力が少し入るように……なってしまった。

 光が小さい渦のようになって消滅して、全てが、戻ってしまった。

 頭の理解が追いつかなくても、そうなれば、後は何か突飛なことをする勇気もなく、砂粒のような微々たる可能性を信じることしかできない俺には、顔を上げる事しかできなかった。



 耳を引き裂くような悲鳴に、憎悪の類しか感じさせない容貌が俺を睨みつける。

 その奥にいた彼女はせせら笑っている。

 舞台演劇の役者のようにころころと表情を変えながら、彼女は悪意を煽り立てる。

 心なんかとっくのとうに壊れたと思っていたけど、そこからペースト状にされたかのようにぐっちゃぐちゃだ。

 一つ幸いなのは、自分のことが遠い世界の様に感じられること。ゲームのように、薄い液晶を通して目の前の出来事が起きているように感じられることだ。

 ……俺は現実逃避をしているのだろう、ぼんやりと他人事のようにそう考えていた。



 そのせいだろうか、自分の体が宙に浮いているのに気付くのが遅れたのは。

 遅れて、腹から胸にかけて痛みと衝撃が襲ってくる。だけど出血とか骨が折れたとかそんなことはなく、いやに優しい衝撃だった。

 

 

 ――衝撃と同じくして、俺が液晶をぶち破って、戻ってきた。

 少しずつ、少しずつ、破片が体を刻んでいく。

 濁った世界が開けていき、現状が頭に叩き込まれる。

 俺は今、そこらにそびえる山なんてものよりも高いところから落ちているのだ。



 ……うん、訳が分からない。意味なんて知り得ない。

 ここまでやるならサクッと殺せばいいじゃないか。殺せよ、考える時間なんかいらないから、殺してください。

 何もかも置いてけぼりにされていて、死にたくなんかなくて、思考放棄したに等しい頭が色んな思考を巡らせる中で、それでも。

 


 ……それでも、涙が溢れ出てくるのはどうしてなんだろう。

 風を受けて地上へと沈んでいく今、独りぼっちになって、嬉しくて、怖くて、安堵していて、悲しくて。

 あらゆる感情を包み込んで出てくるこの涙は、そりゃ悲しいから出てくるのであって。

 確実に俺の感情のはずなのに、なぜか悲しいという感情が表立って全ての感情を代表しているかのように涙が止まらない。

 それがなぜなのかは分からない。思い当たる節は考えればいくらでもあってどれが原因かなんてどれでもいい。

 もう今更だ。どうしたって何を考えたって死ぬんだ。

 そう思って目を瞑る。



 意識を暗闇の底に沈めて、あと、は――――。



 ……くそ、一度気になると引っ掛かってしまう。

 どうして。なんで。なんでだろう。 

 


 望み通りじゃないのか。ただ嘲笑うためにこうしたんじゃないのか。

 乾ききった涙の跡が染みついて、彼女の心に重ねてみようとする。



 彼女はなんで、あんなに悲しそうな顔をしてたんだろう。



「――あ、ぁあぁああああああああああ!!」



 ……わかんねえ。わかん、ねえ、よ……ッ!

 なんなんだよ一体……!

 この世界は、人間は、神様は、何がしたいんだ!



 ただ死ぬためだけに連れて来られたのか、俺は……。



 地上に近づくにつれ、落下地点が広大な森林であると分かる。

 映画なんかじゃ、枝で勢いが殺されて死ななかったりすることがあるけどさ。

 ……俺の落ちそうなところだけ開けてるんだよね。木が無くて、……いや何も無い。

 


 自分が冷静なのか、諦念に囚われているのか、頭がおかしくなってるのか、どれなんだろう。

 そんな精神状態に関係なく、あと少しもすれば地面にキスをかまして、わらわらと寄ってくる森の動物達に美味しく頂かれちゃうことは決定済みだ。

 これで人生終わり、はい撤収。色んなものぶちまけて養分エンド。

 一年に満たない冒険は、…………そっか。一年も一緒にいなかったのか。何も知れなかったな。

 彼女達のこと。そりゃあ、思うところが何もないわけじゃないけど……。

 ……今考えてるからだろうか。

 もし次会えたなら、面と向かって言えるのなら、『ごめんなさい』と言いた――――。








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