その愛は言えない。
ちょっとダークな感じです。
ただ、ずっと考えていた。どこからが愛で、どこまでが愛なのか。
その愛の種類が違うだけで、こんなになってしまうなんて。
「なあ、今日俺の家で飲まないか?」
「いいよ。」
帰り道特に何をするわけでもなくふらふら二人で歩いていた。
大学で友人になった矢田は爽やかイケメンで女に結構もてるが、
付き合っても何故だか長続きがしない。
性格もすごく気が利く奴だし、頭の回転も速くて会話も上手い。
だが実際女から別れたいと言われるらしい。
不思議だな。俺みたいに平凡な男なら分かるが。
何回か遊びに来ている矢田のマンションは一人暮らしで住むには
結構お値段いってる感じがする。俺なんかアパートだからな。
とほほ。
鍵を開けて玄関に入った矢田が立ち止まる。
「あれ、兄貴の靴がある。今日来る日じゃないのに。」
お兄さん?ああ、そういえば5つ年上で結婚してて甥っ子もいるって、
暇があればお兄さんよく自分の家に来るっていってたな。
「ごめんな、三浦。兄貴突然いたりするんだよな。」
「俺じゃあ・・」
言いかけた時、俺たちのやりとりが聞こえたのか、奥からお兄さんが出て来た。
弟に劣らずにイケメンだ。
「光希おかえり、あ、お友達?
今日、日菜子と諒太が向こうの実家に泊まるからって連絡もらったもんだから、
ここに来たんだけど、タイミング悪かったかな?」
「今日は三浦と部屋で飲もうと思って誘ったんだ。」
「いえ、大丈夫です。帰りますから。」
兄弟水入らずを邪魔しちゃ悪いもんな。
俺はいつでもこいつと飲めるし。
「そうだ、良ければ俺もいるけど、飲んでかないか?俺が悪いんだし。君が良ければだけど。」
「そうしろよ、三浦、兄貴も良いって言ってんだし。」
「じゃあ、遠慮なく。」
流れでそうなってしまったが、後に後悔する事になるとは思ってなかった。
夕食はお兄さんが作ってくれていたらしく、おいしそうな和食が並べられていた。
「兄貴料理上手いもんな、日菜子さん結構プレッシャーかかるって言ってた。」
「そんな事言ってたのか日菜子、昔から両親が仕事ばかりで俺が料理してたからな。」
二人のやり取りを見ていて、やっぱり兄弟がいるといいよなっと思う。
一人っ子の俺にとっては羨ましい限りだ。
「えっと、三浦くんだっけ、確か君は光希からよくき聞くよ、面白い奴だって。俺は、光也だよ。」
「え、俺もよくお兄さんの話聞きます。優秀な兄だって。」
「恥ずかしいな、光希そんな事言ってても何もあげないからな。」
「なんだくれないのかよ。」
「はははっ」
本当にいいお兄さんだなあ、と思いながら二人の様子を見ていた。だから矢田もいい奴なんだと再認識させられる。
周りの友人も自然といい奴が集まってくる。なのになんでよくふられるのか?
たわいもない話を三人でしていたら深夜になっていた。
気づけば俺はソファーで毛布をかけられていた。寝てたんだな。親切に、帰るつもりだったのに迷惑をかけた。
周りを見渡すと2人の姿はなかった。お兄さんは帰ったのか、矢田は部屋にでも寝に行ったのかな。
まだ酔い気味の俺はトイレに行こうと起き上がった。
ふと見ると、光が差しているところがあった。矢田の部屋だ。
ドアが少し開いている。まだ、矢田が起きてるのか覗いた。
!!
その光景に驚き俺は声を必死で抑えた。酔いもいっぺんに冷める。
お兄さんがベットに寝ている矢田の口にキスをした後、
その寝顔を優しく見つめている。
まじか。兄弟で男だぞ。
俺はその場から離れようと、そっとトイレに行かずにソファーに向かおうとした。
ギシッ。
『!!』
しまった。
音出すとかありえねえ、俺。
とりあえず、気付かれませんようにと祈ったが、
「どうしたの?三浦くん?」
案の定見つかってしまった。
知らないふりを通した方がいいのか。
ドアが開いてる時点でダメだろう。
言い訳を必死で頭の中で考えていた。
「帰られてなかったんですね、あの、トイレに行こうと思って。」
「へえ、今の見てたんでしょ。逆だしそっち。」
顔が真顔で怖い。
「いえ、あの、電気がついてたから、矢田まだ起きてるのかと思って。」
「覗いたんだ。」
グウの音も言わせない勢いだ。
「・・はい。」
嘘をつけない、分からない恐ろしさがある。俺はお兄さんの顔もまともに見れない。
「まあいいや、とりあえず向こうに行かないか?光希が起きてしまうから。」
「はい。」
圧倒的な威圧感が俺を襲う。この人さっきまであんなにも柔らかい人だったのに、
こっちが本当の姿なのか。
お互い向き会う形で、座らされる。
お兄さんが俺がさっきまで寝ていたソファーに座りテーブルを挟んで俺は床で正座。
すでにどちらが権限を持っているのか分かる体制だ。
なんで俺が悪い風になってるんだ。覗いたのがいけなかったのは分かってるが。
とりあえず、何か言わないと。これ以上この雰囲気は耐えられない。
「あの・・」
「俺はねえ、光希を愛してるんだ。」
帰りますと言おうとした時、俺の言葉を遮りいきなりすごいことをさらりと言い出した。
「兄弟としてですよね。」
そうじゃないと分かっていても言わずにはいられなかった。ブラコンこじらせてるんだろ。
「君さあ、俺に言わせる訳?まあいいけど。見てたんなら分かるでしょ。
俺は両親より、妻より、息子より、弟を愛してるんだよ。」
どう答えれば正解だったんだよ。心の中で悪態をつく。
何言ってもこの人はどうせ言い返してくるんだろ。
「今まで、何人の悪い虫を掃ってきたと思う?
あいつが顔が良くて、優しいのをいい事に近づいてきた女どもを。」
「!」
そうかふられる原因はこの人のせいだったのか。
どうやってたかは知らないし知りたくもないが精神的に追い詰めたんだろうと思う。
今きっと自分がその矛先にいるのだ。何故だ。見られたからか、それともわざと見せつけたのか?
「くっ、なんでだって顔だな?」
見透かされている。とりあえず言えるとこまで言うしかない。
「み、矢田は自慢の兄貴だっていつも言ってて、俺も羨ましかった。
いつか、矢田だって結婚するし、あなたも結婚していて、子供もいる。
だから弟が幸せになって嬉しいはずだ。なんで邪魔するんですか?」
無表情の相手を前に言葉を叩きつけるが、やはり何も届かない。
「何度言わせるんだ、俺は光希をこの世で一番愛してる。結婚なんてさせない。光希の幸せは俺といる事だ。
俺は長男として世間体があるから言い寄ってくる変な女よりも大人しめで従順な日菜子を選んで結婚したんだ。」
なんて酷い男なんだ。奥さんをそんな理由で選んで、矢田に一生独身でいろと言うのか?
唇を噛む。
「血の繋がりは消えないだろ。俺だけが一生光希を愛してやるんだ。」
「狂ってる!そんな愛し方!」
俺は思わず言葉にしていた。もう我慢できない。
だか、当の本人は気にした様子もなく目をスッと細めて、上から見下ろしてくる。
「うすっぺらい正義感をだして、俺の邪魔してくるなんて無駄だぞ。
もし、お前が俺を殴ったとしたら光希はお前を許すだろうか?それともこの事を話すか?」
言ったところで信じてくれるか分からないし、この人がどうせ口出しして終わりだ。ダメだ、絶望感しかない。
俺は何一つ矢田を助けてやれない。せめてこの事を言わないのが、最善策なのだと思う。
「俺はお前が気に入らないんだよ。光希が最近お前の話ばかりして。
どんな奴かと思ってたら偶然今日会えて本当に良かった。
フツーの面白味もない男で、光希には不釣り合いだが、俺にとっては何の障害もない。
さっきだってこちらに来ると分かってたさ。足音してたからな。」
やっぱり最初からはめるつもりだったんだな。ワザと見せつけるために。
それだけで、子供じみた考えで俺を目の敵にしてたのかと思うと、俺は怒りを通り越して、呆れた。
言いたい事いえばいいだろ。すっきりしたら俺をこの場から解放してくれ。
矢田には悪いが、この兄と同じ空気を吸っていたくない。
「なんだ、何も言わなくなったな。さっきの勢いはどうした?
くくっ、いいよ、お前はこれからも光希のいい友人でいてやってくれ。
何もしなければ俺もお前を可愛がってやるよ。」
可愛がってくれなくていいよ。二度と会わないからな。
「・・帰ります。」
「深夜だけど、大丈夫?」
突然口調が変わった。もう俺が抵抗しないと分かったからだろう。
その問いかけに反応せずに荷物だけ持って扉を開けて外に出る。
寒いな。
明日、矢田と会っても普通でいよう。矢田は何も悪くない。
ブラコンだったら笑える話なのに。ただあの兄の異常な愛が恐ろしい。
ただ今日、矢田の家に行った事だけ後悔している。
END
光也とは二度と会わないといいながらも、この先三浦は巻き込まれる。という展開を想像したらかわいそうになったので、ここで終わっておきます。