第7話 初めての戦闘
「とりあえずさ、これで涙拭けよ」
俺は泣いているサラファにハンカチを差し出した。
「ありがとう。でも、よい……」
「なんでだよ。そんなに汚くないぞ」
「わしはそれに触ることが出来ないからの」
「あっ……。そうか」
「魂だけというのは不便じゃな。仮にも魔王と言われたわしが、あのような下等モンスターに手こずるとは……。情けないのぉ」
「だから、体を取り戻すんだろ?」
「そうじゃな……」
下から突き上げられるような重く大きな音が近づいてくる。きっとあの不気味なモンスターだろう。
「サラファ、盾も貸してくれ」
「おぬし、本当に、本当に戦うのか……?」
「戦うから、貸してくれって言ってんだろ?もう短剣も持っているし、心の準備も出来ている」
「盾じゃ……」
俺はサラファから盾を預かった。
「この盾って小さいな」
「確かに小さいが、その盾でも充分身を守ることが出来るぞ」
「本当か?」
「本当じゃ。しかし、おぬし本当に大丈夫なのか?」
「しつこいな。大丈夫だって」
「……」
大丈夫かなんて、俺にもわからない。モンスターと戦うなんて生まれてから一度もなかったからわかるわけがない。だけど、この戦いだけは、もう逃げない。そう思うと、足の震えは自然と止まっていた。
「アクト、あのモンスターの頭上に紫の葉があるのが見えるか?」
「今はまだ遠いから、見えないけど……。紫の葉がどうしたんだ?」
「紫の葉がモンスターの弱点じゃ」
「わかった。紫の葉を切ればいいんだな?」
「そうじゃ。察しがいいの!」
「よし! じゃあ、紫の葉を狙ってくる!」
俺は、立ち上がり音がする方向へ向かおうとする。すると、体が後ろに引っ張られた。
「サラファ? なんだよ?」
サラファが俺の背中の皮膚を掴んでいた。
「痛い、痛い、皮膚を引っ張るなよ」
「仕方ないじゃろう! 服は触ることが出来ないのじゃ!」
「本当、不便だな」
「とにかく、気をつけるのじゃぞ……。危ないときは、逃げるのじゃぞ」
「ありがとう」
心配そうな表情で、俺に声をかけてくれるサラファ。
俺はこの子を守ってみせる……。
モンスターと俺の距離は200m程離れている。俺はモンスターの後ろへ回り込んだ。短剣を片手で持ち、盾を構え、モンスターの後ろから少しずつ、少しずつ、にじり寄る。
モンスターはまだ俺の存在に気づいていない様子で、ひたすら前進している。
けど、モンスターが移動している先にはサラファがいる。サラファには近づけさせないようにしないと。
良かったことに、モンスターは移動がゆっくりだ。体がでかい割には、足と手は細くバランスが悪い。それが、移動するのが遅い原因だろうか。
このまま、ゆっくり近づこう。
モンスターとの距離が徐々に近くなる。
モンスターとの距離100m……。
モンスターとの距離50m……。まだモンスターは俺に気が付かない。
しかし、改めて見るとこのモンスターでかいな。3mはあるだろうか? 紫の葉は頭の先にある。どうやって頭の先についている紫の葉を切ろうか……。
「ぐぅぅぅぅぅぉぉぉぉ」
モンスターが奇妙な声を発しながら、動きを止めた。
なんだ……? もしかして、俺に気が付いたか?
「ぐぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。モンスターは俺の方を振り向き、光を放出させた。
「あの光は、もしかしなくても……」
またしても俺の予想は当たってしまった。モンスターは炎の塊を出現させた。
モンスターは現れた炎の塊を掴み、俺の方へ投げてきた。これまた、綺麗な曲線を描いて俺の顔めがけて飛んでくる。
しかし、しっかりと曲線を描いてくれているおかげで、その間に防御をする姿勢がとれた。俺は、体を丸め小さな盾で顔を隠し、飛んでくる炎の塊を防いだ。
炎の塊は以外に小さく、炎の塊が飛んでくる場所さえわかれば、俺の顔と同じぐらいだけの小さな盾でも簡単に防ぐことが出来た。
「サラファの言った通りだな……」
モンスターはまた、光を放出し、炎の塊を出現させ、炎の塊を投げてきた。
「またかよ!」
今度は顔の方ではなく、足の方に飛んでくる。小さな盾で足の方に飛んできた炎の塊を防いだ。
「防いだはいいが……!」
背中を曲げ、不安定な態勢を取っていた俺は、炎の塊の反動を受け、バランスを崩し尻もちをついてしまった。
「しまった……!」
やられる! そう思ったが、モンスターは3発目の炎の塊は出してこなかった。
そればかりか、モンスターは体を左右に揺らし、まるで混乱しているような素振りを見せていた。
「ぐぉっ……。ぐぉっ……。ぐぉぉぉぉ」
「なんだ……?」
俺は態勢を立て直し、モンスターの様子を見ることにした。
「……」
モンスターが謎の行動をしてから一分が経った。一分と言っても俺の体内時計での一分だが……。
モンスターは動きを止めた。
「ぐぅぅぅぅぉぉぉぉぉ」
モンスターは重く低い声を唸らせながら、光を放出し、炎の塊を出現させ、俺の顔の方に投げてくる。
「あいつ、こればっかりだな!」
顔に飛んでくる炎の塊を盾で防ぐと、2発目がすぐさま飛んできた。2発目も顔の方に飛んできた。俺は、盾で顔を隠し、2発目も防いだ。
すると、モンスターは先ほどと同じように体を左右に揺らし、フラフラしていた。
「もしかして、あいつ。炎の塊を連続で出すと、混乱するのか?」
俺はモンスターに短剣が届く距離まで近づいた。モンスターは俺の方を向かず、体を揺らしている。
今ならいけるか……?
しかし、今更ながら思うが3mも上にあるものをどうやって切ればいいんだ?
「足じゃ! まずは足を狙うんじゃあ!」
「その声は……」
聞き覚えのある声の先を見ると、サラファが木から体を半分出し俺を見ていた。
「サラファ! なんで来たんだよ!」
「その話はあとじゃ! 早く足を切るのじゃ!」
俺はサラファに言われ、短剣を強く握り、モンスターの足に剣を刺した。
モンスターの足に短剣が刺さる。俺は拍子抜けした。ごつごつした足はもっと固いものだと思っていたからだ。意外なことにモンスターの足は柔らかく、力を入れずとも短剣が勝手に奥に入っていくようだ。短剣の柄がモンスターの足に当たった。短剣がモンスターの足にずっぽりと埋まっている。俺は短剣で、モンスターの足を勢いよく引き裂いた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
足が一本になったモンスターは大声をあげ、大きな音と共に地面に崩れ落ちた。
「アクト! 今じゃ!」
モンスターの体にある大きな窪みを足場にしながら、頭の先まで登っていく。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
頭の先に到着した。剣を握る力が更に強くなる。これで、俺はこいつを倒せるんだ。
あの時、村に帰らなくて良かった。逃げなくて良かった。俺は、生まれてから今日、初めて、逃げなかった!
俺はサラファを見る。未だ心配そうな表情をしている彼女を見て、俺の頬に一筋の涙が流れた。
「あの子を守れてよかった」
そして、俺は短剣を振りかざし、モンスターの頭上にある紫の葉を切った。
「ぐぅぅぅぅぅぅ、ぉぉぉぉ、ぉぉぉぉぉ!」
モンスターは悲鳴とも捉えらる声を出し、眩い光を発して消滅した。
俺はあの子を……サラファを守ることが出来たんだ……。
俺はそこで視界がかすみ、目の前が真っ暗になった。
いつもつたない文章を読んでいただき、ありがとうございます。
明日、明後日はお休みします。すみません。