第5話 苦悩
避けなければいけないのに、避けなければ死ぬとわかっているのに、迫りくる炎に恐怖し、俺はその場から動くことが出来ずにいた。
炎の光が俺の瞳に広がる。広がり、大きくなる。俺は炎に包まれる。そう直感した。
「もう、駄目、だ……」
目を瞑り、死を覚悟した。目を瞑ると色々なことを思いだす。赤ん坊のときから、今まで俺は、ずっと、逃げ続けていた。
そういや、俺は何から、逃げ続けていたんだ?
俺は、嫌なことから逃げ続けていた?
そうだ。嫌なことから逃げ続けていたんだ。嫌なことってなんだ……?
俺は、まだ、しなければいけないことがあるんじゃないか?
俺は、もっと、上にいかなければ、成長しなければ……
俺は、俺は、俺は、
生きなければいけない!!
俺は目を開けた。炎が俺の視界いっぱいに広がっている。
広がって、広がって、広がって、消えていく。
消えていく?
「しっかりするのじゃ!」
俺の目の前にはサラファがいた。
「サラファ?」
「もう一発くるのじゃ!」
化け物は、先ほどと同じ光を放出し、炎の塊を出現させた。化け物はその炎の塊を手で掴み、俺の方に投げてきた。化け物はよほどコントロールがいいのか、炎の塊は綺麗な曲線を描きながら、俺とサラファめがけて飛んできた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!また投げてきやがった!!!」
「させぬ!」
突如、サラファの手が光に包まれた。その光はとても神秘的で、俺は目が離せなくなる。
「綺麗だな……」
サラファの手の光が炎の塊に触れると、炎の塊は跡形もなく消え去った。
さっきもこうやって俺を守ってくれていたのか……。
「アクト、おぬしは逃げるのじゃ。あやつはわしが何とかする!」
「え、だけど……」
「大丈夫じゃ」
サラファは、手に纏う神秘的な光を落ちていた木の枝と枯葉に向けた。光が木の枝と枯葉を包み込むと次の瞬間、木の枝は短剣に変わり、枯葉は小さな盾に変わった。
「な、なんだそれ!? どうなっているんだ!?」
「木の枝と枯葉にわしの魔力を与えたのじゃ」
「すっ、すげー……」
サラファは短剣に変わった木の枝と小さな盾に変わった枯葉を持ち、化け物に向かい合った。
「恐らく、あやつはわしの魔力を感じ取ると、発動するトラップじゃ」
「何のためにだよ?」
「わしが屋敷から出たときに、わしを始末するためじゃろう」
「お前、なんでそんなに狙われてんだよ!」
「うむ……。心当たりはあるが」
「あるのかよ!」
「とにかく、このモンスターはわしを狙っておる。わしの問題じゃ」
「……」
「この道をまっすぐ進めば村に帰ることが出来る。早く帰るのじゃ」
サラファは、化け物――サラファ曰くモンスターとは反対の方向を指さし、俺に言った。
「お前は、どうするんだよ?」
「わしはあやつを倒す。」
「あんな危険な奴倒せるのか?でかいし、火も出すんだぞ!」
「安心せぇ。わしには武器もある。それに、わしは魔王じゃぞ!」
サラファは短剣と小さな盾を俺に見せ、笑った。
「危険な目に合わせてしまってすまなかったの」
サラファは口元は笑っていたが、眉毛はハの字に曲げ、紅い瞳も鈍く光り、悲しそうに目を細めていた。
「さぁ、早く、村へ帰るのじゃ」
「で、でも」
「なんじゃ。さっきまで散々逃げておったくせに……」
「だ、けど」
「おぬしの帰りを待っている人がおるじゃろう?」
「しかし……」
「もっと上に行くんじゃろ? おぬしは、生きるのじゃ。」
その言葉を聞き、胸が苦しくなる。俺は、生きたい……。だけど、お前は? お前はどうなってしまうんだ?
「早く行くのじゃ!!」
サラファの言葉が俺を焦らせる。
俺は震える足を必死に動かし……俺は、走った。
モンスターとは反対の方向へ。サラファとは反対の方向へ。村へと続く道の方向へ走った。
「ちくしょう……。くそっ……。くそぉぉ……」
「アクト……。さようなら」