表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が俺にとりついた!  作者: むのた
第一章
47/50

第47話 真意

 シーナとサラファは六メートル上にいる。シーナは螺旋らせん階段の手すりに肘をつきながら俺達を見下ろしている。


「シーナ……!」

「サイ、ネイ、ヨイが倒されるなんてなァ」


顔はよく見えないが、静かに怒っているような声と口調だ。部下三人を倒されて怒っているのだろうか。そりゃあ、部下を傷つけられたら怒るか。


「「ごめんなさい……(ねん)(よい)」」

「不甲斐無いさね」

「気にするんじゃねぇよ」


 サイ、ネイ、ヨイの三人に優しく声をかけるシーナ。何だろうか、もっと冷酷な奴なのかと思っていたが、意外に仲間思いなのだろうか?


「今からそっち行くからなァ! 歯を食いしばっとけよォ!?」


 そう言うと、シーナは大きく息を吸った。


「…………!?」


 ――次の瞬間、俺は驚愕した。声を出したいが驚きで声が出ない。

 俺の視界に紅い瞳が合わさる。

 さっきまでいなかったはずのシーナが俺の目の前にいる。シーナは一瞬で六メートルもあるであろう螺旋らせん階段からこの地上に下りてきたんだ。飛び降りようとした動作もなかった。むしろ何の動きもなかったのに。

 しかし何故だろうか。気になることがある。――俺とシーナの距離がすごく近い。鼻と鼻が引っ付きそうなぐらい近い距離にいる。シーナの息が顔にかかる。

 こ、こんな近づく理由があるのだろうか……。


「こんなに近づく理由があるのか? という顔をしているなァ」


 ギクッ……。


「今、ギクッとしたなァ?」


 シーナが喋るたびに生暖かい息が俺の顔にかかるんだ。少しハスキーな声が耳を通り抜ける。女性がこんなに近くにいたらドキドキする。ドキドキするのは俺だけじゃないはずだ。し、仕方ない……。


「アタシがてめぇの近くにいる理由はなァ……」


 シーナは不穏な笑いをするが、俺の下半身を見ると驚いた表情をして笑みを崩し顔を真っ赤にした。

 何だろうか? と思ったが、次にシーナが言い放った言葉で俺の思考が停止した。


「てめぇ、何もっこりしてんだァ!?」

「……!?」


 シーナはそう叫び、右足を思いっ切り上げた。

 ……シーナに俺の大事な部分を思いっ切り蹴り上げられてしまったのだ。雷が落ちたような刺激が体中を暴れ回り体を突き抜けていった。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「きっめぇんだよォ!?」

「ちがっ……。それ、勘違い」

「アクトさん、変態ですね」

「アクト……」


 痛みでその場にうずくまってしまう。痛みで声が出ない。

 違う。もっこりなんてしていない。誤解だ。ほ、本当にしていない。もしかすると、少しだけもっこりしていたかもしれないが、完全ではない。

 だから、冷たい目で見ないでくれ。冷たい言葉を投げかけないでくれ。


「誤解なんだぁぁぁぁ」

「お、男だから仕方ないよね。生理現象だし……」


 クレンフルよ……。今はそんなフォローは求めていないんだ。

 俺、泣きたい。もうすでに涙は出ているが。


「……くそぅ……」


 未だに痛みで立てない俺を容赦なく蹴ってくるシーナ。痛さで感覚が麻痺しているのかシーナの蹴りはそんなに痛くないように感じる。


「このクソ野郎ォ!」

「もう止めるのじゃあ!」

「うわっ!? てめぇ!?」


 ――サラファの叫び声とシーナの驚いたような声。

 顔を上げると、シーナが床に伏せていた。シーナの上には縛られたままのサラファが乗っかっている。


「アクトを傷つけるんじゃあない!」


 紅い瞳と紅い瞳が睨み合いをする。


「重たいんだよ! どけよ!」

「嫌じゃ! どかぬ!」

「クソ幼女がっ!」

「暴言ドジ娘め!」

「あんだとォ!? こらァ!?」


 二人は睨み合いをしながら言い合いをしている。

 シーナはサラファに向かって勢いよく右肘を引く。


「や、止めろ!」


 シーナの右肘がサラファの顎に当たりそうになる。当たる寸前でシーナの右腕を掴む。自分でも驚くほどの反射神経だ。

 イズが静かにシーナの上に乗っているサラファを退かした。

 シーナは舌打ちをし腕を掴んでいる俺のことを睨みつける。


「てめぇ……! 触んじゃねぇよォ!」


 シーナは俺の手を振り解き、俺の顔面を殴ってきた。俺は衝撃で床に倒れてしまう。


「いってぇ……!」

「てめぇ、臭いんだよォ!」


 俺の頬に冷たいものが当たった。

 シーナが俺の頬に唾を吐きかけやがった。これで二回目だ。

 

「シーナ、サラファは返してもらいます」


 イズの方を見る。イズは縄に縛られたままのサラファを大事そうに抱き寄せている。

 シーナは舌打ちをして立ち上がる。紅い瞳と青い瞳が交差する。イズとシーナ、二人の睨み合い。


「すぐに取り返してもらうぜェ!」


 シーナはそう言うと大きく息を吸った。

 シーナが息を吸った次の瞬間、サラファの肩に手を置いているのは口端を上げたシーナ。イズはその隣で床に伏せていた。

 一瞬の出来事で何が起こったのかがよくわからない。それは俺だけでなく、イズもクレンフルもサラファも同じことを思っているだろう。三人は目を見開き驚いた表情をしている。 

 イズは床に伏せていた体を起こし、怪訝な表情をしながらシーナを見る。シーナはそんなイズの様子を見て愉快そうに笑った。


「イズ、いい様だなァ。サラファも取り返してもらったぜェ」

「……何をしたのですか?」

「イズ様、大丈夫ですか!?」

「えぇ」


 まただ。シーナは瞬間移動のように一瞬で姿を消したり、俺の目の前に来たり、イズを転ばしサラファを奪い返したり……。

 これが魔王の力なのだろうか。


「これが東の魔王シーナの魔法なのか……?」

「そうだァ。これが、アタシの魔法だ」


 口端を上げて嫌な笑いをするシーナ。


「さぁて、チュウの仇を取るかァ」

「チュウの仇……?」


 チュウとは俺達が倒した虫型のモンスターだ。シーナのペットらしい。


「チュウ達、殺しやがって……。たっぷりお返ししてやるぜェ!」

「待て待て! 虫のモンスターは死んでいない!」

「ハァ?」


 シーナが眉をひそめ首を傾げる。


「嘘ついてるんじゃねぇよォ!」

「嘘じゃない。確かに虫のモンスターは倒したが、消滅はしていなかった」

「……本当か?」

「あ、あぁ」


 シーナは未だ涙を流しているネイとヨイの方を見た。ネイとヨイはシーナに見られていることに気が付いていないのだろうか俯きプルプルと震えている。


「ネイ、ヨイ! チュウ達は死んでねぇのかァ!?」


 大声で呼ばれネイとヨイは体を大きく震わせて顔を上げた。二人の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 ……可哀想なことをしてしまったという罪悪感。


「「な、なんだ(ねん?)(よん?)」」

「だ・か・ら、チュウ達は死んでいないのかって聞いているんだァ!?」


 ネイとヨイの二人は顔を見合わせる。


「「…………」」

「どうなんだよォ?」

「「しょうめつはしていない(ねん……)(よん……)」」


 ネイとヨイのその言葉を聞いた瞬間、シーナの表情が明るくなった。目を輝かせて、自然に口角が上がっているのだろうか? 白い歯が見えていた。さっきまでのどす黒い瞳はなくなっている。

 喜んでいるのだろうか? それとも、安心をしているのだろうか? どちらにせよ、誤解が解けたみたいだ。

 やっぱり、虫型のモンスターが俺達に殺されたと勘違いしていたからあんなに激怒していたんだな。このシーナ、言葉遣いも態度も悪いけど、案外優しい人なのだろうか? もしかすると、話せばわかってくれる人なのかも知れない。


「シーナ!」

「気安く呼んでいるんじゃねぇよォ!」


 俺の腹に重い衝撃。――腹に蹴りを入れられてしまった。


「――――ぐぅ!」


 思わずよろけてしまう。そんな俺の腹にシーナの足がもう一発ぶち込もうとしている。

 やっぱり話し合いは難しいのだろうか……!?

 いや、まだだ!

 カーキ色のハーフパンツから出た生足を腹に当たる一歩手前で掴む。


「――ひっ」


 シーナは足を掴まれることを予想していなかったのか、甲高い声を飲み込むように声を上げた。

 足を掴んだところで反撃をされるのだろうとてっきり思っていたが、俺としても予想外の反応で少し驚いた。

 動揺したシーナはバランスを崩し後ろに倒れていく。足を掴んでいる俺も当然一緒になって倒れていく。


「うわっ」

「……ってぇなァ……」


 ――やばい。この状況はやばい。

 シーナを組み敷くような体勢。

 顔が一気に熱くなってくる。


「ご、ごめん。わざとじゃな……」

「てめぇ、いつまで足を掴んでいやがるんだ! さっさと離しやがれェ!」

「あっ、ごめ」


 シーナに怒鳴られ反射的に足を掴んでいた手を離す。

 シーナの顔がすぐ近くにある。体勢的には俺の方が優勢なような気がする。体勢的には。


「……っ! シーナさん!」

「あ゛?」


 呼び捨てにするとまた激怒されそうだから『さん付け』で呼ぶ。


「お願いだ! サラファを返してくれ!」

「何で、てめぇの願いを聞き入れなきゃいけねぇんだよォ」

「それは……」

「答えれねぇんだったら尚更返す理由はねぇなァ」


 俺の体を支えている手に力が入る。


「サラファを大切に思っているからだ。俺だけじゃない。イズもクレンフルも……サラファが大切なんだ」


 シーナは口端を上げて笑った。


「南の島の魔族には愛想を尽かされた挙句、戦争に参加せず屋敷の中に引きこもっていたクソ幼女がこんなに慕われているなんてなァ。時代は変わるもんだなァ」


 シーナはためいきをついた後、大きく息を吸った。


「……だがなァ。アタシにはそんなもん関係ねぇんだよォ」

「――――!」


 瞬きなんかしていないのに、ずっとシーナを見ていたのに、いつの間にかに俺の下にいたはずのシーナがいなくなっている。

 どこに行ったんだ!? また一瞬で移動したのか!?


「どこ探してんだァ? ここだぜェ?」

「「シーナ様、ありがとうだ(ねん)(よん)」」

「助かったさー」


 ネイ、ヨイ、サイの方を振り向くと、そこにはサラファを抱えたシーナがいた。


「離すのじゃー!」

「クソ幼女! 暴れんじゃねぇって言ってんだろォ!」

「サラファ!」


 一度は近くにいたサラファだったが、またサラファとの距離が離れてしまった。


「くそっ……」


 しかも、ネイ、ヨイ、サイは縄で縛っていたはずなのに縄が解けている。縛っていた縄を持っているのはシーナ。恐らく、シーナが解いたのだろう。

 ネイ、ヨイ、サイを見張っていたクレンフルが床に倒れている。クレンフル自身も何で倒れているのかわからないのか、困惑したような表情を浮かべている。

 クレンフルの元へ駆け寄り、手を差し伸べる。クレンフルは差し伸べられた俺の手を取り立ち上がる。


「ぼ、僕、何で……?」

「クレンフル大丈夫か?」

「う、うん。痛いところはないよ」

「一体、何が起こっているんだよ……」


 正体不明の魔法。俺達にはすべもないのか。


「じゃあなァ! 負け犬ども!」


 シーナはそう言うとサラファを抱えたまま、螺旋らせん階段の方へ走って行った。シーナの後をサイ、ネイ、ヨイがついて走る。

 ネイとヨイが内股で走りながら俺達に向けて下を出し『べー』としている。


「おい、ネイ、ヨイ。何でお前ら内股なんだァ?」

「ノーコメントだねん!」

「もくひけんだよん!」

「まぁ、察しろって言うやつさね」

「ハァ?」


 ネイとヨイが座っていた場所に小さな水たまりのようなものが出来ている。まぁ、ノーコメントだな。そんなことよりも、シーナ達を追いかけないといけない。


「待て! シーナ!」

「追いかけますよ!」

「うん!」

「アクト! イズ! クレンフル!」


 螺旋らせん階段の上の方で発せられたサラファの叫び声が階段に反響する。

 螺旋らせん階段を上るたび響く鉄の音。その無機質な音が俺達を余計に焦らせる。シーナ達は螺旋らせん階段の上へ向かっているようだが、その先には何があるのだろうか。とても嫌な気がしてならない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ