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魔王が俺にとりついた!  作者: むのた
第一章
45/50

第45話 凛々しく

「てめぇら、許さねぇぞォ」


 東の魔王シーナは牙のような八重歯を剥きだしにして動物が威嚇するように唸っている。

 正直、すごい怖い。

 だけど……。


「それでも、俺達は、サラファの体を取り戻すために戦う!」

「んだとォ、てめェ!」

「サラファを助けるんだ!」


 そう叫び、俺の体に巻き付いている植物のつるから逃れようと強引に体を動かすが、植物はその二倍強く俺を引っ張り拘束してくる。


「離せ!」

「にがさないねん!」

「おとなしくこうさんするよん!」

「くそっ! サラファ!」

「アクト……。すまぬ……」

「へェ……」


 シーナが口元を歪めて笑った。その笑みはとても嫌な笑みでゾクッとする。

 シーナはニヤニヤと笑いながらサラファに近づき、両サイドでまとめている内の右片方の髪を荒々しく掴んだ。


「……っ……!」

「てめぇら、くせぇなァ」

「サ、サラファに何をする気だ!」

「ハッ! 何もしねぇよ」


 嘘だ。何もしない訳がない。シーナの目は弓のように曲がっている。あれは、何かを企んでいる目だ。

 ――俺のせいだ。気絶して牢屋なんかに入れられなかったら、こんなことにはならなかったのに。俺がもっとしっかりとしていたら……。俺がもっと、もっと、強かったら――サラファを苦しませることなんてしなかったのに。


「サラファ……」

「クソ幼女には何もしねぇが、取り敢えず、サラファ以外の奴らはここで死んでもらおうか」

「サラファ……」

「クソ幼女の目の前で、一人ずつなぶり殺しとかどうだァ?」

「わ~~~~~~! シーナ様ごくあく人だねん!」

「あ~~~~~~! こわいよん! てんかの魔王様だよん!」

「ネイ、ヨイ、照れるから止めろ」


 みんな、殺す?

 そんなことさせない。今まで協力してきた仲間だ。そんなことは絶対にさせない。


「こいつ等には、苦しんで死んでもらう。それがつぐないだァ」

「止めろ!」


 俺は叫んだ。シーナは俺の叫びに顔を歪ませる。


「何だァ? 誰に向かってその口聞いてんだよォ」

「お前に決まってんだろ!」

「アタシに向かってお前だとォ!? てめぇ何様だァ!」


 シーナは俺の言葉が気に障ったのかシワを寄せて極限までに顔を歪ませ怒鳴る。魔王の怒りというのはこんなにも怖いのか。殺し屋のアジトに行ったとき以上に恐ろしい。

 怒りが収まらないのか目を見開き、次々と暴言を俺にぶつけてくる。


「このクソ野郎がァ! 今すぐ言い直せェ!」


 俺にクソ野郎と言ったのを謝れ。サラファのことをクソ幼女と言っていることも謝れ。サラファは可愛いんだ。


「ふざけるのもいい加減にしやがれェ!」


 ふざけていない。


「泣いてアタシに土下座しろォ!」


 嫌だ。


「てめぇ! さっきから口答えばっかしやがってェ!」


 ……口答え?

 俺はさっきから一言も喋っていない。東の魔王シーナの暴言を心の中で返事しながら、黙って耐えていた。

 ……心の中で返事をしながら。

 ……心の中で返事をしながら?

 イズの方を見る。イズは俺を見つめているが、無表情で感情が読み取れない。

 クレンフルの方を見る。クレンフルは必死な顔をして俺を見ている。

 サラファの方を見る。サラファは『よく言ったぞ』という何故か誇らしげな表情をしている。


「てめぇ! なに急に黙ってやがるんだよ! 言いたいこと言ったら黙んのかァ!? てめぇのその態度が一番腹が立つんだよォ!」

「あわわ……。シーナ様がすごくおこっているだねん」

「うわわ……。あの敵、シーナ様に言い返すなんて、ゆうきがあるんだよん」

「あーあ、余計なこと言うからさね」


 シーナの配下であるネイとヨイは手を繋いだまま震えて怯えているようだ。サイは薄く笑みを浮かべながら『やれやれ』といったポーズをしている。

 シーナは変わらず恐ろしい形相だ。


「……」


 ――これは、やっちまったな。 

 どうやら、俺の悪癖が出ていたようだ。

 心の声が口から出てしまうという悪癖が。


「もう許さねぞォ! てめぇが先だ! てめぇをぶっ殺してやる!」


 シーナは怒鳴りながら俺を指さす。導火線に火をつけてしまったみたいだ。それにしても短気な女性だな。


「ネイ、ヨイ! こいつの拘束を解け!」

「「りょうかいだ(ねん!)(よん!)」」


 ネイとヨイがそう言うと、俺の体に巻き付いていた植物のつるが離れていく。強く巻き付かれていたせいか腕には植物のつるの跡がくっきりと残っていた。

 サラファ、イズ、クレンフルの方を見たが三人は植物に捕えられたままだった。

 俺だけが解放された。


「な、何をする、つもりだ?」

「んなもん、決まってんだろォ」


 八重歯を剥きだしにして奥にどす黒いものを持った紅い瞳が俺を睨みつける。思わず、目を逸らし俯いてしまう。

 ――圧迫感。

 ――威圧感。

 これが魔王の迫力だろうか。

 

「…………」


 沈黙。八人もいるのに誰も喋らない。さっきまでの怒鳴り声も聞こえてこない。声の代わりに八人の様々な呼吸音が聞こえてくる。あと、それと、俺の胸のバクバク音。

 拳を強く握り、張り裂けそうな程音を鳴らしている心臓を押すように当てる。


「…………」


 今すぐにでも逃げ出したい。

 逃げ出したい。


「…………」


 だけど、俺は……。


「…………」


 俺は…………。


「…………」

「おい、クソ野郎。なに黙ってんだよォ」

「…………」

「ビビってんのかァ? だせぇなァ」

「ビビるに、決まっているじゃねぇか……」

「ハァ?」


 俯いているからシーナがどのような表情をしているかわからない。だけど、これだけはわかる。シーナは俺のことを馬鹿にしている。すぐに殺せると思っている。普通に考えるとそうだろう。俺はただの人間で相手は魔王だ。人間には使えない強力な力――魔法を持っている魔族だ。

 俺なんか瞬殺だ。


「魔王にビビらない訳ないだろ……」

「ハッ! だっせェ! ださすぎんだろ!」


 シーナは大声を上げてゲラゲラと笑う。


「確かに……俺、ダサい。格好も悪いな」

「ハッハッハッ! よくわかっているじゃねぇかァ」


 そう。俺は格好悪いし、弱い。

 だけど――


「アクトさん!」


 ――イズの声。


「わ~~~~~~! 何するねん!」

「あ~~~~~~! 止めるよん!」

「「おとなしくする(ねん!)(よん!)」」


 イズの声が聞こえた後、ネイとヨイの声が聞こえた。上を向き声の方を見ると、イズが植物のつるから逃れていた。イズは水の剣を手に持って迫りくる植物のつるを切断している。


「植物は水を吸収するんじゃなかったのか?」

「水は水でも刃物類なら大丈夫でした」

「……イズ様。お体の方が……!」

「水の剣一本だけなので、あまり魔力消費をしないので大丈夫です」


 クレンフルは植物のつるに捕えられたままだ。

 イズは植物のつるを舞うように切り刻みながらネイとヨイに向かって走っていく。無表情で酷く冷たい瞳をしたイズは真っ直ぐに前を見つめている。

 イズは格好良い。俺に出来ないことを簡単にしてしまう。イズは今の俺をどういう目で見ているのだろうか。


「アクトさん。私はあなたが逃げようとしていたなんて思っていませんよ」


 イズが無表情のまま呟くように言った。


「あなたの目、まだ死んでいないので大丈夫かと思います」

「……!」


 ポンッと背中を押されたような気がした。

 だけど、俺の後ろには誰もいない。


「……イズ」


 イズは目を細める。


「こわいねん~~~~!」

「こないでだよん~~~~!」

「イズさん、えげつないさー」


 イズに怖気づいてしまったのかネイとヨイの手が離れた。


「し、しまったねん!」

「つ、つい……はなしちゃったよん」

「水龍がいなくても怖いさね」

「当たり前です」


 イズはネイとヨイに容赦なく切りかかったが、サイがネイとヨイの手を引いて避けた。間一髪避けたネイとヨイは悲鳴を上げていた。


「イズ様、すごいね」

「……クレンフル!」


 ネイとヨイの手が離れたおかげで植物魔法が解かれて、植物のつるに巻き付かれていたクレンフルも自由に動けるようになった。

 ――よし。俺達の優勢だ。


「何だァ。面白くなってきたじゃねぇかァ」

「シーナよ。機嫌が直ったのじゃな」

「ハァ? アタシはいつも上機嫌だぜェ」

「嘘をつくのでない」

「うっせぇんだよ! クソ幼女!」

「すぐ怒るのじゃ」

「アタシ達は高みの見物でもしようじゃねぇかァ」

「いい趣味をしているのぉ……!」

「サラファ。暴れたって無駄だぜ。逃がさねぇよォ」


 ――くそっ! いつの間にかにサラファとシーナが螺旋らせん階段を上っている。螺旋らせん階段まで行くには、ネイ、ヨイ、サイを通り越さないといけない。


「アクトさん、私はサイの相手をします」

「僕は、あの女の子達を止めるよ」

「アクトさんは、サラファの元へお願いします」

「……イズ、クレンフル……」


 二人は凛々しくて頼りがいのある表情をしている。

 俺達三人は目を合わせて頷く。


「わかった」


 ――ありがとう。


「行かさないさね」

「お兄ちゃんの言うとおりだねん!」

「怖いけど、がんばるよん!」


 サイが誰一人も通さないといった雰囲気で螺旋らせん階段の前に立ち、螺旋らせん階段を上がるのを阻止しようとしている。その右隣でネイとヨイが立っている。


「ヨイ、かくごを決めるねん!」

「お姉ちゃん、わかっているよん!」

「「力を合わせて、敵をたおす(ねん!)(よん!)」」


 ネイとヨイは手を繋ごうとする。

 ――その瞬間、ネイとヨイが立っているちょうど間に先端が尖った水のかたまりが飛んでいく。ネイとヨイは小さく悲鳴を上げて繋ごうとしていた手を引っ込めた。


「な、なんだねん!?」

「けがしそうだったよん!?」

「……当たらなくて良かったよ」


 杖を持ち光を放っているクレンフルがそう言った。

 クレンフルの黒いローブの中から水が出ている。黒いローブから出ている水はイズの魔法同様、宙に浮いている。


「僕はイズ様みたいに空間から水を作り出すことは出来ないから、いつもローブの中に水を入れているんだ」

「そう、だったのか」


 クレンフルは水のかたまりをネイとヨイに向かって飛ばしながら、ネイとヨイに近づいていく。ネイとヨイは身動きが取れない様子で震えながら立ち尽くしていた。

 クレンフルはわざと外しているのか、水のかたまりはネイとヨイには当たっていないようだ。


「う~~~~~~! お兄ちゃん助けてだねん!」

「あ~~~~~~! 怖いよぉ、怖いよん……」

「泣くんじゃないさー」


 ネイとヨイは泣き出した。それでも水のかたまりは撃ちっぱなしだ。クレンフル、意外に容赦ないな。

 サイがネイとヨイに気を取られている間に螺旋らせん階段を上ろう。螺旋らせん階段に向かって全速力で走る。サイに邪魔をされても無理やり押しのけて螺旋らせん階段を上るイメージを持ちながら走る。


「だから、行かせないって言ったさね」


 鈍く光る緑色と青色。真正面にいるサイの両眼が俺を捉えている。シーナの眼光と似たようなそれは恐怖を感じる。むしろ恐怖しか感じない。

 やはり正面突破は難しかったか……! その思考が思わず俺の動きを止めてしまう。


「サイ、あなたの相手は私です」


 俺の視界の端から水の剣を持ったイズが突如現れる。両手で水の剣を持つイズはサイの左側から攻撃を仕掛ける。サイの体を半分にするような勢いで下側から上側へ水の剣を切り上げて、横から胴体を二分するように振るう。サイはその攻撃を軽やかに避けている。


「イズさん、ボクを殺す気さー?」

「それは、あなた次第ですね」

「相変わらず、おっかねーさね」


 無表情でサイに攻撃を仕掛け続けるイズ。

 言動とは裏腹にサイは薄く笑みを浮かべている。その笑みがまた何とも不気味だ。






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