第4話 帰途
太陽が沈み、辺りが暗くなり始めた。夜になる前に帰らないといけないな。というより、俺は無事に家に帰ることが出来るのか?帰り道もわからないし、自分のことを魔王と呼ぶおばけが俺にとりついているし。この先不安ばかりだ。
「帰り道はわしがわかるぞ」
「え? そうなのか?」
「うむ! 任せておくのじゃ」
正直、着いて行ってもいいのか不安になるが、逃げても追いかけてくるだろうし、俺一人では家に帰ることも出来ないので、着いて行くことにした。
「わしの名はサラファ・コフィルココッコじゃ。これから、よろしく頼むぞ」
「サラファ・コフィルコッコ?コが多いな」
「ふふ……。コフィルココッコじゃ。サラファと呼んでくれたらよい」
「あぁ、わかった」
サラファは少し笑っていた。
「俺の名前は……」
「知っておるぞ。おぬしの名はアクト・オロトルスじゃろ」
「な、なんで知っているんだよ」
「おぬしが生まれたときから、おぬしの魔力を感じ取っておったからの。おぬしのことは大体わかるぞ。歳は19歳。身長は173cm。血液型はO型。やりたいことが見つからず、学校を卒業してからも一年をダラダラと過ごし、今は母親の畑仕事を手伝っておるのじゃろ」
「うわっ! なんでそんなことまで知ってるんだよ! べ、別に一年ダラダラ過ごしていたわけじゃない。自分の可能性を見つけるためにじっくり考えていたんだ」
「ふぅむ。物は言いようじゃな」
「うるさいな!」
「大体、魔力を感じ取るってなんだよ。」
「おぬしにも魔力が宿っているということじゃ。わしは魔王じゃからな。どんな微弱な魔力でも感じ取ることが出来るのじゃ」
どういうことだ? 俺は普通の人間のはずだ。もちろん、俺の母ちゃんもごくごく普通の一般人だ。しかし、サラファは俺に魔力があると言った。もしかして、俺は普通の人間ではないのか?
「おぬしは、本当に考えていることが口に出るのぉ。その癖も気を付けないと、危なっかしい事態に巻き込まれかねんぞ」
サラファは腕を組み、また俺に説教をしてくる。しかし、外見が10歳ぐらいの可愛らしい少女に説教をされるというのは中々味わえるものじゃないよな。
「これは、子どもの時からの癖で、中々治らないんだよ」
「ふぅむ。困ったもんじゃの。それより、言っておくが、おぬしは普通の人間じゃぞ」
「やっぱり、そうか……。俺は普通の人間だよなぁ」
「なんじゃ? ガッカリしておるのか? 変な奴じゃの」
「いや~なんて言うかさ、普通じゃない俺って格好いいなと思っただけだ」
「わしが言うのもなんじゃが、普通が一番だと思うぞ。特別な力を持つものは、それだけで恐れられ、悪者にされる。不運なことが多いのじゃ。」
「そうなのか?」
「そうじゃ」
「そういや、さっき俺にも魔力があるって言ったよな? なんで俺は普通の人間なのに魔力があるんだ?」
「魔力というのは、簡単に言うと、生命エネルギーのようなもので、どんな生き物にも宿っておるものなのじゃ。ただ、個人差があっての。魔力の量が多い者もいるし、少ない者もおる。おぬしは人間にしては多い方じゃな」
「なんでわかるんだ?」
「わしは魔王じゃからの! それに、魔力が少ない者は、人の魂を見ることは出来ん。それどころか、気配を感じ取ることすら出来んじゃろうな。しかし、おぬしは体を奪われ魂だけとなったわしの姿が見えておる。それは、おぬしのなかに宿る魔力が多いということじゃ。」
「ということは、やっぱり俺は特別な人間なんだな!」
「特別か……どうじゃろうなぁ」
不思議だな。あんなに怖い思いをしたのに、普通に話をすることが出来ている。本当にこいつは一体何者なんだろう。
俺は何か固いものを踏んだのか、小枝が割れるような音が聞こえた。
「なにか踏んだか?」
足の先を見ると、そこには俺が道に迷ったときにあった、見たことのない木の実が落ちていた。
「もしかして、ここは屋敷に飛ばされる前に通った道?」
辺りが暗いから見えずらいが、来た道を戻ってきていたようだ。このままサラファに着いて行けば、村に帰れるような気がしてきた。希望が見えてきたな。
「サラファ。ここの道はでこぼこしているから、転ばないように気をつけるんだぞ」
「心配はいらん。わしは、浮いているからそのようなことはないのじゃ。それにわしは魂じゃから、魔力が弱い物には当たらんぞ」
「あぁ。そうだったな」
「しかし、あれじゃ。わしは100年間ずっと一人だったから、そのように声をかけてくれる者はいなかった。だから、そのように心配をしてくれることは嬉しく思うのじゃ」
な、なんだよ。口うるさい奴だと思っていたけど、可愛いところもあるじゃないか。
「!!」
次の瞬間、気が付くと、俺は転んでいた。しかし、でこぼこした道に足を取られ、転んだわけじゃない。サラファが俺を押したんだ。サラファに押された俺はバランスを崩し、転んでしまったんだ。
「何するんだよ! 情緒不安定かよ!」
「アクト。今すぐ立つのじゃ」
なに言ってんだよ。お前が俺を転ばしたんだろ。
俺はサラファをじろっと睨めつけるが、サラファは俺を視界には入れずに、一点を凝視していた。俺はサラファの目線の先を見る。そこには俺の身長の2倍以上はある『なにか』がいた。
俺は目をこすり、サラファと同じようにそいつをじっと見つめた。
「な、なんだあれ?」
巨大な『なにか』は、眩しく光った。その光はなんと、炎だった。
炎の明かりで辺りが照らされたおかげで、俺は『なにか』の正体を見ることが出来た。
『なにか』はさっき俺が踏んでしまった『見たことのない木の実』だった。俺が踏んだときは普通に道端にある普通の大きさの木の実だったが、今俺の目の前にいる木の実は俺ぐらいなら簡単に潰せるであろう巨大な木の実になっていた。
その木の実は全体的に丸く、赤茶色で頭の先に紫の葉がついている。体、と言っていいのか? 体の表面は月のクレーターのようにところどころに大きな窪みがあり、顔のようになっている。一言で言えば不気味だ。それに、手足のように突起した部分が地面に突き刺さり、木の実なのにまるで立っているようだ。化け物は手によく似た突起で炎を掴んだ。
「というより、実際に、立っているよな」
「アクト、いつまで座っておる! 早く立つのじゃ!」
サラファに大きな声で叱られて、俺は我に返った。
「そ、そうだな。悪い……」
俺は震える足を抑えながら、転ばないようにゆっくりと立った。サラファが俺を押したのは、この化け物から守るためだったのか。俺はこれからどうしたらいいんだ……。どう生き延びればいいんだ……。
「アクト、あやつ炎を投げてくるぞ! 避けろ!」
「よ、避けろったって、どうやって……」
「右でも左でもいい! どちらかに避けるんじゃ!」
炎の塊が俺に近づいてくる。駄目だ。このままでは、炎に焼かれて死んでしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」