第31話 弟子申し込み希望
サラファとイズの話を聞いて少し物思いにふけっていると、視界の片隅でゴソゴソと動く青い物が見えた。しばらくすると、飛び立つような小さな羽の音が聞こえ、青い毛布と共にクレンフルが起き上がってきた。
「わぁぁぁぁ!」
「クレンフル、起きたか?」
「僕はまた気絶しちゃったの!?」
「あぁ、そうだな」
「わぁぁ、ごめんなさい。何度も何度も失礼ですよね……ってうわぁぁぁ!」
「どうした? また気絶するのか」
クレンフルは涙目になりながら俺とイズを交互に見てきた。イズがかけた毛布を握りしめて口を大きく開けている。
「……?」
「そんなに大きく口を開けて涎を垂らさないでくださいね」
イズにそう言われると、クレンフルはすぐに口を閉じた。俺も開いた口を思わず閉じてしまった。
「んん、んんんんんん……んん」
「喋るときは口を開けろよ」
クレンフルは閉じたまま喋ろうとし、何を喋っているのかわからない。クレンフルは大きく口を開けて深呼吸をした。
「これは、イズ様がかけてくださったんですか!?」
「勘違いしないでください。毛布が余っていたのでかけただけです」
「うわぁぁ! ありがとうございます! 感激です!」
クレンフルは感動でなのか、活きのいい魚が陸に上がったように激しく動いている。
船の上で出会った頃とは別人のようだ。
「イズ様! 僕はずっとイズ様を探していたんです!」
「私をですか?」
「東の島から出て色々な島に渡り、イズ様を探していました。しかし、まさかイズ様がこの東の島のワスレナ村にいるだなんて思いもしませんでした! これが灯台下暗しということですね!」
「そうですか」
「単刀直入に申し上げます! 『水龍使いの魔女』と称えられたあなた様の弟子にしてください!」
すい、りゅう、使い? 何だそれ?
「というより、弟子!?」
「ふぅむ……。イズはそんなにすごい者だったのじゃな」
サラファは顎に手を当て興味深そうにイズとクレンフルを見ていた。
「何故、私のことを知っているのですか?」
「本で見たんです! 僕が子どものときに読んだ古い本にイズ様のことが書かれていました。イズ様は水で龍を作りこの東の島を守ったんですよね! 僕はその本を読んでイズ様を知ったときから、あなたに憧れていたんです!」
「何のことでしょう? 私の記憶にはありませんが」
東の島を守ったとは、どういうことなんだろうか。戦争から守ったのか? それとも別の何かから……?
イズは終始無表情で感情が読み取れない。
「僕は子どものときから水魔法を使うことが出来ました。せっかく生まれ持った特別な力――僕もイズ様みたいに何かを守れるようになりたいんです! 強くなりたいんです! だから、水魔法を僕に教えてください!」
イズは氷の鉄仮面のような表情を崩し眉を潜めた。小さく息を吐き、腕を組む。その少しの間が俺の心を冷やしていく。変な空気になりつつあるこの部屋から逃げ出したい気分だ。
「何かを、守れるですか……」
「はい!」
「この力を持っていても私は何も守れませんでした」
「え……」
「いえ、力を持っているからこそ、守れなかった」
イズの凍ったような青い瞳がクレンフルを刺した。クレンフルは目を丸くしてイズの方を見ている。毛布を握っている手は微かに震えていた。
「強さだけでは、何も守れませんよ」
誰も言葉を発さない時間がしばらく続く。言葉の代わりにカモウィザードの羽音が部屋中に響く。
イズは相変わらずの無表情でいるが、青い瞳だけが何かを訴えかけるように鋭くとても怖い。クレンフルはそんなイズに圧倒され、蛇に睨まれた蛙みたいな状態だ。サラファは心配そうな表情をして口を閉じている。
この何とも言えない冷たく気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのは――
「だけど、強くならなければ、守りたいものも守れない。弱いままじゃ、助けられない」
俺だった。
「アクト……?」
それはイズに言った言葉ではなく、自分自身を戒めるために放ったような言葉だ。そう感じた。
一回目にモンスターを倒した以来、俺は、モンスターを倒していない。二回目に遭遇したモンスターに殺されかけたときから、モンスターと戦うのが怖くなっている。それは、この言葉を言った今も変わらない。次にモンスターと戦うときが来るとしたら、俺は逃げずに戦うことが出来るのだろうか……と思う。サラファを守りたい。サラファを見捨てて逃げることは絶対にしない。そう誓ったはずなんだ……。
「俺は、今度モンスターに遭遇したときに自分の力でモンスターを倒せるように――強くなりたいんだ」
「一体、何の話をしているのですか?」
イズが間髪入れずに返事をしてきた。確かに今までの話の流れからいきなり言うのは不自然だったか。
何か、恥ずかしくなってきた。体が一気に熱くなる。
「ですが、アクトさんの言い分も理解は出来ます」
「はぁ?」
「私も大人げなかったです」
イズは、口元に薄く笑みを浮かべた。
よくわからないが、冷たい空気が解消されていく。
「クレンフルさんと言いましたか?」
「は、はい! 僕はクレンフルです!」
「あなたを弟子にします」
「え、え……え、え……ほんと、ですか?」
「嘘だと思いますか?」
「い、いいえ! とととんでもありません!」
クレンフルは目を見開いて驚いている。
「ですが、条件があります」
「は、ははははい!」
「魔法を使って何の罪のない人間を攻撃するようなことはしないでください」
「も、もちもちろんです!」
「人目のあるところで極力魔法は使用しないこと」
「わ、わかりました!」
「あとは……まぁ、今のところはその二つですね」
「はい!」
「それと、今は試用期間ですので。悪い所があればすぐに切ります」
「は、はい……」
「あと、クレンフルさん。弟子にするにあたって私はあなたのことを知らなければなりません。なので、自己紹介をしてください」
「名前はクレンフル・ワトールです! 歳はアクトくんと同じの19歳です! 出身地は、東の島の、ロサブランダ村で、す……」
クレンフルは風呂に長く入りすぎてのぼせたように顔が真っ赤になり、フラフラと揺れていた。目の焦点が定まっていないように思える。
もしかしてこれは――
「またクレンフルが倒れたのじゃ!」
「よく倒れますね」
「やっぱりか!?」
クレンフルは後ろに大きく倒れ、頭を強く打ったような音が聞こえた。そのまま起き上がって来ず、目を開けたまま床に寝転がっていた。
部屋を飛び回っていたカモウィザードがクレンフルの肩に着地をして、首を傾げていたのが愛らしかった。




