第16話 証明された現実
「ピピピ……ピピピ……」
明るい陽射しが俺の顔にかかったと同時に目覚まし時計の音が鳴った。
「俺は……」
「ピピピ……ピピピ……ピピピ……」
「俺は……」
「ピピピ……ピピピ……ピピピ……」
目覚まし時計は鳴り続ける。俺は止める元気もなくただベッドの上で寝転んでいる。
「ピピピ……ピピピ……ピピピ……」
「……」
「ピピピ……ピピピ……ピピピ……」
「……」
「ピピピ……ピピピ……ピピピ……」
俺の部屋の扉が大きく開いた。
「うるさいんだけど!!」
扉を開けたのはアリーシャだった。どうやら今度は扉を壊さなかったみたいだ。
「お兄ちゃん! 目覚まし時計が鳴っているよ! 起きなくちゃ!」
「あぁ……そうだな……」
「ピピピ……ピ」
鳴り続けていた目覚まし時計はアリーシャが止めてくれた。アリーシャは俺の力の入っていない手を握り、俺の上体を起こしてくれた。
「アリーシャ……。ありがとう」
「お兄ちゃん、独り言すごかったよ! どんな悪夢を見ていたの!?」
「すごい悪夢だった……」
俺はベッドから起き上がり、アリーシャと一緒にリビングへ向かった。リビングの机の上には俺一人分の朝食が用意されてあった。
昨日となんら変わらない朝だ。一つ違うことは、俺の周りにふよふよと浮かんでいる少女がいないということだ。
サラファは一体どこへ行ってしまったのだろうか。どうして急に行ってしまったのだろうか。
「ごちそうさま……」
朝食を食べ終えて、母ちゃんが食器を洗っている台所へ持っていく。そういえばアリーシャの姿がない。アリーシャは俺を起こしたあと学校へ行ったみたいだ。
「あんた、そんな思いつめた顔をしてどうしたんだい?」
「別に……。そんな顔しているか?」
「顔色も悪いし……」
母ちゃんは俺を心配そうに声をかけてくれた。
俺は、母ちゃんの言葉に返事をせずに、自分の部屋に戻った。部屋の扉を閉めて、ベッドに寝転んで目を瞑った。
「……」
俺はサラファのことを思いだす。初めて出会ったときは正体がわからず怖かった。得体のしれない力ばかり使い、俺はそのたびに驚き、震えあがった。
モンスターが襲ってきたとき、サラファは俺を守ってくれた。一度は逃げた俺だけど、このままではいけないと思って、サラファを助けに行ったんだ。モンスターとの戦いでサラファは綺麗で白い肌にあちこちに傷をつけていて、俺は放って逃げてしまったことを後悔したんだ。サラファを守りたい、生き延びたい、その思いでがむしゃらにモンスターと戦ったんだ。俺がモンスターを倒した後、薄れゆく意識の中で俺は見ていた。サラファが俺を抱きしめて泣いていたのを。泣いて、強く俺を抱きしめて「生きてくれてありがとう」と何度も何度も何度も言っていたことを。そのときに俺は、この子をこの先なにがあっても守ると決めたんだ。
サラファは俺が妹の部屋を見たり、学校へ行ったりするのを呆れた様子で見ていたが、本当は俺は知っていた。サラファがとても優しい目で俺を見ていたことを。
「サラファだって俺を見守ってくれていた」
けれど、サラファはもういない。俺の世界にはもういない。
「……」
本当にあの少女はこの世界にいたのか?
「いたに決まっているだろ……」
本当は少女なんていなかったんじゃないか?
「うるさい……」
あの出来事だって、本当にあったのか?
俺の心の中の声が煩くそう呟く。
「うるさい……」
本当は全部夢だったんじゃないか?
「夢のはずがないだろ……」
何で、そう言い切れる?
あの少女がいた証拠なんてなにもないじゃないか
「黙れ……!」
目を開けるとそこには誰もいなくて、聞こえるのは息を荒くした俺の声だけ。
「なんでだよ……なんで」
涙が頬に伝う。涙なんか出なくてもいいのに、出て欲しくないのに、俺の思いとは反対に大量に溢れ出てくる。
「くそっ……くそっ……!」
ゴトッ!!
空気も読まずに何かが落ちたような音が聞こえた。顔を右に動かし、音がした方向を見た。俺のクローゼットの前で何か、黒い物が落ちている。
「あれって……」
俺はベッドから起き上がり、黒い物の側へ行った。黒い物を持ち上げ、手で触ると黒い炭のようなものがパラパラと落ちた。
「これは、盾……?」
俺はクローゼットの上を見てみた。そこには無数に細かい傷がついた短剣が置いてあった。俺は短剣を手に取った。
そういえば、家に帰ったとき俺はどこにも片づけていなかったな。そのまま部屋に置きっぱなしだったか?だったら、きっとこれはサラファが片づけてくれたのだろう。
「……」
短剣と盾。これは、俺が命をかけてモンスターと戦ったという証。
迷いかけていた思いは完全に吹っ切れた。
少女は、あのふよふよと浮かんでいる少女は――
「サラファは俺の側にいたんだ。あれは夢なんかじゃない!」
俺は短剣をズボンのベルトにさして、盾は背中にくくりつけて、ドタドタと家の階段を降りて、家の外へ出た。畑には畑を耕している母ちゃんがいた。
「母ちゃん、今日もちょっと出かける」
「どこに行くんだい?」
「ちょっと、用事!!」
「えぇ!?」
母ちゃんにそう告げて、俺は走って畑を通り抜けた。
「サラファ……俺はお前を探すからな!」
だが、探すといってもつい4日前に出会った少女が行きそうなところなんてわかるわけがない。でも、探さないと、一生会えないような気がした……。
取り敢えず、俺はサラファと初めて出会った場所…廃墟のような屋敷に行くことにした。
俺は、凸凹した道を気をつけながら走った。もう三時間ぐらいは走っているだろうか。一向に屋敷は見えてこない。それもそうだ。あの屋敷に行ったのだって、サラファが俺を呼んだから行けたんだ。行き方なんてわかるはずがない。
「それでも、探さないと」
奥に進むにつれて段々と道が険しくなってきた。草はボーボーで、木は所狭しと生えている。俺は腰ぐらいまで生えている草を掻き分けながら進んだ。
「どこにいるんだ、サラファ……」
(もうすぐ……ち……くに……いる……)
「痛っ……!」
まただ。また、頭の中で誰かが喋る。頭が痛い……。こんなときに邪魔をするな……
(ちか……いる……)
なんだ……? 何が言いたいんだよ……?
(ちかく……いる……)
近く……いる……? そう言っているのか? なにがだよ……?
(サラファ……ちかくにいる……)
「サラファが……? いるのか……?」
(もっと……おく……に……すすむ……だ)
「もっと、奥だって?」
俺の頭の中で喋る声は、ノイズのように、ブツッ……ブツッ……と切れたような音が入り聞こえづらいが、サラファのことを言っているようだ。
どうして、こんな声が聞こえるのか、わからないが、今は取り敢えず、もっと奥に進んでみよう。
(……すぐ……)
「なんだって?」
俺は草を掻き分けて進む。
(……いる……)
「なにが?」
草を掻き分けて進む。
(すぐ……そこに……いる……)
「!」
思わず、草を掻き分ける手が止まった。
(……サラファ……)
「サラファ!!」
俺は、勢いよく草を掻き分け、走った。走った。走った。
すると、俺の目の前に掻き分ける草が無くなった。それどころか、俺の足元には、草すら生えていない。
「……」
俺は荒げる息を整える余裕もなく、ただ前を向いた。
そこには、金色の髪を上の方で二つにまとめ、白いドレスを着た少女がふよふよと浮かんでいた。
「見つけたぞ……サラファ……」




