第1話 始まりの逃亡
晴れ渡った空の下、今日も村人の大半が汗を流しながら一所懸命に畑仕事をしている。
王都からは離れ、とても都会とは言えない小さな村で俺は暮らしている。
「俺はこんなところでくすぶっている男ではない。俺はもっと上にいけるはずだ!」
俺は空に拳を上げ、叫んだ。すると、頭に固いものがすこーんと当たった。俺は物が投げられた先をじろっ見た。
「痛っ!なんだよ……。バケツ投げるなよ」
視線の先には、手を組み仁王立ちをした太った女性…もとい俺の母ちゃんがいた。
「あんた!なにを意味の分からんことを言ってんの!早く畑仕事手伝いな!」
俺はしぶしぶ頭に痛みを与えたバケツを持ち、口うるさい母ちゃんの畑仕事を手伝う。それが俺の一日で毎日行われる日課のようなもの。毎日毎日、同じことの繰り返しでつまらない日々を暮らしている。
やるせない思いを俺は叫ぶ。
「俺はもっと上に行くんだー!」
すると、大きな音と共にまた俺の頭に痛みがやってくる。
「母ちゃんめ、またバケツ投げやがって」
畑仕事なんて面倒なことはもう嫌だ。
そう思い、畑とは逆の方向に俺は走った。このことに母ちゃんは気づいたようだったが、もう諦めたというか、呆れたという目をして俺を見ているだけだった。母ちゃん、そんな目をしていられるのは今のうちだ。今は畑仕事から逃げているだけだと思っているかもしれないが、これはただ逃げているのではないのだ。
「これは、俺が成功をする未来へと行くのに大切な逃げだ!」
「なにがだい。ただ、畑仕事をするのが嫌なだけだろ」
母ちゃんがため息をしながら何かを呟いたが、俺には聞こえないな。何故なら、俺は耳障りな事を聞こえなくする能力『ノイズキャンセラー』があるからな!
「嫌なことに耳を塞いでいるだけだろう!」
さっきからやけに母ちゃんが反応してくるな。もしかして心の声が声に出ていたか…。しまったな。
でもまあいい。母ちゃんの声が遠ざかっていく。母ちゃんが追ってきていないということだ。
あれから一時間ぐらい走ったような気がする。俺が成功をするのを邪魔をしていた畑はもう見えなくなっていた。
「ずいぶん遠くまできたな…村の近くにこんな場所あったか?」
木々が生い茂り、何の整備もされていない道に見たことのない木の実が落ちていた。さっきまでの晴れやかな空とは打って変わり空には黒い雲が広がっていた。
「なんか寒気がする。昼のはずなのに暗いし…。怖いし帰るか」
そのとき、俺はとても大切なことに気が付いた。
「村ってどうやって帰るんだっけ?」
一時間何も考えずに走っていたためか、いつの間にかに俺は道に迷っていたらしい。
「仕方ない…」
どうすることも出来ないので、取りあえず来た道を戻ってみることにする。でこぼこした道で木の枝や枯葉もたくさん落ちていて、とても歩きにくい。俺はこんな道を走って来たんだなと自分に感心した。
「こっちにくるのじゃ」
「!?」
突如、女の子のような高い声がふぅと耳を通り抜けたような感覚に襲われ、俺は反射的に辺りを見るがそこには誰もいなかった。
「おばけ!?」
「おばけではないからこっちにくるのじゃ」
また声が聞こえた。さっきと同じ声だが、さっきよりもはっきりと聞こえた。というより、おばけは俺の言葉に反応したぞ。おばけは俺を見ているのか…?そう考えるとすごく怖くなってきた。やばい。怖い。
「怖くないからこっちにくるのじゃ」
おばけがまた反応してきたぞ。しかも俺の心の声を聞いているのか?だとしたらなんてハイスペックなおばけなんだ。ハイスペックにはハイスペックだ。俺の能力『ノイズキャンセラー』を使うときが来たようだな。
「おぬしの心の声が口から出ておるぞ」
俺は能力を確かに使おうとしたが、怖すぎて使えなかった。なんて強いおばけだ。しかしなんてことだ。俺の悪癖がまた出てしまった。考えていることが口に出てしまうという俺の癖。
「いいからこっちへくるのじゃ!」
突如、突風が俺の体を空へと押し上げた。足が地上から離れ、風によって体がどんどん空へ上がっていく。恐怖と寒さで体が震えた。俺はギュっと目を閉じた。