反省中の鍛冶屋イル・ザイン、悩む
カミィユと暮らすことになったっぽいイルのある日の話。
――トンチンカン通り――
鍛冶屋や道具屋、変わったところでは本屋や仕立て屋など『モノづくり』に関わる店が並ぶ通りにある1つの店。『鍛冶屋ザイン』の若き主、イル・ザインは最近精力的に仕事をしている。1つは病気の弟のため。もう1つは、滞在している冒険者、カミィユ・ナーザのためだ。
弟のカルは身体が少し弱く、今回は風邪を拗らせた上変わった病も併発しており、医者から『特効薬には銀貨200枚は必要』と言われたのだ。丁度色々あってお金がなかったイルは、幼馴染の冒険者から頼まれて知人の『再生能力者』カミィユの情報を売り、彼女を熊の贄にしてしまった。
その本人は持ち前の能力で復活後、蘇生能力を持つ神官を連れた状態でお礼参りを慣行し、銀貨をふんだくってきた。自分も制裁を加えられる、と覚悟していたイルだが、彼女は
「弟さんが元気になって、あと暫くの間斧の手入れを安くしてくれて、この町にいる間滞在させてもらえればすべてチャラにするよ」
と言ったのである。
(……それでいいのか?)
と思わず言おうとしたが、それだけでなく、彼女と一緒に暮らすという事自体妙に複雑な気持ちになる。母以外の女性は家族におらず、父が生きていた頃は多くの兄弟子に囲まれて育ち、現在も弟と2人暮らしであるイルは、実を言うと女性への免疫がやや少なかった。
そして現在。「流石に洗濯は自分でするよ」とカミィユが言ったとしてもうっかり下着が干してあるのを見て赤面したり、自分の貸したベッドで眠る彼女の寝顔をかわいいと思ってまた赤面したり、と恥ずかしい思いをしている。
仕事仲間からは「間違いを起こすなよ」と言う者がいる一方、「責任持って嫁にしてやれよ」という者もおり、その両方に苦笑で答えている。特に鍛冶屋ギルドの大親方はカミィユの事を色々知っているらしく、事情を聞いて激怒しイルを数発殴り飛ばした後「そのまま養ってやれ。色々相談に乗るから」といい笑顔で言ってきた。
(責任もって……か……)
正直なところ、今は仕事が面白いのと弟の事があったから嫁を貰う事に関しては全く考えて居なかった。この夏で22になる彼としては、まだ結婚は早い気がしているのもあった。
仕事をしながら、少しだけ欠伸をかみ殺す。どうやら、ちょっと疲れが残っているらしい。家がそんなに大きくないので自室をカミィユに貸し、己は仕事場の隅っこで寝袋に入って眠っている為、最近は良く眠れていない事もあった。それ故にだろうか?
(今度お金がちょっと入ったら、簡単な材料でハンモックでも作ろうかなぁ……。そろそろ寝袋じゃ暑い)
カミィユがどれだけ滞在するかはさておき、そんなことを思うイルだった。
「ただいま」
剣の修理が終わったところで、カミィユ・ナーザが帰ってきた。3日前に要人の護衛依頼に出、無事に戻ってきたようだ。表情の変化が少ない彼女ではあるが、今日はよかったらしく顔色が良く見えた。
北の地方出身者に多い白い髪は、絹のようにさらさらで、青い瞳は初夏に咲くツユクサを思わせる。ただ、時折光を失ったような暗い縹色に見え、何故か胸が痛んだ。
「おかえり。早かったね」
「うん。まぁ、色々と。お昼ごはん、食べた?」
「今仕事が終わったばかりだからまだ。今、作るから」
カミィユの問いに、イルは答え、急いで着替えに行った。カミィユは「まって」と呼び止めたものの、聞こえてなかったのか、イルはあっというまに行ってしまった。
カミィユがイルの店で暮らすようになって早3週間(といっても依頼で出かけている日もあるが)。店にいる時、大抵カミィユはカルの面倒をみているか、家事を手伝ってくれている。彼女は故郷の村にいた頃、村長の家を手伝っていたそうだ。その為か家事の手際がよい。男所帯で結構散らかっていた部屋は、彼女が来てから綺麗に片付き、花が飾られて少し明るくなった気がしていた。
「疲れただろ? 今日はご近所さんから美味しそうなコカトリスの肉を分けてもらったんだ。ハーブ焼きにするから、まっててよ」
「いいの? あれって滋養強壮にいいから弟さんにくれたんだよ、きっと。薬草と一緒に煮込んでおかゆにしたらいいんじゃない?」
調理準備を進めるイルにカミィユが言うと、彼はちょっとだけ苦笑する。
「材料がちょっと高いのと、僕ら兄弟がそろっておかゆ苦手なんだよね……」
「うん。本当のこと言うと、おかゆって食べ飽きたというかなんというか」
調子がいいのか、本を読んでいたカルもまた苦笑して付け加える。イルは手早くハーブソルトを纏ったコカトリスの肉を捌き、味付けすると暖めた鉄板に油を塗って、肉を焼いた。
ジュウジュウと美味しそうな音をたてて焼ける肉。皮が焼けて香る香ばしさとハーブの香り。思わずよだれが出てくるがぐっ、と堪えた。その間に野菜を洗って刻んだりちぎったりしてサラダを用意した。お供はメシだ。
この辺りはコメなどの穀物をよく作っており、水で炊く食べ方が主流である。200年前にパンが伝わり、食べられるようになったものの、大体アワやクロコメなどを混ぜたメシを人々は食べていた。
そんなことはさておき、メシを暖めなおしたりしていると、カミィユがぽつり、と呟いた。
「イルって、お母さんみたい」
その一言に思わず噴出すと、カルがぽつりと呟いた。
「ま、ぼくにとっては父さんと母さんの代わりになってくれてたからね」
「よせ。僕はそんながらじゃない」
苦笑していると、カミィユはくすっ、と笑い、楽しげに言う。
「私が作る料理より美味しいし、将来いいお嫁さんになるんじゃない?」
その一言に、イルは苦々しい顔になる。彼は顔立ちも声も男性の物だと自負しているからだ。
「僕、男だからね、カミィユ」
そして振り返ったその時、カミィユの表情を見て耳まで赤くなってしまった。
「ごめん、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……」
そう言ってちょっと舌を出したその子供っぽい表情。はじめてみたその顔に、思わずくらっ、となってしまったのだ。
カミィユと暮らしていると、なんかこう、どきっ、とする……。
そんな悩みに内心頭を抱えるイルなのであった。
……悩め、若者。
※ある意味リア充でしょうか?