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なにはともあれ、早々に当初の目的を果たしてしまったので、時間が余った。
まだ、あの宿屋に戻りたくない俺は、アリスとナスターシヤを連れて市場を覗くことにした。
基本原材料を売る市場ならば、アリスが散財することもないので、安心してみて回れる。多分、冷凍食品を大量生産するシャルロッテを連れるほうが危ないくらいだ。
「市場覗いて帰るぞ。食材の差し入れもしないと、心苦しいしな」
約二名のバキューム胃袋のせいで、この数日のヴェント宿屋のエンゲル係数は過去最高の値を出しているはずだ。
「うう、そんなに食べてないよ!!」
「……おばあちゃん言った。貢物だから、気にするなって」
大食いの自覚はあるのだろうアリスがたじろいでいると、さらっとナスターシヤが爆弾を投下する。
「え、あれ、親衛隊のじいさんたちが持ってきていたのか?!」
「あれ?クロ助知らないんだっけ?」
「初耳だ」
俺が半分引き気味で驚いていると、アリスが説明してくれる。
「ええっとね、クロ助のおばあさんが“あれ作ろうかねぇ”って言ったら、おじいさんたちが材料を取り揃えてやってくるんだよ!!」
「お裾分けじゃなくて、発注制かよ?!」
ここにあった常識が来い。
俺たちが往来で立ち話をしていると、背後から嫌な気配が近づいてきた。
「リア充はいねぇがぁああああああああ!!」
ヴェント・ギルドの受付嬢がそう叫びながら歩いてきていた。これ、絶対に逃げていい。
「あ、受付嬢だ!!」
気がついたアリスが手を振るが“見ちゃいけません”だ。俺はナスターシヤを正面から抱き込んで、見させないようにする。シャルロッテかマルガレーテのどちらかがいれば、俺がやらなくともやってくれるのだが、いないので仕方がない。
「もう、お孫さんってば冷たいわ!!」
「冷たいって言うか、子供の教育上よろしくないだろ!!」
年長者に敬意を忘れない俺だが、いい加減この受付嬢は酷すぎて、ぞんざいになってしまう。
「そうそう、探索するように頼まれたから、よろしくね!!」
「おい!!」
「大丈夫!!こう見えて、昔は“無謀のアンジェリカ”って呼ばれる冒険者だったの!!」
「なんで、その通称で大丈夫だと思った?!完全に不安要素しかねぇよ?!」
どうしようと、俺が頭を抱えていると、反対側から見覚えのあるチュニック覆面三人組がやって来る。
「あ、アンジェリカさん、おはようございます」
「姐さん、今日も元気ですね」
「どうかしたんですか?」
なにやら、ヴェント青年団的には人望のある人物らしい。
「シャルロッテたちと対応違いすぎだろ」
思わず俺が呟くと、耳聡く声を拾った青年たちが真剣な様子でうったえてくる。
「当然だ!!姐さんは生涯新品が洒落になってないんだぞ?!」
「男の寄り付かなさが壊滅的過ぎて、女版進化系俺らなんだぞ?!」
「我々の同志と言っても過言じゃないんだぞ?!」
本人を前に容赦がない。
「まあ、そんなところね」
ふっと、ニヒルに笑う受付嬢がイロイロ末期だ。
「……仲いいなら一緒に探索。こっち、定員オーバー」
どうしたものかと頭を痛めていると、ナスターシヤがぼそっと言う。
「あら、みんなも探索するの?」
受付嬢が気がついて、青年団に話しかけると彼らが頷く。
「ええ、しかし、極秘任務ですので!!」
「我々の探索は秘密裏にやらねばならんのです!!」
「さすがロリ……きたない!!」
ギルドに内緒にしておきたい彼らにとってナスターシヤの提案は鬼畜以外のナニモノでもない。
「まあ、定員オーバーは本当ですので、町内の協力者がいた場合のサポートをお願いします」
純土の受付嬢なら探索スキルも期待できるだろうし、マッピングもできるだろう。それを考えれば、その辺りが妥当だろう。
「そうね。人数が要るみたいだし!!いい男を引っ掛けなきゃ!!」
切り替えが早いのだろう受付嬢は喜びながらどこかへ消えた。本当に大丈夫なんだろうか。
そして、昼前だというのに、俺は物凄い疲労感に襲われていた。




