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宿屋に戻った俺が目撃したのは、肩を脱臼させた親衛隊のじいさんが一人と、同じく腕がだらんとぶら下がっているヴェント青年団のチュニック覆面三人組だった。
この短時間でナニがあったか知りたくない。
「……かたたき、怖い」
俺を見るなり走りよってきたナスターシヤが全てを物語っている。
「とりあえず、これの治療するな」
そっとナスターシヤから離れると、なれてしまった手つきで治療していく。
「クロ助、お帰り!!」
「その、あれなんだ。地図まとめをねぎらおうとしただけなんだ!!」
「肩たたきして良いって言ったんだよ!!」
なんとなく流れは分かった。
「こいつらも悪気があったわけじゃないから、許してくれ」
改めて俺が言うと、親衛隊のじいさんは気にするなとアリスに向かって笑った。冷や汗が凄いあたり、気合の笑いだった。
「なに、ワシもアリスちゃんの肩たたきとやらに挑戦したんじゃ、許すだとかそんなもの最初からないんじゃ」
ふっと遠い目をするじいさんに、親衛隊の中でアリスとMの肩たたきが度胸試し化していそうな予感がしてくる。つか、予感もなにも思いっきり度胸試しにしている確信があった。
「きんにくこわい……がく」
「がちむち……がちむち……がちむち」
「ばきって……がきって……ぼごって」
青年たちの方は、精神的ダメージの方が多いようで、話せる状態じゃない。どんなトラウマを植えつけているんだと突っ込みたいが、アリスもMも悪意があったわけではないので飲み込む。
あれだ。こいつらも疲れているはずだから、休憩に丁度いいと思うことにする。
「って、そうだ、アリス、畑のこと謝りに行くぞ」
ごたごたで忘れそうになっていたが、うっかり他人様の畑に穴を空けてしまっているのだ。収穫後のため被害はないが、持ち主に謝りに行くべきだろう。
「あ、そうだった!!エっちゃん、ナっちゃん、それじゃあ行ってくるね!!」
「分かったよ!!あたいたちが看病しておくから安心しておくれ!!」
「いや、やめておいてくれ」
Mが看病と言った瞬間、青年たちがガクブルと震えたので、一応言っておく。多分、俺の言葉は無駄になるんだろうが、気休めである。
「……ナスターシヤも行く」
さて、出ようとしたところでナスターシヤにローブの裾を引っ張られる。
まあ、確かにこのカオス空間に取り残されるのは嫌だろう。
「分かった、じゃあ一緒に行くか」
「……うん」
アリスとナスターシヤを連れて俺は再度ギルドへ向かう。当然ながら、畑の持ち主を知らないからだ。
ギルドではヴェント・ギルドの受付嬢が起きていた。
「あ、おはよう」
「さっき、俺、ここに来たんですけどね」
「そうなんだ。で、忘れ物かしら?」
くああっと欠伸をする受付嬢はどれくら寝汚いんだろうか。
「いえ、この畑の持ち主って知ってますか?」
マッピングしてあった地図を出すと、受付嬢は少し考えて頷いた。
「知ってるもなにも、家の畑だけど、どうしたの?」
「あの、そこに街道の出口があって、わたしたちが出るときに穴をあけちゃったんです!!」
今だとばかりに俺を押しのけてアリスが言う。
「そう言う訳で、すみません」
俺も続けて言うと、受付嬢を見て絶句する。
「よっしゃあああああああああああ!!!」
ギルドの建物が揺れる音量だった。満面の笑みと合間って狂気じみている。
「ひゃっほう!!ギルドに買い取ってもらえる!!」
「煩イ」
狂気乱舞する受付嬢に気がついた、フォレボワ・ギルドの受付嬢が奥から出てきた。
「仕事の邪魔ダ」
そして、いきなり受付嬢に手刀をかまして、おとなしくさせる。
「煩くしテ、悪かっタ」
「いえ、とんでもございませんです。はい」
受け答えがおかしくなるのは普通の反応だろう。
「フォレボワの受付嬢さんってやっぱカッコイイですね!!」
のんきにそうのたまうアリスがうらやましかった。




