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テイスティ・マーモットは引き返して十歩余りで出てきた。
おもいきり、じいさんの視界の範囲である。
今まで出てこなかったクセに、出なくて良いタイミングで出てくるのは、きっと瞬殺して欲しかったに違いない。
「外見はおいし……普通にマーモットなんですね!」
「リスト見ても、あんまり強そうにないが、幻覚系のスキルを使ってくるらしい。一応、気をつけろ」
普段、あのシャルロッテと一緒の辺り、幻覚系スキルには耐性ありそうだが、注意は促しておく。
さて、どう〆てやろうかと考えていると、背後で雄たけびがあがった。あのじいさん、こんな夜中にナニやってんだと振り返れば、鼻血を拭きながら倒れる老体が一体。
「遠隔攻撃か!!」
急いで、テイスティ・マーモットを見るが、攻撃スキルを使った形跡はない。どちらかと言えば、現在進行形で幻覚スキルを使っているようだ。
「マルガレーテの王子様、あられもない格好の痴女の幻覚が見えます。あたしにはどうでもいい感じです。寧ろ、殺意が湧きますよー。胸とか胸とか胸に」
「そうか」
幻覚にかからなかった俺と、かかったところで痴女に興味のないマルガレーテには無害だったようだが、じいさんにはクリティカル・ヒットだったらしい。もう、放っておいていいんじゃないか、アレ。
「じゃあ、さっさと、狩るか」
「任せてください!!」
マルガレーテは言うと、ひょいっとクナイを投げる。足を縫いとめたあと、クナイの雨がテイスティ・マーモットに降り注ぐ。
どうやら、痴女の幻覚は地雷だったようだ。特に、痴女の胸の大きさが。
「どうでもいいけど、またペースト量産はやめろ。パテは暫く食いたくない」
「あ、すみません!うっかり全力で殺っちゃいました」
言いながら、更にクナイを握るマルガレーテに反省はない。これ、テイスティ・マーモットのパテ追加決定だ。
「お前、責任持って食えよ」
「それは勿論、あたしが食べますよー」
「ぬおおおおお、ワシの巨乳ちゃんたちがぁああああ」
マルガレーテが責任持って消費するならば良いかと思っていれば背後で絶叫があがる。果てしなくどうでもいい絶叫だ。
「あんないい乳はそうそうおるまいて。ぬぉおおおおおお」
叫びまくるじいさんだが、俺は違和感に気がつく。
「あのじいさん、本当に熟練した冒険者に見えるか?」
「そういえば、見えませんねー。幻覚の耐性もなさすぎですし」
マルガレーテの同意を聞くと、俺はじいさんの方に引き返す。そして、泉の向こう側に向かってカース・ガイドをかけた。
うずくまっているじいさんはスルーだ。
「って、向こう側は普通の洞窟だ!!」
結果は向こう側に、なんのスキル効果も見えなかった。念のため、現在地にカースガイドをかけると、こちらはちゃんと転送スキルの残滓を読み取ることができた。
「夜間はここが繋がるんですねー」
しかし、繋がる場所が天然の地下洞窟とあって、迷宮との区別がつけられていない。ギルドからの地図には俺たちが入ってきた場所以外の出入り口の記載はなく、ギルドは天然洞窟からの出入り口については把握していないようだ。
そもそも、こんな地下洞窟、カース・ガイドでもなければ普通の迷宮との区別もつかないだろう。いや、迷宮が転送されたという知識がなければ、判別のしようもない。
「これ、ギルドに報告するぞ。じいさんがヴェントに行ってるようだし、外に意外と近いかもしれない」
「そうですねー」
マルガレーテは同意すると、蔑む目でじいさんを見る。ソレ仮にも民間人だから攻撃したら駄目だからな。
「うう、フロアサールのおじいさま素敵ー(ハート)と言ってくれた巨乳ちゃんたちが」
「テイスティ・マーモットは幻覚スキルはあるが幻聴スキルはないんだが」
言って俺はじいさんを凝視してしまう。
「フロアサールって……」
「Mさんの姓ですね……」
俺とマルガレーテは一時停止する。
どうしよう、嫌な予感しかしない。
「Mさんに確認しましょう」
「そうだな、M一人くらいのカバーなら」
俺とマルガレーテは地面にのたうつじいさんを後に、急いでナスターシヤの居住区画へと戻っていった。




