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食後の小休憩を挟んで、俺とマルガレーテは迷宮の地下一階部分に来たわけだが。
「おい。どうすんだよ?!これ!!」
俺の目の前で、ずずずずっと壁が動いた。どうやら、夜間は壁が動くらしい。地図にはそんな情報、なかった。
「凄いですね!!動きが遅いので、注意していれば、巻き込まれないのが救いですよ!!」
マルガレーテの言うとおり、地味にゆっくり動いているので、速さが低い俺でも、余裕で逃げ切れる。動く場所も細切れなので、よほどうっかりしなければ、巻き込まれることもないだろう。
ただ、地形が変わって現在地不明に陥るだけだ。
「あ、もしかして、夜間だけウイキョウの採取が可能なのって、昼間は<いしのなかにいる>的なモノですかね!!」
「まあ、十中八九、昼間は岩壁の向こうだろうよ。そう言えば、この迷宮だと、壁ぶち抜かないのな」
フォレボワで壁に穴を開けやがったマルガレーテだが、ここでは控えている。それはMも同様だった。
「だって、地下迷宮で壁ぶち抜きは生き埋めフラグじゃないですか!経験で学んでますよー」
「そうなのか……って前科ありかよ?!」
多分、Mも前科ありだろう。
壁に挟まれないように歩いていると、昼間は見なかった広間に出る。
泉が湧いていて、どういうわけか、その付近に普通に植物が生えていた。見上げれば、天井に亀裂が入っている。ここから日差しが入るのだろうが、ここは畑のど真ん中にできた地下迷宮だ。早急に地上のどの部分に亀裂が入っているのか調べなければ、住人が踏み抜いて落ちる可能性がある。
「マルガレーテ、亀裂の位置マッピングできるか?」
「そうですねー。これ、マッピングよりも……」
マルガレーテは一旦区切ると、クナイの柄に長いリボンをくくりつけて、亀裂に向かって投げた。ひらひらと赤いリボンが亀裂の向こうに消える。
「こっちの方が分かりやすいですよー」
「ああ、そうだな。ありがとう」
「いえ、それはもう愛妻として当然のサポートですから!!今晩は寝ずに愛し合いましょう!!」
「ウイキョウどれだ?」
変なスイッチが入ったので、スルーしてウイキョウを探す。
「お若いの、ウイキョウはそこじゃよ」
「ああ、ご親切に……って、え?」
老人の声がして、ウイキョウのありかを教えてくれたのだが、ここは迷宮である。しかも、入るのに制限がある。
「あ、マルガレーテの王子様、泉の向こう側にテントありますよ!」
「おお、そりゃ、ワシの家じゃ」
おい、なんで普通に迷宮内にテント持ち込んで住んでやがるんだ。
「一ヶ月前から、住みついたんじゃが、肉も美味しいし、ええ場所じゃのう。近場にはジョルジェットたんもおるし」
そして、このじいさんについて、どっから突っ込めば良いのだろうか。いや、ここはスルーするべきだ。そうに違いない。
「ああ、そうですか。俺たちは急いでいるので、それでは」
ウイキョウを見つけて採取すると、手遅れにならないうちに立ち去る。
「そう急きなさんな。ジョルジェットたんのよさは、年を取ってから分かるんじゃ」
しかし、思いっきり腕を掴まれる。言われた言葉については、さわらない。さわったが最後、朝まで語り明かされる流れだ。
「むー。おじいさん、あたしたちは今から、あっつーい夜を過ごすんです!!邪魔しないでください!!」
マルガレーテはじいさんに掴まれてるのは反対側の腕に絡み付いてくると、威嚇するような表情でそうのたまった。普段はアレな言動だが、今現在はナイス言動である。
「おお、そうじゃったか。それは邪魔しちゃいかんの。ふぉふぉふぉふぉ」
マルガレーテが拗ねたように俺を見上げるのをながめながら、じいさんが言う。どうやら、解放してくれるらしい。
俺はマルガレーテの手を引いて、駆け足気味に脱出したのだが、あのじいさん、下手なトラップよりもよほど厄介な罠だ。探索スキルで検知できるだけ、トラップのがマシな感じで。
「って、この迷宮に入ってるってことは、あのじいさん、熟練の冒険者なんだよな」
「そうなりますねー」
どちらかと言えば、熟練の変人といったところだった。しかし、こんな場所に一人で住み着いているあたり相当な腕を持っているに違いない、と言うか、そうであってくれ。
「気を取り直して、テイスティ・マーモットを探すか」
「はい!!」
微妙な気分を払拭するべく、テイスティ・マーモットを探すことにした。




