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宿屋に戻ると、アリスの母親のマーガレットさんがとても良い笑顔でエントランスの中央に立っていた。
その右手の大斧については見なかったことにしたい。
「おかえりなさい。グラディウス君」
「クロードです」
俺は一応お辞儀をして、酒場へ向かう。と、アリスもこちらに来ようとした時、マーガレットさんが、どすっと、大斧の柄で床を突いた。
俺どころか、シャルロッテもびくっとした。飛びついてきて、俺の腰にしがみついているマルガレーテはスルーする。
「アリスちゃあん?」
「あははは、ただいま!」
「お母さんは宿屋の女将で、ウッドマンじゃないの。お父さんも酒場のマスターで、カーペンターじゃないの」
笑顔で淡々と言うマーガレットさんが怖い。
と言うか、朝食のとき、イスとテーブルが揃っていたのは、マーガレットさんが切り出した木を、夫の
ロレンスさんが加工して作っていたからのようだ。破壊癖のある娘を持って苦労して大変そうだ。
「あんまりにも、反省しないようだから、お金を払うまで、アリスちゃんは酒場に立ち入り禁止にすることにしたの」
「え?!昼ごはんは?!」
「当然、ナシよ」
親子団欒を邪魔するのもアレなので、俺とシャルロッテとマルガレーテはさっさと酒場の席を確保する。
「昨日着いたんなら、フォレボワ料理は、まだ、あんまし食ってないんだろ?」
「あ、はい。メニューが豊富で、選べなくて、昨夜も今朝もお芋料理を頼んじゃいました」
「マルガレーテの王子様のおススメならば鼠肉だって食べられます」
なんかほざいているマルガレーテは安定のスルーに限る。そもそもこいつ、寝ぼけたときの発言からして、鼠を食ってる疑惑が俺の中にある。
「もう、マルガレーテちゃんは雑食なんですから」
「あ、食ってんのな、鼠」
雑食で済ますシャルロッテも凄いが、食事前にこの話題を続けたくないので流す。
「でも、マルガレーテの王子様。フォレボワでもマーモット料理は食べますよね」
「もの凄く、メジャーな肉だったな。山鼠」
マーモットだと思えば、いたって普通に思えるのだから不思議だ。
「まあ、昼はフォレボワ家庭料理の代表格ってことで、ポトフをススメておく」
「良いですね。家庭料理」
「これは、あれですよね!あたしに覚えて欲しいってことですよね?家庭料理!!」
きゃはっと身悶えるマルガレーテなんて俺の視界にはない。自分に言い聞かせながら、ロレンスさんにポトフとライ麦パンを頼む。
「昼から、俺はアリスと迷宮に出かけるが、お前らはどうする?」
「そうですね。ご一緒して良いですか?」
「雑魚狩りで稼ぎが期待できなくても良いならな」
「構いません」
「マルガレーテの王子様、フォレボワの迷宮ってデート・スポットなんですよね?やだ、やっぱり、ビキニアーマーが必要だったんじゃないですかぁ」
ばしばしテーブルを叩くが、マルガレーテはアリスと違い、火属性を持っていないので壊すことはない。
運ばれて来たポトフとライ麦パンを腹におさめた後、俺はライ麦パンを追加した。
別に物足りなかったわけでもないので、手持ちの布巾にくるむと酒場を出る。
エントランスに戻ると、しくしくと床に転がるアリスがいた。宿屋を訪れる冒険者がドン引きするなか、放置し続けるマーガレットさんはさすがだ。
「おい」
「うう、食う、飲む、打つ、がわたしの楽しみなのに……」
「わりとサイテーなんだが」
しくしく最低なことを言っている。買わないだけマシなのかもしれないが。
「ほら、これやるから、迷宮行くぞ」
布巾に包んだライ麦パンをやると、とたんに元気になって跳ね起きる。現金なやつだ。
「クロ助!!」
「金は後で徴収するから、礼はいらん」
「あのアリスさん!これ、どうぞ」
そのままパンに噛りつこうとしたアリスを止めて、シャルロッテがバターを渡す。ますますアリスの目が輝く。
「じゃあ、あたしはっと」
マルガレーテはがさごそ、カバンをあさってナニかの干し肉を出した。きっと何の肉か聞かないほうが良いだろう。
「うう、ふぃんふぁ、あふぃふぁふぉう」
「食いなが喋んな」
アリスもなんとか昼飯にありつけた後で、再び俺たちは迷宮へ向かった。