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一通り、町をぶらついた後、宿屋に戻るころには夕方になっていた。
途中、マリアさんにロクでもない道具を購入しそうになったアリスとMを力技で止めるハプニングはあったが、ここ数日で一番まったりと過ごせた。
だから、俺は油断しきっていたのだ。
「ねぇ、グラディウス君」
「マーガレットさん、だから、俺はクロードです」
エントランスに入った瞬間、マーガレットさんの猫なで声がした。この声の後は大抵とんでもないことを頼まれることを経験的に知っている。思わず身構えた。
「風の噂に聞いたのだけれど、ヴェントの迷宮に行く準備をしてるんだって?」
「あ、はい」
拍子抜けの内容に力を抜いてしまった。
「勿論、アリスちゃんも一緒よね?」
「もう、そんなの当然じゃん。ねぇ、クロ助」
「いや、数ヶ月単位での探索の同行は当然じゃないだろう?一応、アリスが行くと言えば、一緒に行くつもりでしたが?」
「本当の本当に、アリスちゃんを連れてってくれるのね?」
「了承があれば」
俺が言うと、ウィンザー母娘が嬉しそうに笑う。多分、それぞれ全く違う思惑で。
「ねぇ、ヴェントの迷宮は難易度も高いと言うし、年単位なんてことにはならないかしら?」
「あ、それには私が答えますね。難易度的に勿論、一年くらいかかってしまうことも、充分あると思われます」
答えに間のあった俺をサポートすべくシャルロッテが答えてくれた。なるほど、そもそも移動時間を考えれば、普通に一年は掛かりそうだ。
「まあ、素敵!!」
マーガレットさんが、うっかり叫ぶ。うん、うすうすどころか、結構はっきり気がついていたけれど、声に出してアリスの不在を喜ばれるとなんともいえない気分になる。勿論、ウィンザー夫妻のこれまでの苦労を思って。
「いえね、アリスちゃんが三年くらい帰ってこないと、損失の穴埋めができそうなのよ」
「え?」
「ねぇ、グラディウス君。五年くらい経てば、アリスちゃんもマシになる気がしない?」
おい、この母親、とんでもないこと頼もうとしてんぞ。あれだろ、アリスを連れて五年くらい町に戻ってくんなってことだろ。なんで俺まで追放じみたことに巻き込まれているんだ。
「楽しそうだね!!」
「お前は、考えてからモノを言え!!」
能天気なアリスに俺の手刀がアリスの脳天に入る。
「二人とも仲が良いわね」
マーガレットさんは、憂いは去ったとばかりの朗らかさで、言う。厄払いしたあとの清々しい表情は見なかったことにする。
「でも、マルガレーテの王子様、戦力的にアリスさんがいると、PTが安定しますよー。何気に物防いけますし」
冷静にPT分析するマルガレーテの言葉が救いだろう。絶望的なトラブル・メーカーもステータスだけは良いのだ。
「……みんな、一緒」
無表情に喜ぶナスターシヤに袖を引かれて吹っ切れた。と、俺は思い出す。
「それはそうと、ナスターシヤの兄貴は現れましたか?」
肝心なことを失念するくらいにはナスターシヤもPTメンバーだと認識していた訳だが、そもそもナスターシヤは兄貴を探しているのだ。
「ああ、それねぇ、残念だけど、心当たりがありそうな冒険者は来てないのよねぇ」
町唯一の宿屋で情報が入らないのならば、ナスターシヤの兄貴は他の町に行ったのだろう。見つけたら八つ裂きで良いだろう。
「そうそう、思い出したわ。グラディウス君、ご両親が一時的に帰ってきてるそうよ」
「……それ、多分、かなり重大な情報ですよね?俺にとって」
やっぱりこの人はアリスの親なんだと思ってしまったのだった。




