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フォレボワの迷宮が「鬼畜迷宮」などと言われるのは入り口付近の雑魚の鬼畜具合だけによるものではない。
入ってすぐの広場から南に伸びる細い小道のつきあたりを曲がったところで、いきなり中ボスが道を塞いでいたりするのだ。黎明期にはここで数多くの冒険者が全滅して、回収に来たフォレボワの住人に金を毟り取られたらしい。
そんな全滅スポットで少女が立ち尽くしていた。ウィザードの証である黒のローブに水属性の青髪、恐怖にか見開かれた目は風属性の緑色だった。
今にも少女に襲い掛かりそうな中ボスこと蠍系のデス・スコーピオンをシャドウ・バインドで止める。
「う……あ……」
3メートルもあるデス・スコーピオンに襲われていた少女はすぐに声を出すことができずに、はくはくと口を動かすだけだった。
「アリス」
「ん?」
「トラウマになる攻撃はナシな。そいつの体液飛び散らせたら、暫くお前と迷宮入るのやめるからな?」
「う……努力する」
アリスは以前、デス・スコーピオンを粉砕して体液どころか身まで飛び散らせた前科があった。全身デス・スコーピオンの残骸まみれになったのは、ちょっとしたトラウマになっている。
「う……」
震える少女を見やると、ここに来るまでに、雑魚相手に苦戦でもしていたのか、そうとうHPを削られている。状態異常の<毒>も<出血>もないようだが、瀕死に近いのでほってはおけない。
「ちょっと、そいつのHP貰うぞ?」
「うん!」
アリスが退いたところで、闇属性スキルのドレインを使う。闇属性唯一のHP回復スキルのため、クレリックである俺が一番使ってきたスキルである。無論、熟練度も桁がおかしいことになっているので、この近辺のモンスターに対しては即死級の威力になっている。その代わり、味方には全体全回復である。
中ボスのデス・スコーピオンも例外ではなく、即死した。闇耐性のあるこの近辺のモンスターに対してこの威力だと、光属性モンスターに使ってみたいがフォレボワ周辺に光属性持ちのモンスターはいない。
「さっきのシャドー・ヴァイパーもクロ助がやってれば、鱗ザクザクだったじゃん」
「誰の金稼ぎで来てると思ってるんだ?」
「わたしだね!」
「だったら、お前がやるのは当然だよな?」
バキバキとめぼしい素材を剥ぎ終わったところで、少女に目を向ける。大分落ち着いてきたのか、深呼吸を繰り返す。おさげのみつあみがひょこひょこ動いて小動物めいているためか、いちいち動作がかわいらしい。
「あの、ありがとうございました」
声が出せるようになった少女は一番にそう言った。どこぞの三人の男どもと大違いである。
「その、私、シャルロッテ・クレッテンベルクです」
「わたし、アリス・ウィンザーで、こっちがクロ助!」
「クロードだ!!こいつは無視してくれ、俺はクロード・デュマだ」
「はい。アリスさん、クラウディオさん」
シャルロッテ、お前もか。
良い笑顔で言われれば、脱力するしかない。俺はわざとらしく溜め息をつくと、周辺を見渡す。どうやら屍はないらしい。
「俺たちはこれから、奥に向かうんだが、シャルロッテはどうする?」
帰ると言うのならば、入り口まで送るつもりでいる。それはアリスも同じらしく、特に言い足すこともなく、小首をかしげながらシャルロッテを見ている。
「あの、ご一緒しても良いですか?」
「ああ、良いけど?」
てっきり帰るものだと思っていた俺は思わず疑問符を浮かべた。
「その、マルガレーテちゃん……友人が奥に行ってるんです」
「ここ、一本道なんだが、そのマルガレーテはお前を置いてったのか?」
「違います!!あの、その、マルガレーテちゃんは一筋縄でいかないと言うか、企画外と言うか、そんな感じなんです」
「クロ助!わたし、分かったよ!」
ますます分からなくなった俺に、アリスが声をかけてきた。振り向いた俺はアリスが指し示す箇所を見て絶句した。
何しろ、木々が絡まりあって壁と化している場所に、ありえない大穴が空いていたのだ。くだんのマルガレーテは近道(物理)で迷宮をつっきて行ったようだ。
「これ、マルガレーテを追う場合、ここ通らなきゃ意味ないよな」
「だろうね。ここからまっすぐって、既存のマップにないと言うか、絶対この近辺の雑魚の巣とかある空白具合だよ!」
「そんな、モンスターの巣なんて、マルガレーテちゃんが危ないじゃないですか!」
「いや、危ないのは、迷宮内で新たな道を作ろうとするお前の友人の思考回路だ」
なんかもう、マルガレーテはほっておいて良いんじゃないかという気もしてきたが、涙目のシャルロッテを見ているとほっておけない。
「分かった。ここ通って、マルガレーテを回収するぞ」
「ありがとうございます!クラウディオさん!」
「……もう、それで良い」
アリスとシャルロッテを引き連れて、未知の道へと歩を進めた。