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通路を進んでいくと、見覚えのある穴が見えてきた。ナスターシヤがマッピングの目印にあけたモノだ。
「おい。これ」
「あ、こっからスキル有効ですよー」
指摘しようとすると、マルガレーテが重要な報告をするので、言いそびれてしまった。
蝙蝠対策に、俺が先頭になり、マルガレーテとナスターシヤが続く。
「あっ、あれって、抜け道(物理)だ!」
慎重に進むなか、アリスが大声をあげて報告してくれる。当然、蝙蝠系のあいつらが飛び出すので、俺を囮に、マルガレーテとナスターシヤが始末した。この探索での貢献度は、確実にナスターシヤの方がアリスよりも上だ。
「こっからも蝙蝠系が出そうだし、アリスとシャルロッテとナスターシヤは向こうで待機してもらったほうが良いかもな」
「シャル子とナっちゃんは任せといて!」
「シャルロッテ、ナスターシヤを頼む」
「はい。アリスさんの手綱を握っておきます」
シャルロッテが何か恐ろしいことを言っている気がするが、きっと俺の気のせいだ。ずっと迷宮内にいるから疲れているんだろう。
「じゃあ、あたしたちは夫婦水入らずで、しっぽりですね!!」
「そんな!!心の準備がまだだよ!!」
「そんな準備は絶対に要らないから安心しろ!!」
そんなこんなで、Mのあけた抜け道で、二手に分かれて進む。
周辺は水晶の壁に覆われ、代わり映えなんぞない。自分でもマッピングして、やっぱりナスターシヤの目印は必要だったと思いだすが、後悔は思いとどまる。
「この通路、無駄に長いな」
「でも、滑らないから良いですよねー。合流的な意味で」
「一方通行なら引き返さないとな」
などと話していると行き止まりにたどり着く。
ただし、水晶の板が道を塞いでいる唐突な行き止まりだった。自然にできたなど考える余地もない、道見ても人工物だ。
「どれどれ」
トラップの可能性もあるので、カース・ガイドで調べてみる。カース・ガイド如きで大事になるのは一度あれば良いことだ。
「マルガレーテ!シャルロッテを連れて来るぞ!!」
水属性の幻惑系のスキルが表面に施されていたのだ。
俺たちは一度戻って合流すると、水晶の板に急ぐ。
シャルロッテが同じく幻惑系スキルで表面にかかっていた術を中和すると、文字が浮かんできた。もう十割方人工的なものだ。こんな自然物があってたまるか。
「古典ですね。専門外です」
写生しながらシャルロッテが嘆息する。勿論、俺も専門外だ。
「……フォレボワ商工会協賛」
「どうした?って、コレか?!」
ナスターシヤの視線を辿ると、普通に『フォレボワ商工会協賛』と書いてあった。この辺りは古典も現代語も変わらないらしい。
「あー、このエンブレムはウチにもある奴だ!!商工会のマークだったんだ!!」
「商工会じゃなくて、フォレボワのエンブレムだ。通行証にも印刷されてるだろう」
そこまで会話して、再度水晶の板を見る。
「後半のコレ、広告っぽくないか?」
「あ、デュマ書店見つけた!クロ助の先祖かな?」
ほら、とアリスが見つけた場所には『艶かしい夜をあなたに。デュマ書店』とあった。絶対に縁も繋がりもない同姓の他人だろう。
「あ、マルガレーテの王子様、こっちは精力剤のお店です!!って、この下側はちらほら読めますねー」
「文語と口語の違いです。こっちは広告化しています」
「口語って言うか、俗的すぎるだろ!!」
「年代としては、下側の方が古いので、上側の文章はあとから彫られてようです。おそらく、看板の再利用かなにかなんでしょう」
「なんで、風俗の看板に文章彫ってんだよ?!つか、彫るときに消しとけよ?!」
激しく突っ込みたい。
「それは、上の文を読んでみなければなんとも言えません。まあ、書体からして、こっちの文章は風俗とはなんら関係ない内容だと思います」
写し終えたシャルロッテはじっと俺を見る。
「結構な大発見なんですが、戻りますか?探索を続けますか?」
「大発見なんだろうけど、コレの下半分は風俗の店の広告だからな。あんまり誇れる発見ではないよな」
しかし、文章が知りたいのも事実だ。シャルロッテの様子では他の迷宮ではこんな堂々とした人工物は発見されていないのだろう。と、言うよりも、そもそも壁に向かってカース・ガイドをかける人間自体が存在しなかったんだろう。
「帰りも気を抜かずに行くぞ」
「はい」
話がまとまると、俺たちは一旦町まで戻ることにした。




