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元通りには程遠いが、まあ、コンフュージョン・ホーネットが巣を作るだろうレベルまで再生した頃には、すっかり夕方になっていた。
一度、町に戻るか、このまま野宿か。金銭的な問題を抱えたのが二人もいるため、考えてしまう。
「あの、このまま野宿にしませんか?」
シャルロッテが申し出た。意外だ。
「俺は良いけど、良いのか?」
「はい。このまま明日も奥まで行けば、調査がすすみますから」
さすが研究畑の冒険者だ。
「あたしも、野宿が良いかな。マルガレーテの王子様!!夜の寒さは、あたしの柔肌で温めます!!」
「ああ、この辺りは夜も気温があまり下がらないから、いらないぞ」
「もう、照れなくったて、良いですよぉ」
こいつは、寝袋を簀巻きにして、一番離れた場所に置いておこう。
「良いね!野宿!!久々に、アレ、やろーよ!貫徹ブラックジャック!!」
「寝ろ!!」
つか、アリス、お前、昨夜のポーカーのせいで装備が初期装備に近いモノになってるのを忘れているだろう。それ以前に、知力の高い水属性と器用さの高い土属性相手にカードゲームは、カモってくれと自分から破滅しに爆走しているものだ。
「この人数なら充分楽しいな。独りの野宿はやはり、気を張りっぱなしだからね」
「通路で寝てた奴のセリフでもないと思うぞ」
反対意見もないので、モンスターが出現しないポイントまで移動する。
徐々に薄暗くなる中、急ぎ足で、岸壁にぽっかりと空いた、広間ほどの大きさの洞穴に入る。
中は暗いので、携帯用の折りたたみ式ランタンに火を灯す。
焚き火を開始しようとしたMは、四人が全力で止めた。こんな狭い場所で火なんて焚いた日には、みんなでなかよく屍になってしまう。
各自、寝床を確保したところで、夕飯にする。
当然だが、アリスだけが、携帯食料を持っていないので、俺たちが少量ずつ施してやった。
「うう、足りないよぉお」
「我慢しろよ!!」
「ごめんよ!!あたいも、ここ何日か野宿しっぱなしだから、食料が少ないんだ」
「不測の事態に備えて、食料を用意していますが、本来、野宿は想定していないので、あまり多く食料を入れてませんでした。お役に立てず、申し訳ないです」
「アリスさん、干し肉ならあるよ?」
「……おにいちゃん」
「マル美!!」
「良かったな、アリス」
「……おにいちゃん」
「「「「「…………」」」」」
「おにいちゃん」
俺たち以外の、か細い声に全員が無言になる。
「おい」
「あはは、もう誰かな?」
「驚かさないでください」
「マルガレーテの王子様!!あたし、怖いですー」
「嫌だね!!誰だい?」
「おにいちゃん。おにいちゃん。おにいちゃん」
俺の背後から、声がする。後ろ、壁なんだが。
ぎょっとして、振り返ると、壁の窪みに、女の子がちょこんと、しゃがんでいた。年の頃は十歳くらいか。
思わず飛びのくと、他の奴らの女の子に気がつく。
ふわふわの波打つ茶髪に、大きな黒眼の女の子はレースがたっぷりのワンピース姿だった。どう見ても、迷宮に来る格好ではない。
「おにいちゃん。ナスターシヤは待った」
淡々と無表情に言ってのけるのがホラーだ。
「かかかかか」
そして、背後でアリスのネジが外れたようだ。奇声に近い声を上げながら、こっちに向かってくる。
「可愛い!!クロ助の妹ぉおお!!」
「おい」
「そうだったんですか」
「じゃあ、あたしの義妹なんですねー」
「妹さんが見つかって良かったじゃないか」
天然と馬鹿ども。急に出現したこのナスターシヤとかいう女の子が俺の妹の訳がないだろう。まあ、引越しするときに、息子を置き忘れるような両親がいるので、生き別れの妹がいる可能性は物凄くあるけれども。それでも、俺の両親は両方とも純闇属性らしいので、妹も純属性であるはずなのだ。よって、このナスターシヤは俺の妹でないハズだ。
「おにいちゃん」
ぎゅうっと、ナスターシヤが俺のローブの裾を掴む。さすがの俺も小さな女の子を邪険にはできない。
嘆息を零すと、小さな頭を撫でる。
「独りは怖かったな。俺はあいにく、お前のお兄ちゃんとやらではないが、兄ちゃんが見つかるまで、代わりくらいにはなってよるよ」
「……おにいちゃん」
むうっとおれのローブに顔を埋めてくる。こいつの兄貴は見つけ次第、〆《しめ》よう。
その後は、とくに変わりもなく、迷子一名が増えたところで、その日は就寝することになった。




