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フォレボワの町に唯一ある宿屋の二階端が俺ことクロード・デュマの住処である。
町と言えども、十年前に迷宮が発見される以前、フォレボアはただの農村だったため、唯一の宿屋の癖にこじんまりとしている。ボロボロじゃないのが、それこそ唯一の長所だ。
日没の後とあり、一階に併設された酒場は盛況らしい。十年経てばある程度の探索も進んでいるが、各地の迷宮としては新しい部類ということもあり、今でも若手の冒険者が多くやってくるのだ。
読みかけの本をベッド脇に投げるとペラペラの布団を被る。酒場の真上などと言う、睡眠妨害部屋ではあるが、十二のころから五年間住み着いているので、少々の喧騒くらいなら慣れっこになっている。
そう、少々ならば。
「あああああああああ、くぅおれぇええでぇえええ、どぅううだぁあああああ!!!!」
などと、建物を揺さぶる大声でなければ。
俺は跳ね起きると、クレリックの証である白のローブを被って部屋を飛び出す。
階段をすべるように下り、エントランスを横切って酒場に飛び込むと、予想通りの光景があった。
まず、テーブルは中央の一つ以外は無残な形で隅っこに転がっている。そして、イスにいたっては「最初っからなかった」状態だった。
残った机には今日の宿泊客の冒険者たちと、見知った女が張り付いていた。
「アリス!!」
苦手な大声で怒鳴れば、さらさらの長い金髪が印象的な女が振り返る。俺をその赤眼に映すと嬉しそうに笑った。
「クロ助!!」
「クロードだ!!」
わいわいやっていた十数人の冒険者たちが一瞬静まると、一斉に俺を見てくる。見世物じゃないので、忌々しそうに睨み返す。
純闇属性の証である黒髪黒眼はフォレボワ周辺以外では珍しいらしく、冒険者たちが俺たちを奇異な目で見てくるのはいつものことではあった。俺からすれば、光属性の金髪と火属性の赤眼といったアリスみたいな混合属性の方が珍しく見えるのだが。
今日の冒険者には純属性持ちがいないためか、いつも以上にジロジロ見られる。
「近所迷惑だ。静かにしろ!そもそも、宿屋の一人娘が騒ぎの元凶でどうするんだ!」
「え~、仕方ないじゃん」
むーとアリスが拗ねた表情で言う。すると、冒険者どもも同調してブーブー不満をたれる。
「貴様ら、純闇属性のサイレンス喰らう覚悟があるんだな?」
闇属性スキルのサイレンスは一時的に相手の声を奪う技であるが、純属性持ちが手加減なしで使った場合、解呪しない限り永久的に声を奪うことになる。
「あら、やだ、煩かったかしら?」
「アリスさん盛り上がりすぎでしたよお」
こそこそと小声でアリスと冒険者たちが会話する。
これで、ゆっくり眠れる。
「次騒いだら、シャドウ・バインド掛けて一晩放置してやるからな」
「げっ」
闇属性スキルのシャドウ・バインドは本来、相手を足止めするくらいの威力しかないのだが、純属性な上に使い込んでいる俺が使った場合、全く身動きが取れなくなる。普段、一緒に迷宮に行くことの多いアリスはそのことを知っているので、脅しとしては充分だろう。
まあ、俺は油断していた。
翌朝、柔らかいナニかが顔を覆って息苦しいの目を覚ました。
ぱちりと目を開けた俺が見たのは、下着姿で人様の顔を抱きこんで眠るアリスの豊満な胸だった。
酒臭いので、あの後エールでも飲んだのだろう。
「起きろ、馬鹿者」
むぎゅっと頬を抓ってやると、漸くアリスが目を覚ます。
「おはよう!クロ助!」
「クロードだ!」
俺から離れると、ぐいっと伸びをするアリスに恥じらいはない。あっても困るが。
「さっさと服を着ろ」
アリスはソードマンなので大抵皮製のアーマーを着ている。その格好で宿屋の受付までするのは毎度どうかと思うが、少なくとも下着よりはマシである。
「ああ、そうそう、ポーカーに負けちゃってさ!」
「服を賭けるな!金が無くなった時点でやめろ!!」
強烈な頭痛が襲ってくる。
俺は起き上がるとクローゼットから麻のチュニックとハーフパンツを取り出してアリスに投げつけた。
「それでも着ていろ」
「うん、あ、今日も暇でしょ?迷宮行こう」
にこにことアリスが悪気もなくグサっとくることを言う。
確かに俺は暇だ。
一応、ギルドにクレリック登録しているが、純闇属性クレリックは地雷扱いで雇われることは殆どない。闇属性はステータスとしては魔法防御と回復スキルの威力に影響する<精神>が伸びるので良いのだが、その肝心のスキルが壊滅的なのだ。ただ、地味に物理攻撃を避けるための<回避>も伸びるので、全滅防止のアイテム係として雇われることはある。
「お前はギルド登録した方が稼げるだろうが」
光と火の混合属性であるアリスは、光属性のおかげで物理防御に影響する<生命>とクリティカルに影響する<運>が伸び、火属性で物理攻撃に影響する<力>が伸びるという、ソードマンとしては最高の属性持ちである。
「そーでもないんだよね。ギルドって、報酬を人数で割るじゃん。クロ助とボス狩りする方が儲かるんだよね」
「そうかよ」
全滅防止で雇われる俺は自動的に高額報酬の仕事ばかり受けていることになるのだろう。そういうものかと納得して、とりあえず迷宮へ行く準備を進める。
「どの辺りまで行くんだ?」
「ん?まあ、布の服が買えれば良いから、浅いとこ」
「了解」
入り口付近を一時間くらいウロウロしていれば、それくらいの金額になるので、手ぶらでも良いだろう。
「じゃあ、朝飯食ったら行くぞ」
「うん、あの、クロ助……」
「何だ?」
「朝ごはん食べたいから、お金貸して」
俺がアリスの頭をはたいたのは言うまでもない。