disillision
*
ヤツの言葉によって自分の中で激情が渦巻いて。
怒りで頭が真っ白になるというのを初めて体験して。
抑えきれなくて。
俺は叫んでいて。
……でもヤツは冷たく口元を歪めるだけで。
それを見て、
前へ、強く踏み出しそうになったが、綾波に肩を掴まれて止められた。
俺はそれが理解出来なくて、綾波を睨み付けて何事か言おうと口を開きかけた。
そこで気づく。
綾波の口が『ダイジョーブ』と動いたことに。
…………。
『ダイジョーブ』だと逆に成功率が50%以下な気もするから、『大丈夫』だったと信じたいが。
俺は綾波に手を引かれ、肩を抱かれて(!)真田に相対した。
「真田。それを押したら完全に結末に救いが無くなるけどいいの?」
綾波が、俺が見たことのない眼をして、“そう”聞いた。
そして答えは、
「黙れ餓鬼め。儂を侮ったからには現実を見せてやるっ!」
歯を剥くようにしてそう言い放った教頭に普段の面影は無く。
豹変に対する失望の念しか浮かばずに。
「それが貴様の答えか」
独り心地に呟いて、
拳を握りしめる。
歯を噛みしめる。
綾波に掴まれていたければ、殴りかかるのを抑えられそうになかった。それもほんの数瞬のことだったが。
「……この世の中には不条理が満ちておるのだよ」
真田の親指が、携帯電話に触れる――
「止めろっっ!!」
俺の制止はヤツには――
「あー、ちょい待ち」
*
「……なにかの?儂は何を言われようとコレを……」
まだ真田は余裕そうな顔だ。ああ、胸くそ悪いこと。
「カチッと押すんだろうけどそれもう良いよ。お前の意思は分かったから。だから黙って交渉につけ三下が」
お前に前回のような慈悲はやらないから。エンディング後の裏チャプターは滅亡型だろうし。
「何を言っておるのか儂には意味が……」
「『カチッ』→『フハハハ儂に逆らった罰じゃ!』→『な、なにぃ!』……的なフラグ見え見えだから割愛しようと思って」
「なん、だと?」
おお。こんなところでそれを聞けるとは。
「ていうことで現場の水無月さーん。仕掛けの解除は終わったー?」
『……あ―、もう私、喋って良いの?』
戸惑った感じの水無月さんの声。
まぁ、回線繋ぎっぱなしで物音たてるなって指示されてれば、その反応は間違ってないね。
「なっ、綾波お前!それを早く言え!」
「怒らないでよシズクちゃん。時間稼ぎはちゃんと完遂出来たんだからそこは多目に見てよー?」
「あ、ああ…。だ、だが俺だって胆が冷えるんだぞ馬鹿野郎!」
「いたっ!だから暴力は止めて!僕、直接打撃には滅法弱いんだから!」
向こう脛を蹴るのは駄目だと思う今日この頃。
……何気に頑張ってるよね僕も。でも何で今回はこんなに余剰ダメージを喰らうのかサッパリなんですが!
と、いう心の叫びはさておいて。僕は真田の方へ向き直った。そして顔を見る。
その顔は、
羞恥からか、
怒りからか、
絶望からか、
呆れからか、
自嘲からか、
はたまた、ある種の感嘆にもにた感情からか。
“そんなような”、顔をしていた。
そして、僕はまたその方向に『笑み』を向ける。真田にとって、全くその圧迫感が前の比では無いことを自覚しながら。嗚呼、ようやく愉しくなれるかもね。
「さーなーだくん。交渉にカードが一つで十分なのは僕も同感だよ」
さて、交渉に入ろうか。
「でもそれ1つじゃこのカネには見合わないと思わない?」
「あ、阿呆が。コレを失えば損失は、それこそ億を超えるのだぞ?どうして儂が折れねば……」
「でもその場合、お前を守るモノは無くなるし。その後の財団の処罰の“怖さ”、知らないお前でもないでしょ?」
「だが……」
納得はしていない。だが揺れている――
情報なんて、取り返しの効くものが交渉物なら僕も気にせず“戦える”。
これが作戦2。
まぁ。これも時間稼ぎと保険、っていう扱いになるんだけどね。
(さあ、頑張ってくれるかな?ミハルちゃん?)
時は少しさかのぼって。
*
――眠い、です。
肩を揺さぶられて起きたとき、頭に浮かんでいたのはそんなことでした。
「……ん。……ちゃん。…ルちゃん!ミハルちゃん!」
誰かに呼ばれて、るです?
「……んにゅ……。まだ寝かせてくださいです……」
「あっ!!ミハルちゃん!お願いだから起きて!」
女のヒトのこえ?
「おかあさん、ですか?」
「は?あ、もしかして寝ぼけてる?」
「うー、復活の呪文は暗記してないですよ?」
「はい?」
「あそこにスクープが舞ってるです!」
「……完全に寝ぼけてるわね」
*
…………。
こんなやり取りが一寸続いて。ようやくフワフワした状態からまともになって来たけど。
――無事で良かった、と心から思う。
ここに来た時、聞いていた『仕掛け』――吊り下げられた何か(中に液体入り)、繋がった携帯電話、そばに眠るミハルちゃん――、を見たときをは心臓が止まるかと思ったけど。
(本当に大丈夫で良かった……)
と、思っていたの束の間。
「新聞王に、ボクはなるんです……ふふ、にゃふふ……」
この場にナガルが居なくて良かった、と私は思った。
(『寝惚けた後輩の女の子』なんて……言葉にしただけでも危ないもの!)
同性の私から見ても今のミハルちゃんは『ヤバい』です。
(うーん……やっぱりナガルもこういう『可愛いらしい』子が好きなの、かな?)
ナガルは何かみょーにミハルちゃんに対して優しい気がする。私に対しては結構雑なのに。
(っ!いやいやそんなことは今は関係ないし!!)
ああでも、会長とは長い付き合いなんだ、って雰囲気バリバリだし。割って入るにはかなりハードルが高いし。
(いやいやだからそれは関係ないんだから!ああもう、考えるな)
何だかよくわからない考えを抱きながらも介抱をする私。
例の液体入りガラス器具?は遠くに撤去して、ミハルちゃんを近くにあった椅子(ゆったり型)に座らせた。
ここは数学教員用の準備室だから、多分真田先生の椅子だけどそんなことは今更気にしてられない。
すると、その衝撃が分かったのかパチリと、その目が開いた。
「あ、……起きた?」
「……うに。はい、イクラです」
「ぶっっ!」
思わず吹き出してしまった……。
小さな妹がいる人の気持ちってこんな感じなのかな、って一人っ子の私は思ったりして。
何となく髪を撫でると、サラサラと指通って凄く気持ち良かった。
あれ?和んでる暇なんてあったっけ?
「……水無月、先輩?」
と、タイミングよく今度ははっきりとした声。
「ミハルちゃん。痛いところはない?目眩とか気持ち悪さとかそういうのも大丈夫?」
「あ……、はいです。まだ少し眠いですけど」
「そっか。私のせいでこんなことになったんだし、謝らないと駄目よね」
ごめんなさい、と頭を下げる。すると、
「え?何のことです?」
…………。
もしかして。
「どうしてここに居るのか覚えてないの?」
「はい、です?……あれ?ボク、さっきまで生徒会室にいた気が……あれあれ?」
覚えてない、のかな?
それはそれで良かったのかもしれない。もしも、恐怖感とかが残ったら大変だし。
「だったらいいの。私達は後は時間が来るまで待つだけだし」
「時間、ってなんですか?」
「あ、うん。それは……」
ピロリロリン♪
「あ、このタイミングなのね…」
ピッ、と携帯を見るとナガルからの指示。
「なになに……『これから掛かってくる電話を繋ぎっぱなしにしておいて。音は立てないように』、か。……なんだそれ?」
「あ、あのこれは一体?」
そっか。不安そうな顔になるミハルちゃんを見て思った。
起きた途端に目の前でこんな風にされたら、ミハルちゃんが戸惑うのも仕方ないものね。
うーん、じゃあ何て言って誤魔化せば?
「水無月先輩?」
「あーうん、その……あ!」
その時の閃きは思い返してみてもあまりにお粗末で。
「ゲ、ゲームみたいなことなの。何かナガルが仕掛けてたみたいな!うんドッキリ!」
うう……、何で私がこんな苦しい言い訳を!
「ゲーム、なのですか?」
「そ、そう。今はそれで戦ってる最中、みたいな?」
「そうですか……」
キ、キツい…。大丈夫かなこんな言い訳で?流石のミハルちゃんでもこの不自然さには……。
「楽しそうですね!ボクもゲーム好きなんです!」
ゴンっ!
「???、どうしたんですか壁に頭をぶつけて?」
「いや、ナガルといると個性に溢れた人にしか会わないなって」
はぁ。
何はともあれ何とかなった、のかな?ホッと息を吐くと、ちょうどその時にまた電話が鳴った。
ポチ。
『ザザ……のか……が…た……』
繋がった、のかな?何か喋り声が聞こえるけど断片しか聞こえない。一体ナガルは何を……?
『これが全ての証拠ぜよ!』
「っ!?」
と、思ったら急に聞こえてビックリして。ついでに悲鳴を出しそうになってしまった。
物音をたてないっていうのも結構大変かも。
(うわ、しかも本当にやらされてるし……)
あの“指示”メール……、完全に悪ふざけでしょ。
それでもやってくれる会長を、何だかある意味見直してしまった。
それからも断片的な音は続き。
『っ、真田ぁっ!!』
『ガタンっっ!』
『綾波!ケースを!!』
(ええ!?なになに一体どうなったの!?)
『……一生残るような傷が残るだろうよ』
(っ、サイテー……)
『止めろっっ!!』
(きゃあ!!会長カッコいい!)
以下略。
そんな感じで、聞き役に徹していた私。
だから急にナガルに話を振られた時にはもう、心臓がドキーンとなって何だか本当に大変だった……。
*
「そして今に至る、のかな?」
「ボクに言われましても……」
ナガルからは、電話が切れると同時に二通目のメールが来ていた。
内容を読む。
…………。
そしてしばし言葉を失う。
いや、理解出来る内容ではあるわけだけど。会長みたいにアホな指示なわけでもないし。だけど――
(『生徒会室のパソコンからサーバーの支配権を奪取せよ』、って)
どこの高校生ならそんな芸当が出来るの?
「私達を何者だと思ってるのよ。ただの女子高生だっていうのに……」
「どうしたんですか水無月先輩?」
「あ、ミハルちゃん。それが……」
かくかくしかじか。かいつまんで説明すると、
「えーと……、それがこのゲームの最後のミッションなのですか?」
「あ、うん。多分」
するとこの子の反応はというと、
「それは………燃えますね」
「燃えるの!?」
「これはやはりアレです?失敗すると月曜日がブラッティになったり、世界が友○党に支配されたりする感じですか?」
「え……?あ、そうかもね」
「それならやっぱり燃えるです!七不思議も大事ですが、ここは頑張ってミッションをクリアしましょう水無月先輩!」
「あ、う、うん」
眠そうな様子は何処へやら。ミハルちゃんにあのハイテンションが戻って来ていた。
私はもう一度メールの全文を見直す。
『ラストミッション~生徒会室のパソコンからサーバーの支配権を奪取せよ~ PS.ヘルプの場合は下記番号まで。080-***-****』
(……まあ、やるだけやってみるか。一応助けはあるみたいだし)
ということでそそくさと生徒会室に移動です。
バトル中です。あと2、3話は続くのかな。サクサク更新します。