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女王の、誕生。

『理科室の、魔王。』の別に待望もされていない続編です。

それでも、誰かに読んで頂いてその方の人生に一瞬でも関われれば、それだけで幸いです。


風が、気持ちいい。


さらさらと頬をなでる6月の風は梅雨に入る前のまだ湿度の低い『それ』で。


衣替えしたばかりの肌には少し冷たいが、それくらいがちょうどいい。

夏にクーラーを効かせ過ぎたくらいな、あの感じ。


それは、

雨が嫌いなオレにとって憂鬱(メランコリー)に陥る前の、いわば最後の時間。


爽やかな気分の俺はただ、1人で空を見上げていた。












落下防止の柵の外で、


靴を脱いで、だが。





ぼー、っとした視線の先にあるグラウンドには誰もいない。

授業中ではあるが、今日のこの時間にはどのクラスも使っていないようだった。


……その方が好都合ではあったのだが。



誰かに見つかって騒ぎになるのは本望ではない。


ただひっそりと、消えようと思った。






揃えられた革靴(ロウファ)を見、その上に遺書めいた文を残した携帯電話を置く。


そして、眼下に広がるコンクリートを見た。


20メートル、というところだろうか。


“死ぬ”には充分だった。




……そう、“死”。


オレはそれに憧れもしない。

ただ

“生きていたくも”ないから。



だからオレは死ぬ。

その意味のない生活(ままごと)に終止符をうつのだ。


すう、っと息をのみこむ。

そして、倍の時間をかけて吐き出す。


……はあ。


よし、これで……。



その時、背後からガチャ…、と音がした。


それでもオレは振り返らなかった。

もう決心は揺らがないと思っていたから。


……どうせすぐ飛ぶんだ。教師を呼ぶヒマもなくすぐに……








「ねぇ、そこの人」






「………」




思わず返事をしてしまいそうになった。が、違う。

オレはここから……


「聞いてる?そこの髪の長い人」


チラリと声の方を振りかえる。

オレの知り合い…、ではなかった。それ以前に見たことのない顔だった。


……誰だ。あのメガネ男は?



「…………何か?」


出来る限り平静な、拒絶する冷たい声を出して、その侵入者を見据える。


すると相手が息を呑むのがわかった。…というより絶句、なのか。そんな顔だった。


そして急に口を開く。





「い、伊藤静さんが声をあてていそうな人ですか?」




…………。



「初対面の人間に意味不明なことを聞くのが貴様の趣味なのか?」


そう言い放つと、ヤツはバツの悪そうな顔をして。


「えー、あー…ごめん。そういう趣味はないんだけどね~」


他が、ね。と彼は言った。何が他なのか知らないが至極どうでもいい。


「……用がないならさっさと消えてくれ」


オレも、さっさとこの世から消えたいのだが。しかしヤツはそれに答えることもなく、


「そこってさ、危なくない?」


とぼけた事を言う。



「……そんなこと言われなくても分かっているが?」


「じゃあ、分かっているのにそこにいるのは?」


コイツ……、オレを苛立たせたいのだろうか?


「状況を見ればわかるだろう?」


そこに、ヒュウ、と一陣の風が吹き抜けた。


今までより冷たくて湿った風。





オレの嫌いな、“風”。





「止めておいてくれると助かるんだけど」


遠慮がちに、それは聞こえた。


「……何故?赤の他人の言葉など今のオレには響かんぞ?」


口先だけの薄っぺらい戯れ言なら尚更だ。



「だってさ……、


この下って空き教室じゃん?僕、そこに住むつもりだからそういうホラー的なの止めて欲しいんだよね」


「は?、住む?」


何を言ってるんだコイツは?それに理屈的にも自分本意過ぎるのだが。



「そんなことオレの感知するところじゃない。……化けてでるつもりもないしな」


どうなるかは神のみぞ知るところだが。

そう言い放つと、ヤツはちょっと意表を突かれた顔をして結局、笑いだした。



「ぷっ、あはは!嗚呼、そういえばそうだよねぇ。化けてでるような未練なんかあったら自殺なんかしないか」


たぶん、何気なく言った言葉だろう。


「………未練、か」


しかし、言われて頭に響く二文字。


“未練”がないから死ぬのか?


いや、


「違うな。オレは生きる意味が見つからないから、生きてても世界に何も影響がないとわかってしまったから“消えたい”んだ」


……言ってから、少し後悔する。こんな会ったばかりヤツに“消える”理由なんて話しても無駄だ。


オレは最後の一歩を踏み出そうと、再びグラウンドの方に体を向けようとした。







「ふうん。キミ、バカだね」






ピシリ、と動きを止める。




…………あ?

今、コイツは何て言った?



「何だと……?」


「だーかーら、自分から死を選ぶなんて、しかも借金苦とかならともかく、その理由でっていうのがね。ぷっ……あははは!」


言い放って、ヤツは笑い出した。


それは酷く癪にさわる笑い方で、


プライドの高いオレはそれに我慢できなくて、




もう一回、振り返っていた――





「……バカって言うな」


脅すように睨み付けて初めてわかったのは、そこに立っていたヤツが、ただの制服じゃなく真っ黒な白衣を着ていたことと、左右非対称な笑みを浮かべていることだった。



「もしかしてバカって言われ慣れてないクチ?

……嗚呼、成る程。“生きている理由が見つからない”なんて、ちょっと頭の良いバカに多い思春期特有の考えだ」


「…………」


自己の存在意義が確立出来ない、見つけられないってとこでしょ?

と、ヤツは言う。


オレは無言で眼力を強くする。

というのも、



……言い当てられたからだ。オレの内面が。

俺が内面に抱え込んでいた真剣な考えを“バカ”の一言で切り捨てられたからだ。



「何の……権利があってオレをバカと言う?」


あああああ、違う。

今すべきなのはコイツなど無視してさっさと“消える”ことだ。

なのにどんどんヤツに意識が向くのがわかる。


駄目だ駄目だ。違うのに……!



「権利?……まぁ、一応ないこともないかも」


「……何だと?」


「理事長だしね、僕。この学園のさ。親御さんから生徒を委託された立場からすれば、バカなまねしようとした子供(ガキ)にバカって言うくらいの権利はあるんじゃない?」


「っ!馬鹿にしてるのか?そんな話が……」


「別にキミに信じて貰おうが貰うまいが関係ない」


……ん?


オレはようやく気づいた。ヤツの纏う雰囲気が豹変した事に。


何だコイツ?




これは恐怖?怖い、のか?俺は?



「…………」


無言でヤツの顔を見つめる。

それでも彼は飄々とこちらを見つめ返して来た。


その時、

オレは気づかなかった。

彼がゆっくりと、こちらに近づいてきていたことに。




「キミさ、自分に一体どのくらいのお金がかかってるかわかる?」


「……何?」


「教育費だけで1人単価500万くらいはかかってるんだよキミに」


「……だから?」


「キミさ、お金を棄てるドブになろうとしてるんだよ?だったらバカって言われても文句はないんじゃない?」


「ドブ……、だと?」


こんな暴言、初めてだ。

会ったばかりの人間にバカだドブだと言われるなんて……。


気づくと、ヤツはフェンス越しの向かいのすぐそこまで迫ってきていた。


それを呆然と見つめるオレは、初めてその前髪の下に隠れた顔に気づいた。



息を飲む。



……そこに立っていたのは、女と見まごうばかりの美少女、もとい少年だった。



「……どうかした?」


「い…や、…何でもない」


腰までしかないフェンスのそば。手を伸ばせば届きそうな位置に彼はいて……。

その顔にオレは少し見とれてしまって……。




その瞬間、オレは完全に油断した。





サッと伸びてきた手はオレの腕を掴み、


気づいた時には、


オレは屋上の床に転がっていた。




 

「ふう。取り敢えずミッションコンプリートかな?」


彼は、パンパンと服の埃を払いながらそう言った。


オレは、しばらく呆然と仰向けに空を見あげていたが、急に自分が恥ずかしくなって赤面した。



「何で……?」



「それって、何で生きていても世界に何一つとして影響もない人間をどうして助けたのか、って意味の“何で”?」


「………」


「ふふ。それは僕が魔王になりたいからですよ~?」


「……前後の文脈に繋がりを見つけられないのだが」


「そしてキミは生徒会長になればいい。表に“女王”、裏に魔王がいればこの学園も安泰だ」


こちらの言うことを全く無視して一方的にまくし立ててくる。


それに何だ?女王って?



「オレは……」


「ん?生徒会長は良いよー。…まぁ、これから良くするんだけど。色々な特権優遇の諸々は勿論、寮も個室ぐらいはつけてあげようか?」



ニコリ、彼は愉しげに笑う。ああだから駄目だ。そんな笑顔を俺に向けないでくれ…。


「オレは……もう駄目なんだ。

もう、何の為に努力していいのかわからなくて……」


気づくと、

自然と言葉が口をついてでてきていた。




それは、オレが中学生くらいから感じていた不安だった。


「オレは……人間とはどれだけ矮小なものなのかと戦慄したんだ。

それぞれに何かしらのドラマがあり、ドラスティックであるはずなのにそれが表に出ることもない」


生涯を生き抜いた人間の人生に1つも、何か他人とは違うことが無いということはあり得ない。

で、あったとしてもそれは世間一般の凡庸と流行に埋もれていく。


「いずれ忘れ去られる程度の人生なのに、わざわざ生きていく必要があるのか?

……そんな命題に頭を支配されてそのうち、『もういいや』って気持ちになって……」




オレは諦めようとした。でも助けられた。

……だったら聴かせてくれ。





「お前の生きる理由は何だ?」





淡々と、胸のうちに溜め込んできた膿を吐き出した気分だった。


オレは答えに期待してなかった。


急に『生きる理由』なんて真剣に聞かれても、すぐ答えられるヤツなんてそうそう……






「マンガ、かな?」





「は?」


思わず聞き返す。

なん、だと?



「それにアニメにゲームに書籍やらなにやらetc(エトセトラ)も好きだもの。続きをチェックする前に死ねるかって話だよ


平たく言えば、娯“楽”が僕の生きる理由だよ」


頭が痛くなりそうだった。


「……馬鹿にするな。そんな低俗な理由……」


生きる理由がそんなものなんて馬鹿馬鹿しい。と、俺は言おうと思った。


が、


「低俗な理由すら無いのはどこの誰でしたっけ?」

「……っ!」


オレは目を反らし、伏せる。

それを見た彼は、大きな嘆息をひとつして、


「成人して仕事に就けば、そのまま仕事が生き甲斐になったり、家族(まもるもの)が出来てそれを生きる理由にすることも出来るけどねぇ……。

この年代の子供は勉強とか部活とか、(さか)しい子供にとって満足のいくものはないに等しいだろうし」


難しいよね、と


どこか遠くに話しかけるような声音でそう言う。


「だから、そんな世の中に僕が提唱するのはこれさ!


その名も“快楽至上主義”!


なんかえっちいビデオっぽい名前だけどさ、『楽しいこと』を生きる理由にしてるっていうと、何かカッコよくない?」



「……オレが知るか」


はっ、力が抜ける。


脱力して、ひとつ短い嘆息を落とす。


寝そべって空を見たら何だか綺麗で無性に泣けてきた、とかそういうことはない。



それだけで急に生きたくなったりはしない。



ただ、

死ぬのは“もったいない”という気持ちが唐突に、


胸に、せりあがってきた。





生きる理由じゃなく、


死なない理由、か。



新しい『命題』だ。

それだけあれば確かに“死なくても済む”かもしれない。







「あれ、反応が薄い……。

なら“悦楽至上主義”とか“快楽第一の法則”とか、バージョンは色々あるけど?」


「……そんなに主義を安売りするなよ」





「……さっき言ってたことだが」


「ん?何?」


「生徒会長に…なればいいのか?オレは?」


そう聞くと、ヤツは少し呆気にとられた顔をして



「……本気(マジ)ですか?」


「ああ」




「え、いいの?ホントに!?本当にOKなんすか、桜野(サクラノ) (シズク)さん?」




「あ、ああ……。それよりオレは名前を名乗った覚えが…」


「うっしゃあっ!これでこの学園もさらにさらにさらに面白くなる!!」


あはははっ!あーっはっはっは!と悪役(ヒール)のように高笑いする彼を横目に見ながら、


何がそんなに嬉しいのかオレにはサッパリだったが、その喜びように思わず笑ってしまった。








その月の6月。


生徒会選挙で他候補のガリ勉眼鏡を圧倒的得票数で突き放し



“オレ”、桜野(サクラノ) (シズク)は1年生ながら生徒会長となったのだった――








「ふふ、くふふふふふふ」


どこかの骸さんみたいな笑いを漏らしながら、さっきの“彼”は屋上のフェンスにもたれ掛かる。

特に代わり映えのしない景色を見ながら、何やら考え事をしているようだ。



「楽しい。実に楽しい展開になった!」


はた目から見ると相当危ない人だが、それをわかっていながらも押さえられない喜びのようなものを発散しているようにも見える。


「来年にはあの“部屋”も完成するし……。あの部屋の名前はどうしようかな」


ああでもないこうでもない、と呟く彼は最高に楽しそうに見える。


この1ヶ月前には、彼も退屈と平凡に絶望していた。



その渇望の果てにあったのは、


享楽のために全力を注ぐ生き方。








(たの)しいこと、無いなら創ればいいじゃない。








『魔王の、誕生。』

一年生の春ごろのお話になってます。

女王と魔王。対比してんのか……?と、いうと別にそうでも無かったり。


“桜野雫”という名前は、察しがつく方もおられると思いますが、『生徒会長』キャラ二人から名字と名前を頂いております。


あと、前作でぶちまけられるお弁当を作ってくれたのは“彼女”です。

……微妙なつながりは結構前から考えてたり、そうでもなかったり。


のらりくらりと書いてます。

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