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一人百物語

右から左へ

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/18


私の母方の従兄弟はタクシーの運転手をしていた事があった。

ある夜遅く、お客を送った後に山道を走っていた。

街灯はまばらで、他の車と行き合う事も少なかった。

その暗い道を走っていると。


ドスン


と車が揺れた。

何か大きなものを踏んだ様だった。

従兄弟の会社では、以前、酔って道の真中で寝ていた人を轢いてしまった運転手がいた。

従兄弟はもしや、と車を停め、懐中電燈を手に外に飛び出して車の下やその周りを確認した。

何もなかった。

(何だったんだ?)

と思っていると。

「にぃちゃん、乗せとくれや」

と声がした。

振り向くと、いつの間にか男がタクシーのそばに立っていた。

少し離れたところでぼんやりとあたりを照らしている街灯の明かりの下、男の黒縁眼鏡とニタニタと笑っている口元が何故かよく見えた。

「え…」

周りに人家も何も無い様なところで、不意に現れたお客を従兄弟がながめていると


バカッ


と。車の後部座席の扉が左右同時に開いた。

従兄弟は何もしていないのに。

いきなり開いた扉に驚いていると、黒縁眼鏡の男は笑いながら後部座席の右の扉から車に乗り込み、そしてそのまま左の扉から外へと出て行った。

「?」

何してるんだ、この人?

と男の様子を見ていると

次には男はまた笑いながら車の後ろ側から回り込んで右の扉から車に乗り込み、そのまま左の扉から出て行く…という動作をぐるぐると繰り返した。

従兄弟はその様子をほうけた様に見ていたが、はたと我にかえり

「おいっ!何やってんだッ!」

と怒鳴った。

すると。

男は狂気めいた笑い声をあげてガードレールの向こうの、崖といってもいい様な草木の生い茂った急な斜面に飛び込んだ。

「ちょっと!」

従兄弟は男を追って藪を見下ろしたが。

すでに男の姿は無かった。


従兄弟が車庫に帰って後部座席を見てみると、シートには犬猫に似た足跡がたくさんついていた。

「タヌキかキツネだったのかな、ありゃあ」

従兄弟は気味悪そうに首をひねっていた。



ちなみにこの従兄弟は後に

「怖い目にあった」

といってタクシー会社を辞めてしまった。

“怖い目”というのはどういう事なのかおおいに興味のあるところなのだが…

「思い出すのも怖くて嫌だから」

と、話してくれない。

私としては気になって仕方ないので、いつか聞いてみたいのだが。








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