好きな色はなかった、あの時までは──。
お読みくださりありがとうございます。
男女の静かな日常小品です。
お楽しみいただけますと幸いです。
「そういえば、貴方は何色が好きですか?」
彼女の家に招かれ昼食を食べている時、男は唐突に問われた。おそらく彼女本人は、精一杯さりげなく聞いているつもりなのだろう。
どうして急に、なんて訊くまでもなく、理由はおおかた想像できる。
ベッド脇には商品カタログ。
キッチンにはパーティー料理の雑誌。
テーブルには『くすだまのつくりかた』と二十四色の折り紙。
二週間後は男の誕生日だった。
「理由はまだ言えませんけど、この日は絶対に空けておいてくださいね!」
そう、やけにうきうきした顔で言われたのが三十分前。
彼女はまだ、完璧に隠し通す気でいるらしい。
男は密かに苦笑しながら、彼女の質問に正直に答えた。
「特にない」
途端、彼女は目を丸くした。
「えっ、ないんですか?」
……そんなに意外だろうか。色に限らず、男は物全般に執着しない。使えればいいと思っている。
うなずくと、「ほえぇ」と気の抜けた声が返ってきた。彼女には、『好きな〇〇』がたくさんある。
少しして彼女は、これではプレゼントのヒントが得られないと気づいたようで、明らかに困った顔をした。
「ええっとじゃあ、ほかに何かありませんか? 好きなものとか、欲しいものとか」
……本当に、隠しておく気があるのだろうか。
それでも変わらないその素直さを残しておきたくて、男はわざと目を瞑る。
「……強いていうなら、暗い色」
自分の持ち物が基本そうだからそう言ったまでで、それは別に、暗い色が特別好きだということでもないのだけれど。
それでも彼女は、ものすごく重要な情報を掴んだとばかりに満足げに笑った。
「わかりました!」
彼女が心底楽しそうにするから、まあ好きなようにしてくれればいいかと、結局思ってしまう。
大人になれば、誕生日を祝われることもそうない。
誕生日がこんなに楽しみなのは何年ぶりだろう。
そんな風に、考える日がくるとは思わなかった。
十五年後──。
「お土産です。おひとつどうぞ」
会社で部下に差し出された箱の中には、色とりどりの包装紙で包まれた、小粒のチョコレートが並んでいた。出張でエクアドルに行ってきたらしい。
「ありがとう」
なんとなく、赤い包みのころんとしたチョコレートを手に取った。
「先輩、赤が好きなんですか?」
不意に、思わぬ問いが飛んできた。
意味がわからず部下の顔をまじまじと見れば、いや、だって、と当然のように返される。
「こういう時、だいたい赤い包装選びますよね。……まあ、別に普段の持ち物に赤が多いわけではないですけど」
……そう、だったっけ。
そう、だったのかもしれない。
どうしてか。
思い当たる理由は、ただ一つ。
「目につきやすいだろ」
「そうですか?」
「これ、ありがとう」
再び礼を言って、男は仕事に戻った。
──帰ったら彼女にあげよう。
自然にそんなことを思う自分が、今でもどこか信じられない。
今では一人で暮らしていた時間より、二人で暮らす時間の方が長かった。
チョコレートを手渡した時、彼女はきっと言う。
「あっ、赤だ! かわいい!」
今日は早く仕事を終わらせよう。
男はそっと背筋を伸ばした。
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また次回もお目にかかれますように。




