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好きな色はなかった、あの時までは──。

作者: 前田奈穗
掲載日:2026/03/14

お読みくださりありがとうございます。

男女の静かな日常小品です。

お楽しみいただけますと幸いです。

「そういえば、貴方は何色が好きですか?」


 彼女の家に招かれ昼食を食べている時、男は唐突に問われた。おそらく彼女本人は、精一杯さりげなく聞いているつもりなのだろう。


 どうして急に、なんて訊くまでもなく、理由はおおかた想像できる。


 ベッド脇には商品カタログ。

 キッチンにはパーティー料理の雑誌。

 テーブルには『くすだまのつくりかた』と二十四色の折り紙。


 二週間後は男の誕生日だった。


「理由はまだ言えませんけど、この日は絶対に空けておいてくださいね!」


 そう、やけにうきうきした顔で言われたのが三十分前。


 彼女はまだ、完璧に隠し通す気でいるらしい。


 男は密かに苦笑しながら、彼女の質問に正直に答えた。


「特にない」


 途端、彼女は目を丸くした。


「えっ、ないんですか?」


 ……そんなに意外だろうか。色に限らず、男は物全般に執着しない。使えればいいと思っている。


 うなずくと、「ほえぇ」と気の抜けた声が返ってきた。彼女には、『好きな〇〇』がたくさんある。


 少しして彼女は、これではプレゼントのヒントが得られないと気づいたようで、明らかに困った顔をした。


「ええっとじゃあ、ほかに何かありませんか? 好きなものとか、欲しいものとか」


 ……本当に、隠しておく気があるのだろうか。


 それでも変わらないその素直さを残しておきたくて、男はわざと目を瞑る。


「……強いていうなら、暗い色」


 自分の持ち物が基本そうだからそう言ったまでで、それは別に、暗い色が特別好きだということでもないのだけれど。


 それでも彼女は、ものすごく重要な情報を掴んだとばかりに満足げに笑った。


「わかりました!」


 彼女が心底楽しそうにするから、まあ好きなようにしてくれればいいかと、結局思ってしまう。


 大人になれば、誕生日を祝われることもそうない。


 誕生日がこんなに楽しみなのは何年ぶりだろう。


 そんな風に、考える日がくるとは思わなかった。




 十五年後──。


「お土産です。おひとつどうぞ」


 会社で部下に差し出された箱の中には、色とりどりの包装紙で包まれた、小粒のチョコレートが並んでいた。出張でエクアドルに行ってきたらしい。


「ありがとう」


 なんとなく、赤い包みのころんとしたチョコレートを手に取った。


「先輩、赤が好きなんですか?」


 不意に、思わぬ問いが飛んできた。


 意味がわからず部下の顔をまじまじと見れば、いや、だって、と当然のように返される。


「こういう時、だいたい赤い包装選びますよね。……まあ、別に普段の持ち物に赤が多いわけではないですけど」


 ……そう、だったっけ。


 そう、だったのかもしれない。


 どうしてか。


 思い当たる理由は、ただ一つ。


「目につきやすいだろ」


「そうですか?」


「これ、ありがとう」


 再び礼を言って、男は仕事に戻った。


 ──帰ったら彼女にあげよう。


 自然にそんなことを思う自分が、今でもどこか信じられない。


 今では一人で暮らしていた時間より、二人で暮らす時間の方が長かった。


 チョコレートを手渡した時、彼女はきっと言う。


「あっ、赤だ! かわいい!」


 今日は早く仕事を終わらせよう。


 男はそっと背筋を伸ばした。



お読みくださりありがとうございました。

感想、評価などいただけましたら大変嬉しいです。


※作者は現在、青春長編を連載中です。

本作が気に入った方は、よろしければこちらもぜひ。

『失恋を買わせてほしい。六百万で』

「失恋を六百万で買う」契約から始まる、余命宣告を受けた少年と虐待される少女の春のお話。

https://ncode.syosetu.com/n9616lw/


また次回もお目にかかれますように。

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― 新着の感想 ―
彼女が可愛い。 けどそれだけじゃなくて男の方もいいよね。お土産貰う時とか無意識に彼女のことを考えてる。物全般に執着がないからこそ、彼女のことを大事に想ってるんだろうなって感じがする。好きな〇〇が全然な…
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