夏美との弁当タイム五日目
ここ最近、海原夏美と弁当を一緒に食べる日が増えていた。
夏美はいつも同じように、ニコニコとした模範的な笑顔で「ここ、いい?」と声をかける。返事を待つというより、確認の形を借りた合図のようなものだった。私は頷き、夏美は迷いなく私の隣に腰を下ろす。
弁当のふたを開けると同時に、夏美は話し始める。
器械体操部のこと。バク転ができるようになりたいこと。
クラスに気になる男の子がいること。
こちらが相槌を打つ前に、次の話題が差し出される。
私は、夏美に語りたいことなど何もなかった。
それでも、彼女の話は止まらない。
夏美は、聞かれなくても話し続ける。
間を作らないことがまるで、「正解」であると押し付けられているような気がして、息苦しい。
私は、前々から気になっていた、夏美についての噂のことを切り込んでみようと思った。
夏美は私に自己開示をしてくれている。
この様子だと、言いづらいこともきっと答えてくれるだろう。
そう思った。
「ねえ、夏美さんのお母さんって、何かの宗教にハマってるって噂だけど、本当?」
私の言葉は、会話の流れを断ち切るように差し込まれた。
夏美は一瞬も迷わず、「あー!」と声を上げた。
「いや、宗教じゃないよ。すごい整体の先生がいるの」
否定の仕方が、やけに手際よかった。
「その先生が施術をすると、どんなに重たい病気の人も治るんだって。お母さん、その先生のところに習いに行ってるの。いつか先生みたいになって、お金を稼げるようになりたいんだって」
「え……そうなんだ……」
私の戸惑いは、会話の進行には含まれていない。
「それでね、この間、私も連れて行ってもらったの!先生に会ったの!」
夏美は勢いを増していく。
「そしたらね、私には才能が見えるって言われたの!!弟子にならないか、って!!」
顔を真っ赤にして話す夏美の息は荒く、言葉だけが先に走っていた。
その様子を見て、私の中に、余計なものが芽生えた。
親切心、と呼ばれる種類の衝動だ。
「大丈夫?!それって、ちょっと怪しくない?!」
声に出した瞬間、しまったと思った。
夏美の表情が、一気に変わる。
模範的な笑顔が消え、動揺がむき出しになった。
眉間にクッキリと皺が寄り、高速瞬きがパチパチパチパチっと音を立てるかのように激しい。
「柴関さんも」
低い声だった。
「私のこと、バカにしてるんだ!!」
その言葉で、夏美の危うさがはっきりと姿を現した気がした。
明るさや善意の裏側で、強くしがみついている何か。
私は、自分が言ってはいけないことを言ったのだと理解した。
理解したが、もう遅かった。
その日を境に、夏美は私に声をかけなくなった。
次の居場所を求めるかの様に、陰キャで一人ぼっちの女子にニコニコと話かけている。
私は、またクラスで一人ぼっちになった。
放課後は、とりあえず、美術室に行かなければ…。
ここ最近、文也は美術部に来なくなった。
私は、ただぼんやり、何の目的もなく、美術室へ足を運ぶ毎日をやり過ごしていた。




