海原夏美
海原夏美は、私のクラスの学級委員長だ。
入学式から二日後、誰よりも早く手を挙げ、自分から立候補し、そのまま学級委員長になった。
いつもニコニコしている。
陽キャにも陰キャにも分け隔てなく、等分に明るい。
それだけで、もう十分に「正しい人間」だった。
クラスの陽キャ女子たちの間では、平成ギャルブームが再燃していた。
ルーズソックスにミニスカート。
制服の規則なんて、形だけのものになる季節。
けれど夏美は、そこには乗らなかった。
白いハイソックスに、きっちり膝下丈のスカート。
まるで制服見本のマネキンみたいな着こなしを、最後まで崩さない。
部活は器械体操部。
耳が出るほど短いショートカット。
整ったクォーター顔に、無駄のない筋肉質な体。
スカートの下から見えるふくらはぎには、努力の形をした筋がはっきり浮かんでいた。
――ああ、模範的だ。
入学式当日。
まだクラスにぎこちない緊張が漂っていた休み時間に、夏美は自作の名刺を取り出した。
「よろしくね!」
そう言って、女子全員にニコニコしながら配っていた。
中学生で名刺。
その時の私の感想は、「不思議な子だなぁ」ただそれだけだった。
でも、三ヶ月経った今。
なぜか夏美が、妙にムカつく。
「自分は無課金でも、明るく正しく生きていけます」
そんな顔をしているところが、どうにも鼻につくのだ。
努力も、規律も、笑顔も、全部“自前”です、みたいな顔。
そんな夏美に、ある噂が立った。
どうやら母親が、カルト宗教にどっぷりとのめり込んでいるらしい。
ある日の昼休み。
私が一人で弁当を食べていると、夏美がやってきた。
「芝関さん、隣いい?」
満面の笑みだった。
断る理由もなくて、私はつい「うん」と答えた。
夏美のお弁当は、白いご飯と、少し焦げた卵焼きだけ。
拍子抜けするほど、質素だった。
夏美は私の弁当をじっと見つめて、目を輝かせた。
「芝関さんのお弁当、色とりどりで可愛い!!」
「え、別に普通だけど……。
お母さんが、自分のパートに行く弁当作るついでに、って感じ」
そう言うと、夏美は大げさなくらい驚いた。
「えー! お母さん、めっちゃ偉いね!!」
その瞬間、私は気づいてしまった。
この子の弁当は、毎日、自分で用意しているんだ、と。
胸の奥が、キュッと切なくなった。
この明るさは、余裕から生まれたものじゃない。
この正しさは、守られてきた結果じゃない。
夏美の笑顔の内側には、
まだ幼児のまま取り残された、何か小さくて、必死なものがあった。
だから彼女は、いつも正しく、
誰よりも早く手を挙げて、
誰よりも明るく、笑っているのかもしれない。
――そう思ったら、
少しだけ、ムカつく気持ちが薄れた。
ほんの少しだけ、だけど。




