文也との再会
その男子生徒の名前は、文也だった。
私と同じクラスだったのは、小学五年生の一年間だけだ。
転勤族で、日本のあちこちを転校してきたらしい。
標準語と関西弁が混じった、どこか辿々しいイントネーション。
当時の私は、それが少し滑稽に思えたのを覚えている。
小学五年生の頃の文也は、やけに明るかった。
早くクラスに馴染もうとしていたのか、
それとも、そう振る舞わなければ居場所がなかったのか。
とにかく、よく喋り、よくふざけ、クラスをドッと笑わせる目立つ存在だった。
ある日、事件は起きた。
クラスの隅で、休み時間になると黙々と漫画を描いている、大人しい男の子がいた。
文也は、その子を見て、笑いながら言った。
「お前ってさ、ほんと陰キャだよな!!」
その瞬間、教室がシンと静まり返った。
誰も笑わなかった。
空気が、目に見えるほど凍りついた。
それ以来、文也が学校に来る日が減っていった。
理由は誰も説明しなかったし、誰も聞かなかった。
気づいた時には、彼はクラスから消えていた。
――まさか、その文也と、こんな場所で再会するとは思わなかった。
私のヒエラルキーが、また一段、音を立てて崩れていくのが分かった。
この先、私は、この男に過去を掘り返され、
転落した自分をネタにされ続けるのではないか。
そう思うと、背中がじわりと冷たくなった。
その時だった。
文也は、私の表情に気づいたのか、
一瞬、ハッとしたような顔をした。
そして、少し間を置いて、こう続けた。
「芝関って、絵描くの好きだったんだ?
俺さ、漫画家目指そうと思ってて。」
……え?
私は混乱した。
あの時、なぜ彼は、あの漫画を黙々と描いていた大人しい男の子をイジったのだろう…?
ふと、彼のキャンバスに目を向ける。
そこには、描きかけのデッサンがあった。
正直に言って、上手とは言えない。
漫画家になるには、あまりにも心もとない線。
コツコツ積み重ねてきた形跡は、どこにも見当たらなかった。
文也が、漫画家になれる未来などあるのだろうか。
だいたい、絵が上手な人というのは、小学生のうちに頭角を現し、
誰に言われるでもなく、黙々と努力を重ねているものだ。
だけど、今、私の目の前にある文也の絵からは、
そんな努力の重みも、センスも、微塵も感じられなかった。
私には、文也が「漫画家になりたい」というより、
〝何かしらの大物になりたい〟
そのために、空っぽの器を必死に掲げている、
ひどく寂しい人に見えた。
胸の奥に、妙な切なさが広がった。
それと同時に、文也との距離感が、ほんの少しだけ近づいた気がした。
彼もまた、ここに逃げ込んできた人間なのかもしれない。
この美術室で、
お互いの寂しさを紛らわせる関係になら、
なっても、悪くないかもしれない。




