白い霧
世界が消えた。 岩場のシェルターを離れ、大平原に入った時のことだ。地図によれば、これが西へ向かう最短ルートだった 。 だが、地図は「霧」については警告してくれなかった。
それはただの霧ではなかった。分厚く、息苦しいほどの白の壁だ。 密度があまりに濃く、メグの蹄の下にある地面さえ見えない。空も見えない。身を引くと、メグの耳さえ見えなくなった 。 まるで牛乳のボウルの中に浮かんでいるようだった 。
「落ち着け、相棒」 革の手綱を握る手に力を込め、僕は囁いた。 静寂が最悪だった。山では風が唸っていたが、ここでは霧がすべての音を飲み込んでいた。蹄が雪を踏む音でさえ、くぐもって遠くに聞こえ、まるで他人の足音のようだった 。 氷点下の気温だというのに、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「メグ?」 メグは答えなかった。彼は緊張していた。僕の足の下で、彼の筋肉が硬い岩のように強張っているのが分かった 。頭を左右に激しく振り、レーダーのように耳を動かしている。 僕には何も見えなかったが、彼には聞こえていたのだ。僕には嗅ぎ分けられないものを、彼は嗅ぎ取っていた 。
突然、彼が止まった。 減速したのではない。凍りついたのだ。四本の蹄を雪深くに突き刺し、動くことを拒否した 。
「なんだ?」僕は身を乗り出して囁いた。「奴らの匂いがするのか?」 メグは胸の奥で低く振動するような唸り声を上げた。警告だ 。
僕は白い虚無に目を凝らした。心臓が、籠の中の鳥のように肋骨を叩き始めた。
ズリッ。ズリッ。ズルッ。
聞こえた 。 左からか? それとも右か? 霧が音を歪め、位置を特定させない。
ズリッ。ズリッ。ズルッ。
「ウォーカーだ」僕は息を飲んだ 。 ベルトに差していた錆びたナイフを外した。怪物相手には小さく哀れな武器だが、無力感をわずかに和らげてくれた。
「メグ、動くぞ」と囁いた。「静かに」 メグが一歩踏み出した。
キエェェェェッ! 静寂が砕け散った。人間の叫びではない。フロスト・ウォーカーの金切り声だ 。 しかも、目の前からだ。
霧の白い壁から、灰色の影が飛び出してきた。背が高く、骨のように痩せこけ、そして速い。メグの顔を目掛けて腕を伸ばしてきた 。
「下がれ!」僕は叫んだ。 メグが立ち上がり、前足で空を殴った。その蹄がクリーチャーを捉え、霧の中へと弾き飛ばした。奴は現れた時と同じ速さで白の中に消えた 。
だがその時、別の音がした。 「ガアアァ……」 そしてまた別の音。 「シュルルゥ……」
周囲の霧の中に影が生まれ始めた。一つの影。三つの影。十。 どこにでもいた。僕たちは群れのど真ん中に歩いて入ってしまったのだ 。
「走れ!」僕は叫んだ。「メグ、走れ!」
二度言う必要はなかった。メグは弾かれたように駆け出した。 だが、視界ゼロの霧の中を走るのは恐怖そのものだった。虚無への全力疾走だ。崖から落ちるかもしれない。壁に激突するかもしれない。怪物の腕の中に飛び込んでしまうかもしれない 。 僕は彼を信じるしかなかった。制御を完全に手放すしかなかった。
「お前を信じる!」 刺すような冷気から目を守るためにたてがみに顔を埋め、風に向かって叫んだ。 「君が『目』だ! 僕はただの乗り手だ!」
僕たちは白い虚無を飛んだ。 通り過ぎざまに黒い影が掴みかかってきた。冷たく死んだ指が僕の足をかすめ、鞍に縛り付けている革ストラップを引っ掻いた。僕は盲目的にナイフを振るった。手が離れた 。 別のウォーカーが進路に現れた。メグは避けなかった。破城槌のように正面から突き破った。衝撃で背骨が軋んだが、ストラップが僕を繋ぎ止めてくれた 。
何時間も走ったように感じた。あるいは数分だったかもしれない。霧の中で時間は意味を持たなかった。 メグの呼吸は荒くなり、縛られた僕の足の間で彼の脇腹が激しく上下していた。口からは泡が飛んでいた 。
徐々に影が薄れていった。足を引きずる音が消えた。 僕たちはまた二人きりになった。 メグは速歩に落とし、やがて常歩になった。彼は震えていた 。
僕は上体を起こし、空気を求めてあえいだ。霧が晴れつつあった。盲目的な白が、鈍い灰色へと変わっていく。 再び地面が見えた。雪から突き出た黒い岩が見えた。 群れを抜けたのだ 。
手を見下ろした。手綱を握りしめていた拳の節が白くなっている。メグの首を見た。汗まみれで、その汗はすでに凍り始めていた。
「抜けたな」震える声で囁いた。「助けてくれたんだな」
だが、霧が完全に晴れ、前方に広大な無人の平原が現れた時、僕は新しい種類の恐怖を感じた。 ウォーカーたちは廃墟にいただけではなかった。移動していたのだ。天候に隠れて、群れで移動している 。 世界はただ空っぽなだけではない。僕たちを狩ろうとしている。
「止まれないぞ」沈む太陽を見ながら言った。「もしあの霧が戻ってきたら……僕たちは終わりだ」
メグは鼻を鳴らし、たてがみから氷を振り払った。彼は歩き出したが、左前足をわずかに引きずっていた 。 ガラスで切ったような鋭い罪悪感が胸に走った。怪我をしている。 だが、僕は降りて歩くことも、彼を休ませてやることもできない。彼が足を引きずっていても、僕は彼が運ばなければならない荷物なのだ 。
「ごめん」風に向かって囁いた。「あと少しだ、兄弟。あと少しだけ」




