軍議
深い森と谷が天然の要塞となり、アスティニアは、その地に他部族を入れたことがなかった。しかし今や、入り口ともいえるガルガン峡谷の先には、王の軍勢が充満していた。アヴァールの一族はこの日を予想して強固な砦を築いており、老若男女すべての者がそこに集結した。
一族の主だった男たちが、無言で集会場に集まっている。蝋燭の灯火がゆらめき、円卓を囲む男たちの顔に影が濃く落ちていた。
重苦しい空気の中、長身の男が入ってくる。黒髪で青い瞳をしており、自然に備わった威があった。
最後にその場へやってきた彼は、人びとの前を通り過ぎ、上座に立った。
男たちの目が、彼の一挙一動に注がれる。
沈黙を少年の声が破った。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、夜空の色の瞳をしていた。
「アリウス、始めてくれ」
言われて青年は、涼し気な目で少年を見、かすかに笑む。
彼は持ってきた羊皮紙を広げた。それは地図だった。
「敵は現在、ガルガン峡谷の手前の平原で野営している。我々の土地に入るには、この峡谷を通らねばならない。いかに大軍とはいえ、狭い道では縦列になる。王お得意の戦車隊も役に立たないわけだ。劣勢の我々には、この時が唯一の勝機。兵力の内、騎兵のほとんどをさいて、山を越え、背後から襲わせる。それは、ユリウスが指揮し、正面の軍は私が率いる」
男たちがざわめいた。
「なぜだ、アリウス。僧会の長よ。おまえまで出てしまったら、この砦の護りはどうなる」
上座近くにいた貴公子然とした青年が叫んだ。栗色の髪をしたミリウス・シンドという若い僧だった。
「従来通りだと、主軍は私が率い、奇襲にはシオデがゆくべきなのかもしれない……」
初めに口を切った少年、ユリウス・ヴァラビが言った。袖なしの胴着といった成年式前の服装をし、髪が長いため、少女のように見える。しかし、きらめく瞳と身に着いた落ち着きが、ただの少年でないことを示していた。
「……だが、夜襲には、私が一番慣れている」
と、彼が続けた。
「しかし、タジボグ王が道士ドゥマーを連れて来ていないとは考えられない。対抗できる能力者は、あなたしかいないというのに」
優しげな面差しのミリウスが、再びか細い声で言った。
「ミリウスの言うとおりだ。おまえが戦場に出て気を取られている隙に、ドゥマーが魔術で襲ってきたら、どうするのだ?」
初めに異議を唱えた青年が、力を得たように迫った。
「キーリング。アーサーはそれも十分、考えているさ」
前髪を後ろにかき上げた剣士風の青年が、横から口を出した。
「ハーバーズ。私は、アーサーに言っているんだぞ」
剣士風の男は、むっとした表情で何か続けようとしたが、そばに立っていた男が、肩に手をやり、無言でそれを制止した。
金髪で細面の、右の額から目を通って頬まで、大きな刀傷のある男だった。
男は、キーリングを残った片方の目で鋭く見つめた。
こげ茶の髪とはしばみ色の瞳をしたキーリングは慎重な性格で、グマン家の当主になったばかりの若者だった。このところ、アリウスと意見の衝突を繰り返している。
アリウスに同調する金茶の髪に青い瞳の剣士は、ハーバーズ・シンド。刀傷のある物静かな男は、シオデ・ハザール。
キーリング、ハーバーズ、シオデは、長のアリウスとは幼馴染であり、一族の中でもことに優れた戦士だった。
彼らが口論すると、その場にいる男たちが口々に言い募り始めた。そのとき、声が空間に響いた。
『みな、わしの存在を忘れておるようだな』
中央に白い光が灯り、それは一人の老人の姿となった。
「長老」
人びとが言いさざめく。
老人は穏やかな顔をしていたが、口調は厳しかった。
「隠居したとはいえ、異教の道士どもには、まだ負けはせん。しかし、ミリウスよ。おまえは残ってもらうぞ」
名を呼ばれて、若い僧は頭を下げた。
「オレは、先陣にさせてもらうぞ」
ハーバーズが頼もしく答えた。
「私は、ユーリと行こう」
シオデが言葉少なに言った。
「よかろう。ハーバーズ、シオデ」
若き長は微笑んだ。そして人びとに、部署割を説明した。
男たちが近くに寄って来て、代わる代わる自らの役割を確かめてゆく。ひと通り皆が地図を見たのを確認して、アリウスが呼びかけた。
「何か、質問は?」
誰も言葉を発する者がいなかった。
「……ないようだな」
先ほどまでの重苦しい空気は一掃され、男たちの顔には力強い気力がみなぎっていた。
「一族の命運は、この一戦にある。武運を」
ユリウスが自分の剣の刀身を垂直に持ち上げ、剣を少し抜くと、再び収めた。柄の魔除けの鈴が、澄んだ音をたてた。
男たちも、それに倣った。
「トゥワネラの岸辺で、会おうぞ」
誰ともなしに、彼らは言い合った。
剣の鳴る音と鈴の音が、広間に幾重にもこだました。
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