七章 精霊の女王とナンカガ一族
刃を突き立てた女性は、ジッとガッセを見る。
「なかなか、良い男じゃないか。」
言いながら、舌なめずりする。
「それと、そこの坊や。なんか、奇妙な事をして、コイツの傷口を塞いだねぇ。どんな、妖術だ?」
俺は、刃を向けられて硬直する。
「…えっ、と。それは…。」
どう答えようかと考えていると、ガッセが俺を庇う。
「俺の名は、ガッセ。そして、こちらの方は、緑魔道士の血を受け継ぐ、高貴な方だ。ナンカガ族の長老と話がしたい。精霊を守護するそなた達なら、この意味理解出来るだろう?」
ガッセの言葉に、女性は眉を潜める。
「緑魔道士?精霊召喚を使うと言う。そいつが、うちの精霊様に、なんの用だよ。」
「そなた達の崇拝する精霊に、力を貸していただきたい。」
ガッセが言うと、ふ〜ん、と言う。
「力を貸すかどうかは、精霊様に聞かなくてはいけない。だが、よそ者を容易く村に入れる訳にはいかないんだよ。」
「そ、そんな…!」
俺が、言葉を言おうとすると、ガッセが手を開く、そして目配せしてくる。
『任せろ…ってことか?』
俺は、小さく頷く。
「ならば、どうすれば中に入れていただけるのだ?」
「そうだなぁ〜。」
女性は、言いながら俺達に近づいてくる。そして、俺には目もくれずに、ガッセの顔や体をじっくりと見てニヤつく。
「ようは、仲間になれば問題ないんだが…。」
言いながら、女性はあらゆる角度からガッセを品定めする。
「仲間?それは、どういう意味だ。」
ガッセの問いに、女性は、ニッと笑う。
「お前、ガッセと言ったか?俺の婿になれ!そうすれば、家族になれる!」
ガッセは、固まる。
俺は、頭が白くなり、やがてワナワナと体を震わせる。
「む、婿だぁ〜!?」
俺は、口をアングリと開けた。
「なあ、悪い話しじゃないだろ?俺の婿になれば、お前もナンカガ族の一員だ!」
女性の言葉に、後ろで控えていた2人が驚きの声を上げる。
「お嬢!そ、そんなこと…!」
「長が、お許しになりませんぜ!?」
女性は、2人の言葉を聞き流し、ガッセの言葉を待つ。
俺は、ガッセが取られてしまうと、食い下がる。
「冗談じゃない!ガッセは…。」
固まっていたガッセが、俺の言葉を遮る。
「分かった。良いだろ。」
その言葉に、俺はガッセを見つめ、女性は、キャアッ!とはね飛ぶ。
「じゃあ、俺の婿に…!」
「ただし、条件がある。俺は、この方をお慕いしている。この方の御身を傷つけるならば、婿にはならない!」
ガッセの言葉に、女性は驚く。
「お前、男が好きなのかぁ!?」
「違う。この方だから、お慕いしておるのだ。この方のためなら、なんでもする!命をかけられるからだ!」
ガッセの言葉に、俺はドキッとする。
女性は、目を丸くするが、次第にクククッと笑う。
「ますます気に入った!ガッセ、そんな一途な男、嫌いじゃない!ならば、やはり俺の婿になるべきだ!その坊やよりも、良くしてやるよぉ!」
女性は、反対側のガッセの逞しい腕に抱きつく。
「条件は、この方に危害を加えず、なんでも望みを聞き届けることだぞ!約束するか?」
「するするぅ〜!ガッセが、俺の婿になってくれるなら、親父も喜ぶ!」
女性は、スリスリとガッセの腕に頬を擦り付ける。
俺は、カチンときて、睨みつける。
「なあ、ガッセ。本当に、そんな条件…。」
不安そうな顔を向けると、ガッセは俺に微笑みかけてくる。
「ご心配なく。私に、任せてください!」
こうして、俺達はナンカガの村に入る事を許された。
※
俺達は、ついにナンカガ族の村に入る事が出来た。
俺は、ガッセの横を歩いていく。
ガッセの腕には、女性が抱きついている。
「そうだ!ガッセ、俺の名前は、ティアだ!長老の娘なんだぁ〜!」
歩きながら、ティアはガッセに引っ付いたままだ。
俺達の後ろを、2人の男がついてくる。どうやら、従者のような連中みたいだ。
「着いたぞ。ここが、ナンカガ村だ!」
そこは、太い樹の幹の中に、住処があり、道は木材でつながっている。そして、一番大きな樹の幹の住処は、どうやら、この村の長老がいる場所らしい。その太い樹の幹は、曲っていて、下には湖がある。とても、神秘的だった。
やがて、ティアは長老の所に連れてくる。
「親父!俺の婿のガッセだ!この男、あのマグマロックを、1人で倒しやがったんだぞ!?」
長老は、煙草をふかして、ティアの態度に呆れている。
「なぁにが、婿じゃ!お前には、許嫁がいるだろ!」
「シンは、気に入らない!俺の好みじゃない!何度も言っているだろ?」
そのシンと呼ばれる男は、どうやら長老の側に仕えている男のようで、ガッセとは真逆で、細身の体つきと、シャープな顔つきで、かなりのイケメンだ。そして、横に弓矢を備えている。
シンは、ガッセを睨みつけているが、当の本人はまったく意に介さない。
「お初にお目にかかる。俺は、剣士のガッセと言う。そして、私がお仕えしているのは、緑魔道士のミハル様だ。この方は、異世界からいらした方で、その身を癒す力をお持ちだ。」
「なんと、異世界人とはな。初めてお目にかかる!」
「ミハル様は、この世界に来てまだ日が浅い。緑魔道士の素質をお持ちなのだが、アクサル王に追っ手を放たれ、城から抜け出してきた。身を隠し、精霊召喚の魔法を伝授していただきたい!」
長老は、ふむ、と考えながらまた煙草をふかした。
「つまり、アクサル王に対抗できる精霊様を、その身に宿したいと言う事か?」
「さよう。」
長老は、俺の方を見る。
「お主、もしや精者か?」
言い当てられて、ビクッとして、下を向く。
「…は、はい。アクサル王に、魔法で操られ、死ぬ寸前のところまで、生気を絞りとられました。使い捨ての駒にすぎなかった俺は、ガッセや司祭様に助けられて、城を抜け出して来ました。憶測ですが、緑魔道士と言う事を知られたらしく、追っ手がかかっています!その為、まったく魔法を習得することができず、途方にくれていたのです。」
「緑魔道士!ほう、珍しいな。それで、この村を守護なさる、精霊様と契約したいのじゃな?」
「はい!ただ…、まだ精霊との契約の方法が分からず、1つの精霊も召喚出来ていません。」
俺の話しを聞いて、長老はキセルの灰を落とす。
「まったく。簡単に言ってくれるなぁ。この村の精霊様は、ひよっこには手に余るぞ?そう簡単に、契約してくださるとは思えない。」
俺は、拳を握り、ガッセに任せきりで、まったく力になれなかった不甲斐ない自分に向き合い、キッと長老に答える。
「それでも、俺は精霊召喚をして、力を得たい!ガッセに守られるだけの、弱い男にはなりたくない!どうか、魔法を伝授してください!」
俺は、長老に深々と頭を下げる。
しばらく、長老は髭を撫でて考える。
「ヘタをしたら、精霊様に命を取られる場合もあるのだぞ?」
命、と聞いて、ドキッとする。だが、なりふり構ってはいられなかった。
「構いません!必ず、習得してみせます!」
俺の熱意が伝わったのか、長老は1つため息を吐く。
「なら、明日から精霊様の元に案内する。基本は、覚えているのか?」
「うっ…。集中力と、精霊のイメージ…とだけ。書物に、解読出来ない部分があって、それを知る時間もありませんでした。」
長老は、はぁ〜…とため息を吐く。
「それだけじゃ、足りないな。明日から、わしが特訓してやる!」
それを聞いて、俺はパッと満面の笑みを浮かべる。
「あ、ありがとうございます!」
俺は、嬉しくて、ガッセの方を向く。
ガッセは、笑顔で頷く。
「それと、ガッセだったか。ティアが、勝手に連れてきよったが、本当に婿になる気があるのか?」
「ミハル様に力を貸し、危害を加えないと約束してくださるなら、構わない。」
長老は、フンッと笑顔を見せる。
「コヤツの身の安全は、承知しよう。だが、ティアには許嫁のシンがおる。だが、剣の腕のほどは聞いた。あのマグマロックを倒したからな。だが、このままティアのワガママを聞いて、お前を一族の一員にするかどうかは、シンと決着をつけてから認めてやる。そうでないと、シンの立場がないのでな。」
「承知した。」
ガッセは、軽く頷いた。
※
ガッセは、村の中央に位置する決闘場のような場所に連れて行かれた。
俺は、周りを取り囲むナンカガ一族の連中と、柵越しに見守っていた。
ナンカガ一族たちは、わぁ〜!と歓声をあげている。
「シン!そんなよそ者、倒しちまえ〜!」
「そうだそうだ〜!」
ガッセの目の前には、シンが弓矢を構えて立っている。
「俺の花嫁を横取りするとは、いい度胸してやがる。だが、簡単には認めない!」
「勘違いするな。俺が、ティアに言い寄られただけだ。すすんで、婿になったんじゃない。」
クールに言い返すガッセに、シンは青筋をたてる。
「ほざけ!ティアは、俺のものだ!」
シンは、弓矢を放つ。
ガッセは、軽く避ける。その弓矢は、ガッセの後ろにいたナンカガの1人の額に当たり、倒れる。
「ぐあっ!」
明らかに、命を落としたのに、誰も気に止めることはなく、歓声は続いた。
「ふざけるシン!誰が、貴様のものだ!俺は、貴様など興味ねぇんだよ!」
俺の横で、ティアが怒鳴り声をあげる。
ティアに言われて、シンはますますガッセに敵意を向け、何本も弓矢を放つ。
ガッセは、軽々と避けて、剣を使う事をしなかった。
「フンッ!」
ガッセは、軽く笑う。どうやら、相手にならないらしい。
『やっぱり、カッコ良い…!』
俺は、再確認した。だが、このまま勝ってしまったら、本当にティアの婿にならなくてはならなくなる。一体、どう決着をつけるのか、内心不安になっていた。
「小賢しい!俺様をからかっているのか!?」
剣を抜かないガッセを見て、シンはますます怒りを見せる。そして、連続で弓矢を放っていく。
ガッセは、全てをかわして、その度に何人ものナンカガ人に命中する。
「チョコザイな!」
シンは、一際大きな弓矢をガッセに放つ。その弓矢は、ヒュー!と音を鳴らし、真っ直ぐガッセの顔面に放たれる。
ガッセは、それを避けるのではなく、右手で取って見せた。矢じりには、毒が塗られていた。
「雑魚が…!」
ガッセは、矢を持ったまま、目に見えないスピードでシンの方へ移動し、首に突き立てる。
「そこまで!」
直前で、長老の声がかかる。
「この勝負、貴様の勝ちだガッセ。シン、恥を知れ!卑怯な手段を使うとは、戦士の風上にもおけん!それに、精霊様の生け贄になる死体を10人も増やしよって!追放されたくなかったら、自分の後始末をするんだな!」
シンは、力無くその場に尻もちをつき、ガッセは矢を捨てた。
「ガッセ〜!やっぱり、お前は最高の男だよぉ〜!」
ティアは、柵を越えて、ガッセの腕に抱きつく。
「認めよう!今日から、お前はナンカガの一員だ、ガッセ。」
長老が、ため息をついて納得する。
「…。」
ガッセは、無言で長老のほうを向く。
ナンカガ人たちは、歓声を上げる。
「ガッセ…。」
俺は、胸が苦しくなった。
俺は、気持ちが落ちる。
※
その晩は、ティアとガッセの結婚式が取りおこなれた。
村の中央で、ティアとガッセの頭には花飾りがつけられ、大宴会が繰り広げられていた。
「ガッセ様〜!感服いたしましたぁ〜!」
「シンに勝つなんて、流石の戦士だ!」
ナンカガ人たちが、ガッセを取り囲んで酒を飲んではしゃく。
ガッセは、手に酒の入った器を持ったまま、無言で座っている。
「そうだろ〜!やっぱり、俺の見る目は正しかった!」
ティアは、花嫁衣装を着て、ベタベタとガッセの腕にすり寄っている。
そんな、大宴会の隅で、湖に死体を投げ入れるシンの姿があった。ジャポンッと投げ入れると、湖から巨大なオオサンショウウオのような生き物が、口を開いて食べていた。
『ま、まさか、精霊様って、あの化け物のことかぁ!?』
俺は、ギョッとする。
「これこれ、何を勘違いしておる。あれは、精霊様ではないぞ。」
俺の心を察して、長老が声をかける。
「まあ、明日精霊様の所へ連れて行くから、今宵は宴を楽しめ。」
「は、はあ…。」
長老は、俺の肩をポンッと軽く叩くと、席を外した。
目の前には、豪華な肉料理がいくつも並べられているが、まったく食欲がわかなかった。ガッセが、もう俺のモノではないことに、落胆せずにはいられなかった。
『…寝よう。』
俺は、席を離れて、用意された寝床に足を運ぶ。
ガッセは、それに気づいて席を立とうとするが、ティアに抱きつかれて動けなくなる。
「なぁんだ?どこに行こうってんだぁ?お前も、もっと酒を飲め〜!それとも、もう俺と初夜を共にしたいのかぁ〜?」
酔っ払った花嫁のティアは、笑いながらガッセの腕を引っ張る。
俺は、布のカーテンを開けて、一室に入る。そして、藁が敷かれているベッドに、横になる。
「はぁ〜…。」
明日から、精霊様とやらについて学ぶのに、俺のために犠牲になって、ティアの婿になったガッセのことを考えると、胸が苦しくなって、ズキンとする。
とりあえず、俺は目を閉じて身を縮めた。
『…寒い。ぬくもりが欲しい…。』
ナンカガの宴が、最高潮に差し掛かると、皆村人達がイビキをかいたり、まだ酔っ払って騒ぐ者もいた。
ガッセは、様子を見て酔っ払って眠りについたティアの手を払い、席を立った。
横になっていた俺は、眠れずにいた。
「ミハル様。」
突然、後ろから声がして、俺は驚いて部屋の入り口を向く。
「…ガッセ!」
俺は、体を起こして、振り向く。
ガッセは、手に食事をもっていた。
「少しも、お食べになっていなかったようなので、お持ちしました。軽食ですが、いかがですか?」
俺は、ガッセと食べ物を交互に見るが、まったく食欲が湧かない。
「…いらない。」
「少しだけでも、食べて明日に備えませんと、体が持ちませんよ?」
俺は、肩に一輪の花を付けたガッセの姿を見て、そっぽを向く。
「いらないったら!…お前の結婚式なんて…。」
拗ねている俺の頭を、ガッセは優しく撫でる。
「申し訳ありません。貴方に、心労をつかせたかった訳ではないのですが、目的を遂行するには、ティアの提案を受けるのが手っ取り早いと考えたので…。」
俺は、子供扱いされて、ガッセの手を払う。
「いいって!…お前は、もうティアの婿になったんだから、サッサと初夜にでも…!」
すると、俺の言葉はガッセの口で塞がれてしまい、言えなくなってしまう。
「俺は、婿になるとは言いましたが、心と体は、全て貴方の物です!貴方のためなら、なんでもしますよ。」
不意打ちに、俺はドキッと胸がトキメイてしまって、頬を赤くする。
「ズルい!こんなことするなんて…!」
俺は、ガッセの首に手をまわす。
すると、ガッセはそれに応えて、口づけをして抱きしめてくれる。
『初夜の日に、俺を抱きしめるなんて…。反則だろ?』
そんな事を思いながらも、身体も心も温かくなっていた。
「どうか、貴方様が力を得るまでは、ご辛抱ください。この地の精霊を獲得したら、立ち去りましょう。それまでは、長老の教えをこい、頑張ってください!」
「うん。分かったよ!」
俺達は、額をくっつけて、見つめ合った。
※
朝になり、長老はある場所に連れてこられた。
それは、村外れの洞窟だった。
「ナンカガを御守りしてくださっている精霊様は、この壁画に記してある。」
長老は、松明をつけながら、洞窟の壁に描かれている壁画を見て行く。
そして、一番奥に、ある女性の姿を絵描いた壁画を見る。
「…あ。もしかして、これが?」
「そうじゃ。この森林を守護してくださっているのは、女神様だ。"ラウマ"様と言う。この方は、滅多にお姿をお見せにならない。この方を取得するには、莫大な魔力と、集中力が必要だ。それと、召喚魔法には、その身に宿る血が必要になる。お前さんは、精者だ。既に、莫大な魔力は持っておるだろう。そして、女神様とシンクロすることが叶ったら、会話することが出来るじゃろう。それからは、お前さんの運次第だ。」
俺は、女神の姿を目にして、胸の上に右手を置いて拳をつくる。
『成し遂げなくちゃいけない!必ず、精霊を召喚出来る緑魔道士になるんだ!』
「精霊様がおられる場所は、湖の上じゃ。儀式の間に案内するから、ついて来い。」
長老は、そう言うと洞窟を出て、湖の上に建てられている木造で出来た場所へ連れて行ってくれる。
長老の後を追って階段を登って行くと、周りに無数の小妖精たちが笑いながら飛び回っていた。7色に光っているその妖精たちが、とても綺麗で思わず見渡してしまう。
「ここじゃ。」
長老が、丸い儀式の間に案内する。
『…ここって、確か、シンが死体を投げ込んでいた場所じゃないか!?』
宴の席から見えたこの場所に、見覚えがあった。
「この儀式の間に座り、精神を集中して、精霊様をお呼びするのだ。イメージは、あの壁画を思い出せば良い。」
「はい!」
俺は、長老に言われた通り、中央に座り、一呼吸してから、目を閉じる。
「はぁー…。」
しばらくの迷走。精霊のイメージを思い出して、意識を集中させる。
すると、周りにいた妖精たちが俺の周りに集まり始めて、1つの円を描き始める。
俺は、今だと思い、声をあげる。
「出でよ、森林の女神、ラウマ…!」
俺の声に、眩い光が1つになる。だが、それが一気に砕けてしまう。パリンッ!と硝子が割れたような音を聞き、俺は集中力を途切れさせて、汗をかきながら息を乱す。
「はぁー!はあ、はあ。くっそ!もう少しで、やれそうだったのに…!」
後ろで見ていた長老が、ふむと顎髭を触る。
「お主は、まだ集中力が足らないなぁ。そして、精霊様を敬っていない。これでは、お出ましにならないぞ?」
「う…、敬う…?」
「そうじゃ。精霊様のお力を貸していただき、守護していただくのだ。敬意を示さなければ、意味がなかろう?」
『それ、始めに言ってほしかったんですけど!?』
俺は、長老を睨みつけた。
長老は、ホッホと笑う。
「…なるほど。敬う…か。」
経験上、俺は誰かを敬う事をしたことがなかった。それに至る人物がいなかったからだ。
父親は、家族を裏切り不倫をし、母親は俺を怒鳴ったり…。家族の仲は良くなく、俺は嫌気がさして、1人暮らしをしていた。
会社は、以前に話したように、ブラック企業。とても敬意を払える人物など居るわけがなかった。
「クソッ!難しいなぁ〜…。」
頭をかいて、ムシャクシャする。
それを見て、長老がホッホと笑う。
「まだまだひよっこだな。精々悩め。そして、精霊様をお呼びしてみせろ。」
そう言うなり、長老は立ち去っていった。
その姿を見送り、俺は再び集中する。
ガッセは、ティアと部屋を共にしていた。
「フフッ、まだ初夜の儀式がまだだったなぁ。俺を、抱いてくれ!」
ティアは、服を脱ぎ捨てて、横になっているガッセに抱きつく。すると、ガッセはティアの首に思い切り手をかざし、気絶させる。
「悪いな。この身も心も、ミハル様のものなのだ。」
ガッセは、ティアを気絶させると、俺の部屋に来る。
俺が、疲れて寝ている所へ来て、微笑みながら髪の毛を触る。
「…ん〜。ガッセ?」
「お疲れのようですね。ずっと、お側に居ます。」
そう言うと、背中から抱きしめて、温めてくれた。
その温もりが、とても心地良くて、思わず笑顔になる。
「ガッセ…。」
俺は、ガッセの逞しい腕を触る。
俺の事を考えてくれていることが嬉しくて、自然と深い眠りにつける。
精霊召喚の特訓は、数週間にも渡った。
俺は、何度も儀式の間に足を運び、クタクタになった。
そして、苦悩に苦悩を重ねて、ようやく精霊の召喚に成功するのだった。
「出でよ、森林の女神、ラウマよ!」
すると、大きな光りを放ち、その美しい女神は俺の前に姿を現した。
「我を呼ぶのは、そなたか?」
「はい。緑魔道士のミハルと言います!どうか、俺に力を貸していただけないでしょうか?」
女神は、ふ〜ん、と口に指を当てる。
「異世界人か?しかも、精者とな…。」
「は、はい!」
何も言わなくても、女神様にはお見通しのようだった。
「面白い。良かろう、主の血を持って、契約してやろう。」
「ありがとうございます!」
俺は、小刀で指を斬って、女神様に血を明け渡す。すると、俺の血が指から1つの水滴となって宙に浮いて、女神様の口に入る。
女神様は、それをゴクンと飲む。
「なかなかに、美味である。では、我の力を欲する時に、名を呼ぶが良い。」
そう言うと、女神様は、俺の身体の中に、細かい光となって入っていった。
胸の奥から力を感じ、俺はそこを手で触る。
『やった…!ようやく、力を手に入れた…!』
「やりおったなぁ!」
長老が、後ろから声をかけてくる。
俺は、笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございました!おかげで、正式に緑魔道になることが出来ました!」
「それにしても、あれほど悩んでいた敬意を払うと言う事を、どうやって身につけたんじゃ?」
俺は、ニッコリ笑って、答える。
「内緒です!」