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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第二章 妖の國

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幕間 その後の現世で


 卓也たちが現世に戻ってきてから二か月が経過した。


「潮崎、お前今日も部活行かないのか?」

「……すみません」

「……そっか。まぁなんだ……気が向いたら顔を出せよ」


 放課後になって、卓也は教室を出たところで部活の先輩と出くわした。遠慮がちに声を掛けてくる先輩は、卓也が慕っていた先輩の一人だ。気にかけてくれることは嬉しい。でも今の卓也には応じられるほどの余裕がない。まだ気持ちの整理がつかないから。


「お待たせ、有希」

「ううん、そんなに待ってないよ。当番お疲れ様」

「あぁ」


 下駄箱付近で有希と待ち合わせをしてから下校する。これが今の卓也にとっての日常だ。下駄箱に上履きを入れて、外履きを取り出す。その途中で目に入ったのは久遠の文字だった。


「……」


 手を止めて久遠の文字を指でなぞる。上履きすらもうそこには入っていない。藍の私物はもう学校には残されていなかった。すべて藍の両親が持ち帰ったから。それでも席は残されている。藍も、そして加奈の席も。

 卓也は唇を噛み締めてからそこを離れて、外履きを履いて外に出た。まだ夕方になるには早い時間。下校する生徒は部活に所属していない生徒か、三年生で既に部活を引退している生徒ばかりだった。門の近くまで有希と共に歩いていくと、強い視線を感じて卓也が振り返る。そこには見覚えのある女子生徒が経っていた。身に着けていたのはバスケ部に所属する生徒が身に着けるジャージだ。


「……俺に何か用?」

「っ……」


 何か言いたげに、それでも言葉にすることなく卓也を睨みつけて彼女は走り去っていった。


「卓くん」

「いいんだ。わかっているんだろう。俺に言ったところでどうしようもないことも」


 卓也たちの所為ではないとわかっているけれども、怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからなくて、また卓也の前に戻ってくる。いっそ怒鳴りつけてくれればいいのにと思わずにはいられない。この件で卓也を罵ったのは藍の姉だけだ。他の皆は誰も卓也たちを責めなかった。むしろ卓也たちだけでも無事でよかったと言ってくれた。


「捜索、打ち切るって……聞いた?」

「あぁ。藍のところはすんなり受け入れたって。加奈のところは知らないけど」

「そうだね」


 藍と加奈のことを忘れたことはない。毎日思い出す。きっと二人は気にするなと言ってくれるだろう。あの世界で二人は生きているのだから。ただ喪失感が消えることはない。卓也にとって藍はいつでも近くにいて、声を掛ければ届く相手だったから。


「薄情だなって、言われたんだよな」

「私も言われた。悲しくないのとか、なんでそんな風に普通にしていられるの、って」


 普通の人たちからすれば、共に消えてしまった二人を心配しないのかと思うだろう。だが二人は知っているから。二人がもう戻らないことを。彼らがいる場所がどこなのかも。生きていると知っている卓也たちと、生死がわからない――死んでいるかもしれない、と思っている人たちとでは心が違って当然だ。それでも真実を伝えることはできない。


「寂しいけど、加奈ちゃんはああ見えて楽しんでいそうだし。私たちが悲しんでいたら怒るだろうから」

「だろうな。藍だって、目の前のことで精いっぱいだと思う。いずれ菖蒲さんと結婚するのかもしれないけど、それだってすんなり受け入れているようにみえて、意外と悩んでたりすると思うんだ」


 そんな風に想像することができる。生きている彼らを。でもそれは学校でも家でも吐き出すことができないもの。せめてクラスメイトたちには知らせてやりたいけれど、慰めとしか捉えてもらえなさそうだ。


「……東尾さん、最近こないでしょ?」

「ん? あぁ、そういえばそうだな」

「久遠君のこと好きだったんだって」

「……そ、っか」


 そういうこともあるだろう。藍は顔は整っているし、バスケ部に所属して勉強だって毎回上位に名前が貼られるほどの奴だ。眼鏡をとればいいのにと言われているのは知っているが、当人はこれでいいと一貫して眼鏡をかけ続けていた。中学の頃からずっとそうだった。コンタクトにすればいいのにと、卓也も思ったけれど、今ならばその理由もわかる。

 藍は俗に言う霊感持ちだった。あの眼鏡は見えすぎるものを遮断する意味合いを持っていたらしい。狭間の世界では不要となり、藍の姉に渡したもの。現世でどれだけのものを視てきたのかは知らないけれど、外すのが億劫になるくらいには視ていたのだろう。卓也たちには見えないそれを。


「藍は人気あったからな。中学の頃からずっと。一度だけ彼女はいたけど、あまりにも突然で俺もびっくりしたくらいだ」

「あれは驚いたよね。結構な騒ぎだったもん」

「相手が卒業するまでで、頼まれたからって言ってたけど、本当にすんなりと別れちまった。あいつにとってはそれだけの相手だったんだろうけど」

「……ほんとに、喜怒哀楽がないわけじゃないんだけどわかりにくいよね、久遠君は。優しい、良い人なのはよくわかるけど」


 無駄話をすることはないけど、ふざけあうことだってする。馬鹿笑いをしなくとも冗談だって言う。ごく普通の高校生だった。だからこそ狭間の世界での藍は、これまでの藍とは少し違って見えていた。もしかしたら来た時点で何かを感じていたのかもしれない。それでも卓也たちだけでも守ろうとしてくれていたのだろう。


「ねぇ卓くん、明日も久遠君のおうちに言っていいかな? 私もお姉さんとお話したいから」

「……わかった、葵さんに伝えておくよ」

「ありがとう」


 あの世界を経験したこと、藍達が生きていることを知ること。その全てを話せるのは久遠家だけだった。あの家族は卓也たちの言葉を信じてくれる。その上で、藍が生きていることも理解してくれていた。卓也と加奈が普通に話をすることができる数少ない場所だ。あの家族にとっては、大事な息子を置いて戻ってきた友人なのに、それでも温かく迎え入れてくれる。


「ちょっとだけ私、後悔していることがあるんだ」

「有希?」

「もっと、菖蒲さんとお話しておけばよかったなって。そしたらもっとお話しができたのに」

「葵さんのことか……あの人、藍のことになると目の色変わるからなぁ」


 あれはもうブラコンの領域を超えている。いなくなってしまったからこそ、拍車がかかったともいえるだろう。藍の前ではもう少し落ち着いていた。藍の方も姉の奇行は知っていたので、困ったような顔をすることはあったけれども、あの頃以上の行動をする今を見たらどんな顔をするだろうか。


「お話、したくなっちゃうね。加奈ちゃんと、久遠君と」

「そうだな」


 話題に出してしまえば顔を見たくなる。声を聞きたくなる。それが叶わないと知っているからこそ余計に。


「なぁ藍、元気にしてるか?」



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