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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第二章 妖の國

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13話


『……藍様、どこかお加減でも悪いのですか?』


 いつもの時間に姿を見せなかった所為か、翡翠が藍の部屋の前にやってきた。呼びかけられても応えることができない。藍は覆いかぶさる菖蒲の肩を掴み、身体を離す。なおも顔を寄せる菖蒲を、藍は顔を逸らしながら避けた。


「あやめっ! 翡翠が来た、から」

「久しぶりの藍の霊力でしたのに、仕方ありませんね」

「……がっつきすぎ、だろ……」

「先に私を求めたのは藍ではありませんか」


 確かに先に仕掛けたのは藍だったかもしれない。けれども、ここまで追い詰められるほど続けるつもりはなかった。


「でも私も久しぶりではしゃぎすぎてしまいましたから。今日はここまでにしておきましょう」

「……今日()?」

「はい。だって藍はその方が私らしいと仰るのでしょう?」


 吹っ切れたように微笑む菖蒲。やけに楽しそうだが、そうしている方が菖蒲らしいというのは藍の本音でもある。向こうの方に主導権を握られてしまうのは普通は悔しく思うのだろう。藍もこのままやられっぱなしでいるつもりはない。


「俺が成人してから、だったな」

「え?」

「その時を迎えたら覚悟しておけ。俺もされるがままでいるのはごめんだからな」


 藍の言葉の意味を理解した菖蒲は、勢いよく藍に抱き着いた。多少起こしていた身体は再び布団の上に沈む。


「藍! 私も楽しみにしています。藍と婚儀を挙げることを」

「わかったから、今は離れてくれ」

「藍様? 姫様も?」


 返答がなかった所為か、翡翠が襖を開けてしまった。当然、部屋の中は丸見えだ。翡翠からは藍が抱き着かれたまま菖蒲の下敷きになっているように見えるだろう。しかも二人は布団の上だ。


「おはようございます、翡翠」

「……おはようございます姫様。藍様も、大丈夫ですか?」

「あぁ」


 菖蒲が身体を起こしたことで、藍も身体を起こせるようになった。だがまだ菖蒲は藍の膝の上に乗ったままだ。これでは立ち上がれない。


「菖蒲、今は降りてくれ」

「では藍、今日は寝る前に私の部屋に来てくれますか?」

「……あんたの?」


 藍の部屋に菖蒲が来ることはあれど、藍が菖蒲の部屋に行くことは滅多にない。頭の上で翡翠の溜息が聞こえた気がした。見上げれば、翡翠と視線が合う。翡翠は首を縦に振り、藍へ菖蒲に従うようにと促した。口を動かして何かを伝えてきているのだが、生憎と読唇術のような器用なことは藍にはできない。翡翠が何を伝えたいのかわからなかった。


「藍、約束してくれますか?」

「わかった。後であんたの部屋にいけばいいんだな」

「はい。待っていますね」


 約束を取り付けたところで菖蒲は腰を上げ立ち上がる。自由になったことで藍も立ち上がった。


「藍様、御着替えの手伝いをします」

「いや別に――」

「お手伝い、します」

「……わかった」


 拒否は許さない圧を翡翠から感じ、藍は渋々承諾した。そんな二人に菖蒲はクスクスと小さな笑い声を漏らす。そして藍に近づき、顔を寄せて頬に唇を寄せた。


「では藍、私は行きますね。翡翠、藍をよろしくお願いします」

「お任せください」


 鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌で、菖蒲は部屋を出ていった。


「姫様と仲直りをされたようで何よりです」

「喧嘩をしていたというわけじゃないんだけどな」

「それでも、屋敷の者たちは不安に思っていましたよ」


 主とその相手に不和が生じれば、ここで働く者たちの心象にも影響を与えることは何となくわかる。学校内ではカップルが喧嘩しようが、別れようが他人事で終わってしまうけれど、ここは違う。そもそも菖蒲が牙を立てているので、別れるという事象すら発生し得ない。生涯消えることがない関係という意味なのだから。


「……」

「藍様?」


 変わることがない関係。菖蒲と藍の関係が切れることはない。この先、藍が死ぬか菖蒲が死ぬまで。それでも菖蒲は藍に恋心を求めた。


「翡翠」

「はい、何でしょうか?」

「菖蒲の行動について、おかしいと思うか?」

「思います。姫様が何を考えているのかわからなかったのは、これが初めてですから」


 同じ鬼の妖もそう思うのであれば、菖蒲のここ数日の行動はそれだけ不可解だったのだろう。どちらかといえば人間的な行動だった。加奈の入れ知恵辺りが影響しているのかもしれない。


「ですがそれでも姫様は姫様です。そして姫様の行動により、藍様の心が我々に傾くのであれば、我らは賛同しますよ」

「あんたも遠慮がないな」


 藍が菖蒲に情を抱けば、それは却って好都合であると翡翠は言っている。翡翠や菖蒲たち鬼と会話をしていると、色々な駆け引きをしてきたこれまでの生き方が如何に面倒で窮屈だったのかと感じさせられる。それが人間という生き物であるのは理解できるし、そうして人は生きながらえてきたのだから必然だったのだろうけれど。


「俺はあんたたち妖は嫌いじゃない。むしろ……」

「むしろ、なんですか?」

「……俺にはそっちの方が性に合う、気がする」

「それは何よりです」





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