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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第一章 神隠し
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7話


 加奈と別れた後、藍は菖蒲の下を訪れた。快く出迎えてくれた菖蒲に、藍は加奈のことを伝える。この世界に残るつもりであることを。


「そうですか。あの問いかけは、その可能性を示唆していたのですね」

「はい、おそらくは」


 菖蒲と少し距離を取ったところで藍は正座する。その更に後ろには翡翠が控えているが、彼も同じく正座のままだ。そんな二人の様子に菖蒲は口元を手で覆いながら笑った。


「藍、もう少し砕けてお話しても構いませんよ」

「そういうわけには――」

「いいのです。私がそれでよいと言っているのですから」


 背中から翡翠の視線を感じる。菖蒲の言葉に従えと言っているのだろう。藍は肩を落とす。


「わかった。これでいいか?」

「はい。その方が藍も過ごしやすいと思いますから」


 過ごしやすい。この先も藍が過ごすのはここだ。卓也たちと違い、藍に選択肢はないのだから。ただ、藍にはそれと別に聞いておきたいことがあった。


「……翡翠といい、あんたといい……どうして俺を特別扱いする?」

「気に入りませんか?」

「霊力を持つ人間が珍しいのか? それとも、あんたの庇護にあるからこそなのか?」


 直接告げられたわけではない。菖蒲がいうこの地で生きていくには鬼の一族の庇護が必要となる。当然、藍に対してもそのような存在が必要だ。それが菖蒲だと、藍は確信していた。

 菖蒲は藍の問いかけに答えを告げず、その場に立ち上がると襖を開き、縁側へと降りる。その先には日本庭園に似たような庭が見えた。つくづく、古来の日本を感じさせる場所である。かつては共に住んでいたという藍の母の言葉を信じるならば、日本では変わった環境がここではそのまま残されているのかもしれない。


「藍、私は貴方を承諾なく、この地に留めました」

「俺を助けるためだったんだ。感謝こそすれ、あんたを責めるつもりはない」


 それは紛れもない藍の本心だ。藍の右腕はそういう状態だった。菖蒲には感謝している。


「万が一、あの時俺に意識があっても、同じ道を選んでいた。あのままだと、姫川に罪悪感を抱かせるだけだったから。だから、ありがとう」

「藍……いいえ、こちらこそありがとうございます」


 菖蒲から感謝される謂れはないが、そういう人柄なのだろう。誰にでも菖蒲の態度は変わらない。姫と呼ばれながらも、翡翠にも丁寧に接している。相手により態度を変える女子を多く見ていたからこそ、余計に好感を抱くのかもしれないが、少なくとも菖蒲に不快な気分にはならなかった。


「藍」

「何だ?」


 いつになく硬い声色で菖蒲が名を呼ぶ。その視線は変わらず庭園の方を向いており、藍に背を向けたままで。


「私には打算があります」

「打算? あんたが?」

「何故、貴方を助けたのか。それも私の手で……霊力を持つ人間は貴重です。ですがそれだけではありません」


 振り返った菖蒲はそのまま藍の下へと戻り、その場に膝を突く。間近に見た菖蒲の顔、その口元からは尖った牙が見えていた。鋭い牙は角と共に鬼の特徴を最も表しているものだろう。藍たちにとっては、だけれど。


「藍、私は鬼の一族を束ねる者です。今の私たちは力在る者たちが少なく、より力があるものを欲しています」

「……」

「だから私は、貴方が欲しいのです」

「俺は別にこの力を自由に扱えるわけじゃない」


 藍は己の力がどれだけのものかは知らない。けれども貴重だというのならば、菖蒲が欲しているのは霊力だろう。ここに留め置き、その力を振るってほしいというのであれば、それは筋違いだ。

 見ることはできるが、藍にできるのはそれだけ。幼き頃は見て、会話をして、除霊紛いのこともしていたけれど、今となってはそれさえもしていない。両親が見える人間だったから、そういう教育は受けていても振るう機会はそうそうなかった。鈍っているどころか、使ったことさえない。知識として知っているだけだ。望まれても、恐らく力にはなれないだろう。


「いいえ、そういうことではありません」

「じゃあ……」

「私には、相手の悪意や善意を知る力があります」

「は?」


 それが一体どうしたのか。思わず聞き返してしまったが、菖蒲は気に留めることなく続けた。


「一族の者の中で、年のころが釣り合う殿方とは全員顔を合わせましたが、誰もが私には合いませんでした」

「……」

「貴方を見た時、不快ではなかったのです。純粋に助けを求め、友を救いたいと望んでいた声を、私は聞きました」

「普通だろ。あの状況であれば」


 必死だっただけだ。助けたかったというよりは、寄り寄り選択肢を選んだ結果。全員が生き残るために動いただけに過ぎない。


「それだけで十分です。誰かのために動くことができる。そんな者を私は求めていました」

「……」

「今は私にもそれ以上のことは言えません。ですが……一族のため、私は伴侶を得なければならないのです」


 唐突ではあるが、言いたいことはわかった。要するにその伴侶候補なのだろう、藍は。


「そのために、俺を利用したいってことか?」

「……率直に申し上げればその通りです」


 菖蒲は感情を持って藍に話を持ち掛けてきているわけではない。鬼の一族を率いる者として、最も相応しい相手を探している。己の力が判断した中で、その相手として不快とならない存在を。相手を不快に思うかどうかは、その相手の心根を差しているのだろうが、誤解されやすい言い方だ。


「藍にとっても不利益ではないかと思います。ただ……貴方に選択の余地を与えることなくそうしてしまったという点については、申し訳なく思っていますので」

「俺がどう答えようと、そうなることは決まっていたのか?」

「……はい」


 説明をしてくれただけでもマシかもしれない。とはいえ、流石の藍も困惑はしている。ただ確かなのは、これを拒否することはできないということだ。

 菖蒲は藍の右手を取ると、再度告げる。


「そういう意味も含めて、私は貴方を求めています。それをどうか覚えておいてください」

「……」


 対して藍は大きく溜息を吐くだけだった。


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