カルテ番号No1142 ー日比谷 誠(まこと)ー ー1ー
32秒前、目覚める。
31秒前、状態を起こし辺りを見渡す。
14秒前、辺りの様子に驚く。
7秒前、床に寝そべっててはいけないと思い慌てて立ち上がる。
そして今、状況を確認しようにも視覚から入ってくる情報の多さに絶望し、一度今まで起きた覚えていることをざっとさらう…。
今の誠に出来たことはこのくらいである。それもそのはず。彼は先ほどまで自宅のマンションで明日の定期試験に向けて勉強をしていたはずだ。しかも寝たわけでもないのに目を開けたらここにいたのだ。この状況を30文字以内で要約せよというのは小さな世界で中学2年生までという今までの短い時間を過ごして来た彼にとってあまりにも酷な話である。(何せ彼の家の周りは田んぼしかない。今まで1番の遠出は東京であったのだ。)
まず彼の視界に飛び込んで来たのは鮮やかな朱色の建物である。チャイナタウンを連想させる色合いではあるものの入り口であろう場所には大きく「守霊街」とあり、その周りを亀が飛び上がっていた…というか飛んでいたのである。誠は亀が何類だったか一瞬不安になったが、それよりも情報収集の方が大切と思い切り看板に文字がないかどうか確認した。
しかし見えたのは「ようこそ!霊界随一の娯楽の街へ!」という文字。思わず天を仰いでしまった。
ところが問題はこれからだった。
空を仰ぐ癖があったのが運の尽きであったのか、真っ青の雲ひとつない空に何故か紫色の球体が浮かんでいたのだ。(それが月だとわかるまでに有した時間は秒数を数えていなかったためわからない。)
それを見なかったことにし視線を戻すものの目の前を通る人々が皆少し浮いていたり、透けているのを三度見の末に確認した。
きっと夢を見ているんだ。亀が空を飛んで、紫色の月が真昼に昇って太陽の代わりをしているだなんて、僕はよっぽど疲れているんだ。この夢が覚めたらまた寝よう…。
心の中でそう決め込んだがものの、心の中にいる何か(おそらく天使)が「現実逃避だな」と囁くのが聞こえ、誠は再び情報収集へ移った。
なんというか…ラーメンの器にカレーうどんを入れてその上にたこ焼きを乗せて卵ふりかけをかけた感じだなぁ…と彼は思った。見ただけでお腹がいっぱいになっていたのである。
ここまできて、隣にいた着物をきた蛙…のような生き物が目とヒレで「邪魔だ」と訴えかけていることに気づき、誠はその場からようやく一歩を踏み出した。
不思議なもので一歩さえ踏み出せばあとはどうにでもなるものである。威勢のいい声や音楽に惹かれるように彼はアーケードの様な場所へと歩みを進めた。