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月影、歪む夜に

本作は現在執筆中のプロトタイプ版です。

自分がこんなの読んでみたいというので書き始めました。

そのあたりをご了承いただけると幸いです。

 月が雲の向こうに消え、路地裏には漆黒の影が降りていた。

 煌々と光る繁華街から少し離れた、ビルの谷間。

 人気のない路地裏に、一人の青年が立っていた。

 痩せた肩に、くたびれた安物のジャケットを引っかけている。

 手入れのされていない髪はぼさぼさに乱れ、目の下には深く刻まれた隈が滲んでいた。

 その男──立花文彦は、唇を噛みしめながら、何度も周囲を見渡す。

「……本当に、ここでいいんだよな……」

 誰にともなくつぶやくようなその声に、闇は何の応えも返さない。

 だが数秒後、路地の奥から、コツ、コツ……と乾いた足音が響いてきた。

 規則的な革靴の音。

「待たせたね、立花くん」

 暗がりから現れたのは、仕立ての良いスーツを着た男だった。

 整った顔立ち。

 だが、その均整さゆえに、どこか作り物のような不気味さが漂っていた。

 特に、その目には一片の感情も浮かんでおらず、氷のように冷たかった。

「……あんた、前に病院で……」

「ふふ、覚えててくれて光栄だよ」

 スーツの男は懐から小箱を取り出し、それをゆっくりと掲げて見せた。

「約束のモノ、持ってきたよ」

 その言葉に、立花の目がギラリと光る。

「これを、飲めば……俺も、強くなれるんだな」

「君の中にある『欲』が強ければ、すぐに結果は出るよ」

 男の声は、まるで儀式の呪文のように淡々としていた。

 立花は震える手で小箱を受け取り、中から錠剤を一つ取り出す。

 表面は黒く濁っており、まるで古びた油のように鈍く光っている。

 指に乗せただけで、どこかぬめりを感じる不快な質感だった。

「……俺は、誰にもバカにされない……」

 ぶつぶつと呟きながら、立花はそれを口に放り込んだ。

 嚥下した瞬間、胃の奥が焼けるような激痛が走る。

「ぐ……うああああっ!!」

 膝をつき、苦悶の声を上げて体をのけぞらせる。

 骨がきしみながらねじれ、関節が軋むような音を立てて外れていく。

 皮膚が盛り上がり、爪は獣のように伸び、目が赤く染まっていく。

 肌の下を何かが這い回るような異様な感覚に、立花はもはや声も出せない。

 数秒後、そこにいたのは──もはや“人間”ではなかった。

「よくできました。さあ──存分に暴れておいで」

 スーツの男は、満足げな笑みを浮かべたまま、音もなく闇へと消えていった。


◆     ◆     ◆


 月明かりは雲に飲まれ、街は深く沈んだような静けさに包まれている。

 人気のないビルの玄関脇では、唯一の明かりである薄暗い街灯が、頼りなげに明滅を繰り返していた。

 そのビルは敷地の周囲を高さ二メートルほどの囲いでぐるりと囲まれており、道路側からは内部が見えない。

 唯一の出入口は、太い鎖でぐるぐると巻かれ、大きな南京錠で固く閉じられていた。

 脇には『〇〇ビル建設計画』と書かれた看板が掲げられ、その下に『既存ビル解体工程』と続いている。

 そして──その解体予定のビルの入口から、異形の影がゆらりと現れる。

 その姿は、どこか歪んでいた。地面に届きそうなほど長い腕、猫背のように前傾した体勢。

 姿勢のせいかとも思ったが、どう見ても常人とは異なる体躯だった。

 その様子を見下ろすように、廃ビルの屋上には十数名の学生たちがいた。

 刀を携える制服の生徒たちと、符や小道具を手にする一団。

 普段は交わらぬ二つの集団が、合同実習という名目で、同じ屋上に集っていた。

 中央寄りに立っていたのは、ピンクがかった短髪の少年だった。

 がっしりとした体格で、一見すると剣士に見えなくもないが、手には符を握り、柔らかい目で前方を見つめている。

 その少年が、やや首を傾げるようにして後ろを振り返った。

「先生、あれ……倒していいやつ?」

 素直な声には緊張感よりも、どこか不思議そうな響きがあった。

 返したのは、雪のように真っ白な髪で長身のサングラスをかけた男。

 飄々とした態度でありながら、その立ち姿からは確かな自信が滲んでいた。

「うん、あれね。核は胸元。しっかり見て動いて」

 少年は「はーい」と明るく返事をしながら、再び異形の方を見た。

 だがその目には、先ほどの素朴さとは別の、狙いを定めるような鋭さが宿り始めていた。

 黒髪を後ろで束ねた長身の男が、一歩前へと歩み出た。

 理知的な眼差しが屋上から異形の姿を捉え、無駄のない動きで生徒たちを見渡す。

 声を上げることなく、それでいて自然と耳に届く落ち着いた声で指示を飛ばした。

「全員、準備を。目標は鬼一体。核の位置を確認して、冷静に行動しなさい」

 その声には、動揺を抑える力と、誰もが従いたくなる静かな威厳があった。

 生徒たちはすぐさま頷き、それぞれの役割を果たすために動き出す。

「了解、いつでもいける」

「焦らずいこう。落ち着いてね」

 術師たちは符や印を手に術式を展開し始める。

 明るい茶髪ボブの少女が指を動かしながら、キリッとした瞳で前方を見つめている。

 隣では黒髪ショートの冷静な少女が、無駄のない所作で式神を展開。

 ピンクがかった短髪の少年は、がっしりした体格でありながら柔らかく明るい笑みを浮かべ、術具を手にしながら楽しげに準備を進めていた。

 一方、刀を帯びた生徒たちの列にも緊張感が漂う。

 長身で眼鏡をかけた男が、細い目をさらに細めながら呟く。

「……動き出したか」

 隣にいた茶髪の男子が、落ち着きなく目線を泳がせながら口を尖らせた。

「先生たちが見てるって言ってもさ……核を斬るのって、やっぱめっちゃ難しくない?」

「術師のほうが楽なんじゃないの?」

 そう飄々と笑ったのは、黒髪に緑のメッシュを入れた派手な髪型の教師だった。

 視線の先には、制服姿の生徒たち。

 彼は肩をすくめて、軽口を叩くように言葉を続ける。

「だってさ、斬るより浄めるほうが確実だろ?」

「先生がそんなこといったら不安になっちゃうじゃん!!」

 思わず声を上げたのは、短髪の茶髪で表情豊かな男子生徒だった。

 驚いたように目を見開き、口を尖らせながら抗議の声を上げる。

「こら、あまり揶揄うな。これから実習なんだ」

 少しぼさっとした赤髪のが教師、生徒たちに視線を向けた。

「核を斬るのは剣士、浄めるのは術師──どっちが早いか、競争だな」

 茶色の短髪をした少年が肩をすくめて返す。

「わかってるよ……でも、あっちがもたもたしなきゃいいけど」

 それに鋭く反応したのは、術具を構えていた少女。

「へぇ、そっちがミスる可能性は考えてないんだ?」

「なにそれ、喧嘩売ってる?」

「売ってないよ。ただ、事実を言っただけ」

 空気がぴんと張り詰める中、サングラスの男がぼそっとぼやいた。

「……ったく、若いってのはすぐ張り合う。これ、対決じゃなくて訓練だからな?」

 それに隣のスーツ姿の男がくすっと笑みをこぼす。

「とはいえ、張り合える相手がいるのはいいことだよ。切磋琢磨ってやつだ」

 列の後方、黒髪の猫っ毛で童顔の少年が一歩引いて立っていた。

 眠たそうな目元のその少年に、眼鏡の教師が声をかける。

「緊張してるのか? 初めての実戦だ。無理はするな」

「……うん、がんばる」

 少年は小さく拳を握り、ぎこちない笑みを浮かべた。

 それを横で見ていた、さらりとした黒髪ストレートの少年が、心配そうに眉をひそめる。

「ほんとに大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 かすかに震えた声の奥に、真っ直ぐな意志が光っていた。

 その様子を少し離れた位置で見ていた茶髪の少年が、小さく息を呑んだ。

「……あの子って……」

 言葉は、獣のような咆哮にかき消された。

 異形の喉奥から響く音が、ビルの壁を這い、窓を震わせて夜を裂いた。

「……時間切れだな」

 剣士教員の一人が、苛立ち混じりに呟く。

「先生、合図を」

 茶髪の少年が前を見据えたまま、落ち着いた声で言った。

 長髪を結ったスーツの男が、静かに片手を前に伸ばし、合図を送るように手を振り下ろす。

「──作戦、開始」

 その一言とともに、屋上の生徒たちが一斉に動き出した。

 それぞれの武器や呪符を手に、影のように夜の闇へと飛び込んでいった。

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