80 マープル珈琲店 1
その喫茶店の外観は、まるで時の流れに逆らうかのように静かに佇んでた。古風で趣のある木製の扉は、深い色合いの漆が施され、まるで古い書物の表紙のような重厚感を漂わせている。
ガルドがその扉を開くと、チリーンと可愛い鈴の音が響いた。
一歩中に踏み込むと、心地よいコーヒーの香りがふわりと漂い、まるで甘い夢が空気中に舞い上がるかのようだ。柔らかな照明が優しくあたりを包み込み、まるで森の中にいるかのような安らぎを感じさせる。壁には、古びた絵画が飾られ、まるで過去の物語を語りかけてくるかのようである。
「あら、いらっしゃい。ガルドさん。カテリナちゃん」
店主のセシリーさんがカウンター越しに振り返り嬉しそうに微笑んだ。
「お好きな席にどうぞ」
4人は木製のテーブルに腰掛けた。手で掘られた彫刻で飾られたアール状の美しい脚が温もりを感じさせる。
「ご注文が決まりましたらどうぞ」
そう言いながらセシリーさんがお冷やを四つテーブルに置いて、メニューを渡す。
「チーズケーキがお薦めなんやね?」
俺はカテリナさんの顔を覗き込む。
「私は、チーズケーキとブレンドコーヒーにします」
「俺も」
俺とガルドさんは顔を見合わせてから声をそろえて、「同じのを」と言った。
「はい。チーズケーキとブレンドコーヒーを四つずつね。少々お待ちください」
セシリーさんが手際よくコーヒーを淹れる後ろのカウンターには、色とりどりの陶器のカップが並び、まるで小さな宝石たちが並んでいるかのように輝いている。
「今日はスリから守っていただいて、本当にありがとうございました」
俺だと気づいたセシリーさんが、再び俺に礼を言った。
「そんな、当然のことをしただけですから……」
「岳男さんがスリからセシリーさんを護ったんですか?」
「ええ! とってもお強いのね。岳男さん」
カテリナに微笑み返すセシリーさんは、その時の様子を語り続けた。その話を聞いた三人は、俺に揶揄うような、悪戯な視線を向ける。
「まあ、岳男は腕力だけはありそうだからなあ。剣の腕はこれから伸びる予定だし」
「そうですね。腕の太さを見ただけで、力はあるのが分かります」
「岳男さんは剣の才能だけでなく格闘技も才能がおありなのですね!」
「それは褒められていると思って良いんやろか? お三人さん」
俺は揶揄うような視線の三人に苦笑いで聞き返す。
「そのとおりよ。とっても褒めているわ」
「それにしても、最近は犯罪が増えているのかな? こんな近くでスリが見つかるなんて」
ガルドが何故か話を変えた。エリックもそのガルドの振りに応える。
「確かに最近、騎士団の出動も増えてるような気がします。昨日も身元不明の不審な死体が発見されましたしね」
「騎士団って犯罪捜査とかやるんかや?」
俺は不思議になって聞いてみる。盗賊を退治したり犯罪捜査したりってこの国では騎士団が中心に行われるのかな? この前衛兵達が盗賊団を退治してくれたよなあ。
「騎士団も、衛兵達も治安の維持には関わっているんです。複雑で捜査を必要とする時は、騎士団が捜査することが多いですよ」
確かに衛兵達は守らなければならない持ち場を持っているので動きは制限されそうだ。その点騎士団の方が動きやすい面はあるのかもしれない。訓練ばかりしているわけではないんやね。
「へー。そうなんや」
俺が変に納得しているとガルドが別の視点から解説する。
「身分の低い衛兵達では、貴族相手の捜査は厳しいだろう。その点騎士団は国王直属の組織だから構成員も貴族の子弟がほとんどだし、今の騎士団長も確か伯爵だったと思う」
「そうです。だから実働部隊の長はケルビン副騎士団長で、剣の実力も一番は副騎士団長です」
「それで、お前は何番目なんだ?」
「俺なんてまだまだ下の方ですよ」
「そうよねー。エリックもまだまだだからねー」
「今度は負けんぞー!」
嬉しそうに茶化すカテリナにムッとしながら言い返すエリックは、騎士団の若手の中では有望株だ。それに負けないカテリナもかなりの実力者といえる。
セシリーさんがコーヒーとチーズケーキを運んできてテーブルの上にセットする。
「身元不明の死体ってどうやって手掛かりを見つけるんや?」
俺が興味本位に質問するとエリックが笑って誤魔化すように応じた。
「脚を使って聞き込みかな。結局迷宮入りする事も多いんですよ」
「死んだ人を見かけた人を探すと言っても、死者の似顔絵で聞き取りをしたからと言って知り合いでも分からないやろうしなあ」
「たまに行方不明の人間と同一人物という事もあるんだけど……」
捜査はなかなか大変なようだ。身元を割り出すだけでも一苦労といえる。
「で、不審な死体って、どんな死体だったんや?」
「初めは川に浮いてる死体だったので溺死かと思われていたんですが、調べてみると、どうやら毒で殺されていたらしく、事故ではなく殺人だとなったんですよ」
「どこかで殺された後で川に投げられたということかいなあ?」
「はい……」
俺も顔を暗くして考え込む。殺人死体遺棄やんか。
「身元が分かれば、手掛かりになるんですがね……」
「服とか身に付けている物からは、なんか分からんの?」
「服以外は何も身に付けておらず、服もありきたりの特徴のない物で…………」
エリックがお手上げなのだと恨めしそうな目でオッチャンを見る。そんな目で見られてもねえ。




