78 エリック対カテリナ
三人並んで上段から剣を打ち下ろす。
ビュン! という風切り音だけが道場を支配する。
俺の素振りも良い音を立て出したのう……毎日素振りをした成果やな。
エリックとガルドの方が大きな音を立てているのは間違いないが、実際岳男の出す音もピュンからビュンへと音質が変わってきているのも岳男が感じた通り事実である。
「毎日素振りをしていたようだな。音が変わってきているぞ。振りが鋭くなっている証拠だ。練習は裏切らない。剣の道は素振りからだぞ」
ガルドは真剣に剣を振りながら、満足そうに言った。
「はい。寝る前に、毎日素振りをとりましたで。ある程度長く時間が取れるのが、そこしか無かったので」
「良いぞ。欲を言えば、長時間振り続ける練習も必要だがな。実際の戦いでは数時間剣を振り続けることも珍しくない。振り疲れても振りが悪くならない事が大切だからな」
「はい。師匠」
岳男はリッチーとの戦いを思い出して、ガルドの言葉に納得する。
あの時は、インテリジェントソードが体を動かしていたので疲れていても剣の軌道は正しかったはずやが、自力でそれは、できなかったやろうな。……自力でできるようにならんといかんのやなあ。
「このまま、岳男に合わせて千回素振るぞ! 良いな。エリック?」
「はい。次は左右の受け流しですか?」
「ああ! 左右千ずつだ。良いな岳男!」
「はい」
ビュン! という風切り音と三人の息遣いだけが道場に響き続けた。
左右の受け流しが後少しで終わろうとする頃、カテリナが道場に顔を出す。
「あら、岳男さんも、いらしてたんですね。エリックを引き合わせられて良かったわ」
微笑むカテリナの胸元には、大根やネギがはみ出した買い物籠が抱えられている。買い物でもしてきたんやなと岳男は思った。
「カテリナ。今日の晩飯は何にするんだ?」
「お父さんは何が食べたいの? ぶり大根とすき焼きの材料は整ってるんだけど」
「その二つなら、ぶり大根が先だな」
おっちっやんは、すき焼きのほうが好き。
「味が染みるのに時間がかかるから、もう料理を始めよかしら。せっかく岳男さんがいらしてるのに、ご一緒できなくて御免なさいね」
ほんとにね。
「なら、せっかく岳男も来ているんだし、今晩はすき焼きにして、お前も稽古に付き合えよ」
「お父さんがそれで良いならそうするわよ」
あ、ラッキー。
「ああ、それで良い。その方が良いな。たまにはエリックと勝負してみろよ」
ガルドの言葉にエリックがニヤリと笑う。
「カテリナと打ち合うのはいつぶりかな? この前はいい勝負だったが、今度は負けないぜ」
「あら、もう私じゃエリックには敵わないわ。でもエリックがこの一年でどのくらい強くなったか楽しみね」
カテリナはガルドの娘だから、若く見えるが25歳前後だろう。エリックは20歳くらいに見えるので弟弟子ということになりそうだ。おそらくパワーではエリック、技ではカテリナが有利なのではなかろうか? 良いライバル関係というところか。……などと二人を見比べて勝手な予想を立てる。
「なら早く着替えてこいよ。俺は素振りをして待っているぜ」
「はいはい。ちょっと待っててね」
駄々っ子の世話を焼くような、仕方ないなあというような、それでも何か楽しそうな微笑みを浮かべてカテリナが奥に引っ込んだ。
素振りを終えて汗を拭いているとカテリナが道着に着替えて戻ってきた。綺麗やわー。
「岳男、カテリナとエリックの試合を良く見ていろよ。きっと参考になるからな」
ガルドは審判、俺は端によって二人の試合を観戦する。
カテリナとエリックは練習用の剣を構えて対峙した。ガルドが二人の顔を交互に見ながら準備ができていることを確認し声をかける。
「初め!」
二人とも剣を正眼に構えている。カテリナが剣の先端を上下に動かしてエリックの剣先を牽制する。エリックの剣先はぴたりとカテリナの胸元に狙いをつけて動かない。寄らば突くってことやねー。
ぴたりと静止していたエリックの剣がガシンとカテリナの剣を弾く。カテリナの剣が右下に弾かれたことによりできたスペースにエリックは飛び込んで上段からの振り下ろす。
「でやー!」
カテリナは右に体を躱わすと向きを変えてエリックに反撃の一撃を振り下ろす。だがその剣撃は、エリックの影を捕らえただけだった。エリックはすでに前に抜けていたのだ。
エリックは切り抜けた先で向き直り、その刹那繰り出されたカテリナの追撃を剣で弾き返す。一呼吸の間に剣と剣が何度も何度もぶつかり合い、受けから攻撃に転じるエリックの剣撃、岩でも切り裂けそうな鋭すぎる横薙ぎをカテリナが引くことによって躱したことにより、その攻防が一息をつく。すご!
また二人は剣を正眼に構え睨み合う。カテリナの肩が呼吸と共に上下する。
エリックが、ずいと一歩すり足で間合いを詰めると二つの剣先が交差する。
カテリナがまた剣を上下に小さく動かしながら、その剣先がエリックの剣先の右側左側と移動を繰り返し、切り込むぞ、切り込むぞとプレッシャーをかけ続ける。
エリックの剣先はぴたりと動かず、カテリナの胸元への突きを狙っている。迂闊に飛び込めば、間合いを詰めれば突きの餌食は間違いない。剣を動かしながら慎重に間合いを詰めるカテリナ。
下から右、また下を通って左へとカテリナの剣先がエリックの剣先に纏わりつき徐々に間合いが詰まっていく。
エリックがそれを嫌がりポンと後ろに飛んで仕切り直す。
カテリナが剣を上下に動かしながらまたジリジリと詰め寄った。
俺は二人の戦いを息を呑んで見つめてていた。カテリナの剣の動きは何なんやろう? なんか意味があるんやろうか? あれからどうやるつもりやろうか? エリックが押されてるんかな? 痺れるわー。
審判をしながら俺の隣に移動してきたガルドが小声で解説する。
「カテリナの剣の動きは『尻羽の動き』という剣真流の技だ。剣の動きをよく見ておけよ。あの動きでこちらの攻撃の初動ーー起こりーーをさとらせない働きがあると同時に間合いを詰めていることも隠している」
なるほど、そういう意味があったのか。一対一の勝負であれば、剣豪同士の戦いならばそういう技が有効なのだろう。奥が深いのね。
一瞬の攻防、カテリナの剣が素早く回転し、エリックの剣を巻き込んで強く弾く。胸元を狙っていたエリックの剣がなくなり、開いた道にカテリナが踏み込み突きを繰り出した。エリックがギリギリで体を開いてそれを躱わす。
カテリナとエリックの体がぶつかり合い押し合いに状態になった。押し倒されれば隙ができる。だがパワーでは明らかにエリックが有利だ。
鍔元で剣を合わせカテリナがエリックの動きを制限し、押し負けないように踏ん張るがエリックもカテリナを押し飛ばそうとして膝を落として腰を入れる。
ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえてきそうな押し合いが3秒、エリックがカテリナに押し勝ちエリックの両腕がカテリナを押し上げその勢いで上段からの打ち下ろしの態勢に、その刹那エリックの力を利用した離れ際の斬撃で横薙ぎ一閃、あいた胴に見事に決まる。
「勝負あった」
ガルド師範がカテリナの勝ちを告げる。
「完全にやられたな。終始押されっぱなしだったよ」
「あなたに攻撃され始めたら、私に勝ち目はないもの。やっと抑えきれたわね。今はなんとか勝てて良かったわ」
カテリナがふふふと笑った。
「もう一回やろうぜ」
エリックが悔しそうに再戦を頼む。
「嫌よ。今日は勝ち逃げさせてもらうわ」
エリックは口をへの字に曲げて顔を背けた。カテリナはそのエリックの様子を見てからかうように微笑んだ。




