68 剣真流道場にて2
「お疲れ様です」
カテリナがにこやかな笑顔で二人に声をかける。その手に持たれたお盆の上にはコップに入った水が二人分。
「おう。カテリナありがとう」
師範ガルドがコップを手にして口に運ぶ。カテリナは俺にお盆の水を差し出した。
「ありがとうございます」
オッチャンも丁寧な口調でコップを受け取る。カテリナさんってホント気の利く良い子やねえ。ああー身体中に染み渡るでー。
カテリナは、黒髪のポニーテールを背中に垂らし、端正な顔立ちに黒い大きな瞳が印象的な色白美人だ。もろオッチャンの好みである。
別にカテリナさんが目当てでこの道場に通っているわけやあないでー、ほんとやでー。
「タケオさんって忙しいんですね。もっと頻繁にいらしてくれれば良いのに」
残念そうに見つめる視線がキュートやで、勘違いせんよう気をつけなな。
「ちょっと仕事で何日も遺跡に潜っていたもので…………また今度すぐ潜ると思うから続けては来れなそうです」
申し訳なさそうに頭を掻く。
「そうか、それじゃあ自主練だな。ここに来なくても素振りは毎日するんだぞ」
「は、は、はい」
ガルド師範! ピラミッドの中では体力温存、素振りをする余裕はない気がするんやが…………。
返事はハイと言っておくが、本当はできないような気がしている。気持ちはハイなんやで、ガルド師範。師範の目を真っ直ぐ見れない俺である。
「遺跡ーーですか? どこの遺跡に潜っているの?」
遺跡という言葉に興味を持ったのだろうか、カテリナが話題を遺跡に振ってくる。
「新しい遺跡を発見して、その調査中なんやで。第一探索権を放棄するまでは、俺たち以外は入れないように文化局が手配しているはずや。なんせ、文化局の依頼で見つけた遺跡やからな」
俺は少し胸を張った。満足そうに微笑む。…………ちょっと自慢してもうたかな?
「すごーい!」
カテリナが手のひらで口を隠しながら目をパチクリさせた。
「そいつは凄いな! 何かお宝は見つけたのか?」
ガルドがすかさずお宝のことを追求する。
「まあ、王とその従者達の棺は見つけましたし、宝部屋も見つけましたから」
「すげーじゃないか。ーーお前、もしかして大金持ちになったんじゃないか?」
「………………」
カテリナは目をパチクリさせながら言葉も出ない様子。
俺は頭を掻きながら少し俯き上目遣いに二人を確認する。
二人は大喜びをするーーわけではなくて、得体の知れないものを見るような、理解不能と言いたげに考え込むような、ちょっと距離を取りたげな、避けるような困惑した固い表情をしている。
この反応は想定外、こういう表情をされるとは思いもしなかったが、オッチャンもちょっとたじろぐ。変な間があってから声を出す。
「たまたまラッキーだったんやでー。変なの見つけて掘ってみたら、ピラミッドの先っぽだったという。あはは!」
二人も顔を見合わせて俺に釣られて笑い出す。
「あはは」
「ウフフ」
「トレジャーハンターなんて、運次第ですよねー。文化局がいくらで買い取ってくれるかも、まだ分からんのやし」
俺は自虐的なコメントをしながら頭を掻く。
運も大きいがプリンちゃんの鼻は凄いと思う。今のところプリンちゃんが示した場所から必ず何かしら出ているのだ。
「そうなのか? でも相当な額になりそうだな」
「そうですよ。やーだ。タケオさんって大金持ちになったのね。気軽に話なんかできなさそう」
「そんなこと言わんといてください。今まで通りでお願いしますわー」
「俺は金持ちだからって、指導に変わりはないからな。これからもビシビシいくぞ」
ガルドが笑顔を見せる。
「よろしくお願いします。俺も今日、素振りの大切さが少しは分かったような気がしてるんです」
「タケオさんはこれからたくさんの技を習うと思いますよ。頑張って通ってきてくださいね!」
カテリナも普段に表情に戻ってフレンドリーな対応だ。
「そうだぞ、タケオ。まだまだ剣真流の真髄を理解するのはこれからだ。剣真流独自の技もまだ一つも教えていないしな。基礎ができないと教えられないから、まだまだ先の話だが、タケオは筋が良いし、もう試し切りで丸太を一刀両断できたからなあ。きっとどんどん技を会得するに違いないさ」
ドヤ顔のガルドはこの先に指導を想像して嬉しそうだ。その横でカテリナも目尻を下げている。
俺は二人が俺と仲良くしてくれそうなのを嬉しく思う。よそよそしくされるのは嫌やからな…………。
身分の差や壁を勝手に設定されることはよくあることだ。変に謙られても付き合い辛いものである。俺はそうならなかったことに安堵する。
「俺って、覚えは良い方なんですか?」
「うむ。初めの試し切りで丸太を一刀両断できるのは珍しいな。大抵は刀をぶれさせて手が痺れたとかーー良くても丸太に剣を半分まで食い込ませるくらいまでだぞ」
「そうよ。一刀両断できたのはエリック以来かしらね」
以前にエリックという人が一刀両断していたらしい。
「今度機会があったらエリックを紹介しよう。なかなか腕の立つ奴だから色々参考になるはずだ」
「そのエリックさんっていう方は、どのくらいの強さなんですか?」
「そうだな、騎士団の中でも若手の有望株らしいぞ。もうすぐ小隊の副隊長くらいには成るんじゃないか?」
かなりの強さやなあ。その人くらいの才能があるとすれば、オッチャンなかなかやるんじゃないの?
「奴も最近は騎士団の仕事が忙しいようで、此処にはたまにしか顔を出さんからなあ。それでも週一くらいは来てるから、運が良ければ会えるだろう。楽しみにしていろ」
「はい。では今日はこの辺で、失礼いたします。これから仲間と野暮用がありますので」
俺は二人に別れを告げて次の機会を楽しみに、道場を後にした。




